吉田都舞踊芸術監督がピーター・ライト版『白鳥の湖』ほか、新シーズンのラインアップを発表した、新国立劇場バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

吉田都 舞踊芸術監督 (C)E.Murakami

新国立劇場バレエ団の21-22シーズンの公演プログラムを吉田都舞踊芸術監督が、記者たちをオペラパレスのフォワイエに招いて発表した。
まず、吉田都は新舞踊芸術監督として、前監督がいつ来日できるかわからないという厳しい状況からスタートしたのだが、未だそれから6ヶ月しか経過していない、とはとても思えないほど濃い時間を過ごしてきた、と語った。確かに、新型コロナ感染拡大のためにダンサーたちがスタジオで練習することすら叶わないという事態の中、まさに最悪の条件の中での船出であった。もちろん英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルダンサーとして活躍した吉田都が、日本の観客にどのような舞台を見せるのか、ダンサーたちにどのような影響をもたらすのか、日本中のバレエ・ファンが期待を持って見守っていただけに、充分な活動ができない誠に残念なシーズンだった。最近はようやく50パーセント以下だが観客を入れることができるようになって舞台が復活し、さらにオンラインによる舞台映像の配信という新しい手立ても獲得したのではあるが、初めての重い役割を担った胸中は察するにあまりある。

そんな中でも、些細なこととは言えダンサーの休憩室ができたこと、トレーニングマシーンが導入されたこと、廊下にカーペットが敷かれストレッチができるようになったこと、さらには専門のドクターを付けるべく現在探していること、などなどダンサーの環境に良い変化をもたらすことができた、と言う。しかし逆に言えば、これまではこのような配慮すら国立のバレエ団としてなされていなかったのか、とりわけ身体により表現を作っていく集団に専任のドクターがいなかったことには驚かせられた。これだけの「進歩」であっても吉田監督が就任して良かった、と感じられた。また、吉田監督は『ドン・キホーテ』『くるみ割り人形』「ニューイヤー・バレエ」をオンライン配信したことにより、新国立劇場バレエ団が世界と繋がることができたことを喜んでいた。

吉田都 舞踊芸術監督 (C)E.Murakami

それぞれのダンサーの成長に、吉田監督は手応えを感じているのであろう。先の予定をキャンセルされ、新シーズンの開幕舞台となるピーター・ライト版『白鳥の湖』(21年10月23日〜)について、「延期されたことにより、私の要求を感じとったダンサーたちに変化が感じられるので、かえって楽しみになってきた」という。「ライト版は演劇的要素もあるのでダンサーにとっても、観客にとっても良い結果をもたらすものとしたい」「私が踊った時には、共同演出家でもあるガリーナ・サムソワにも指導を受けているので、新国立劇場のダンサーたちにも伝えていきたい」とも語った。
また、ダンサーに多くの経験を積ませることと同時に彼らの収入を増やすためにも公演数を増やしていきたい、という意を込め、年末年始の『くるみ割り人形』(21年12月18日〜、22年1月1日〜)を12回公演とすることも発表された。休日の多い時期にバレエがエンターテインメントとして機能し、さらに広がっていくことを期待している。
新シーズンの「ニューイヤー・バレエ」(22年1月14日〜)はダブルビルであるが、フレデリック・アシュトンの『夏の夜の夢 The Dream』が新制作される。アシュトンがメンデルスゾーンの曲に振付けた傑作だ。新型コロナ禍で実現できない可能性も残るがアントニー・ダウエルが指導に来てくれることを承諾している、という。ダブルビルのもう1曲は、新国立劇場バレエ団は何回か上演しているジョージ・バランシンの『テーマとヴァリエーション』。二つの、言うなればネオクラシック的作品を同時に観ることができるプログラムである。
それからこちらもキャンセルされていた「吉田都セレクション」(22年2月19日〜)は、新国立劇場バレエ団に初登場となるウィリアム・フォーサイス振付『精確さによる目眩くスリル The Vertiginous Thrill of Exactitude』、ハンス・ファン・マーネン振付『ファイヴ・タンゴ 5 Tango's』ローラン・プティ振付『こうもり La Chauve-souris』より「グラン・カフェGrand Cafe」という3作品が上演される。『精確さによる目眩くスリル 』は5名のダンサーによる舞台だが、高い技術が要求されるものでダンサーには基礎の大切さがいっそう実感されるだろう。『ファイヴ・タンゴ』はピアソラの曲に振付けたもの、プティの『こうもり』より「グラン・カフェ」とともに、大人のバレエであり、シャンペンでも味わいながら観るのにふさわしい舞台になる。

