至近距離で感じる「悪」の引力「DaBYコレクティブダンスプロジェクト」第2回トライアウト・レポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

横浜・馬車道のダンスハウスDance Base Yokohama(愛称DaBY、デイビー)では、異ジャンルの若手クリエイターたちが協働で新しい作品を生み出す「DaBYコレクティブダンスプロジェクト」が、2020年2月より始まっている。11月14日、その「第2回新作トライアウト」が行われた。
振付・演出はDaBYアソシエイト・コレオグラファーの鈴木竜。まだ名前のない作品だが、テーマは「悪」。8月の第1回トライアウトとは異なる角度からテーマが深められ、作品はさらに刺激的に進化していた。

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提供:Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

新たな役割を担う文化施設として、グッドデザイン賞を受賞しているDaBY。