そしてアシュトン振付『シンデレラ』(22年4月30日〜)は新国立劇場バレエ団のレパートリーとなっていて再演を重ねているが、新シーズンでは新たに導入されるエデュケーショナル・プログラムvol.1の「ようこそ『シンデレラ』のお城へ!」(22年2月26日〜)とも関連した上演となる。エデュケーショナル・プログラムは、海外のオペラハウスを拠点とするカンパニーでは、方式は異なっているが種々行なっている、ダンスを広く普及させることを目指す舞台やイベントのこと。例えばニューヨーク・シティ・バレエのように、バランシン・メソッドを公演を開催する都市に先行してワークショップを行ったり、次の上演演目を以前に同じ演目で主演したダンサー自身が、その舞台映像を見せながら解説するなど、それぞれのオペラハウスによって様々な方式によって行われている。
今回はアシュトン版『シンデレラ』の著作権を持つ故マイケル・サムスの妻、ウェンディ・エリス・サムスの協力により、吉田監督が構成・演出を行うもの。「何もない舞台から、大道具が持ち込まれてバレエが始まるまで、そして実際に、今踊ったばかりのダンサーへのインタビュー」など普段は観ることのできない、不思議なバレエの国の物語を見せ、さらに本番の『シンデレラ』上演へと連動していく、という企画だ。
そして近年世界的に大ヒットし、新国立劇場でも上演されたクリストファー・ウィールドン振付『不思議の国のアリス』(22年6月3日〜)。こちらもリベンジ公演となる。英国ロイヤル・バレエとオーストラリア・バレエ団からゲストダンサーを呼ぶ予定だそうだ。
他にもこどものためのバレエ劇場 2021として、森山開次の演出・振付による『竜宮 りゅうぐう』(21年7月24日〜)。昨年の再演だが、新型コロナ感染拡大のために、密にならないようにしたり、なるべく同じ方向を向いて踊るなどの対策が振付の上にも工夫されている、と言う。「DANCE to the Future:2021 Selection」(21年11月27日〜)では、2011年に上演された上島雪夫振付の『ナット・キング・コール組曲』ほかが中劇場で上演される。こちらも昨年キャンセルされた小野寺修二の構成・演出によるカンパニーデラシネラの『ふしぎの国のアリス』(22年3月18日〜)。2019年に小劇場で上演された森山開次演出・振付の『NINJA』が、『新版・NINJA』(22年6月25日)として中劇場で上演される。

吉田都 舞踊芸術監督 (C)E.Murakami

ラインナップの演目紹介に続いて、吉田都舞踊芸術監督への質疑応答が行われた。
吉田監督がしばしば語る「古典の進化」ということについての質問に対しては、「伝統を守りつつ新たなチャレンジをしていくこと」と答えた。今日はいろいろと技術も進歩していて、ポワントの表現も高度なものが求められているので、バレエならではの舞台のルールやマナーを守りつつ身体能力を高めて行かなければならない。古典バレエへの新しい演出・振付作品も作られているし、バレエも常に再生し続けなければならない、と説明した。
また、現在の70名という新国立劇場バレエ団のダンサーの人数については、全幕公演を打つには「本当にギリギリです」。先日公演した『ドン・キホーテ』でも怪我人が一人出ただけで、構成を変えなければならなくなってショックだったし、『眠れる森の美女』では、ダンサーたちにできるだけ多くの経験を積ませるために6人の妖精もWキャストを組んだのだが、こちらも苦労した。公演数も増やして主演級のダンサーを育てていくためにも、90名くらいが必要となると思っているそうだ。
新国立劇場バレエ団のダンサーたちについては、いろいろとデビューもあったが、舞台を通して成長していることを感じているので頼もしく思っているという。技術的には、頭で理解していても踊りや演技でできていないことを繰り返し試みて身体に覚えさせていくこと。そしてもし身体でできたら、何がうまくいったからできたのか、今度は頭で理解していくこと。それを繰り返して深化していくことを目指して欲しい、と思っているとのこと。
吉田都舞踊芸術監督の言葉は平易で、実践としっかりと結びついているのでとても理解し易い。説明を聞いていると、バレエの舞台裏の現場でどのようなことが起こっているのか、どんな困難に直面しどう解決しようとしているのかを共感することができる。すると、現場を預かっている監督と、外部の観客やバレエに関わる人々を結びつけることができる。これは実に大切なことであって、例えば、今回の新型コロナ禍で木下グループが新国立劇場バレエ団のダンサーとスタッフのすべてのPCR検査を引き受けてくれたことに吉田監督は深い謝意を述べていたが、これもおそらくはそうした共感がもたらしたものではないか、と私は思う。

吉田都 舞踊芸術監督 (C)E.Murakami

●新国立劇場2021/2022シーズン バレエ&ダンス ラインアップ (公式サイト)
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet-dance/
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet-dance/news/detail/77_019563.html

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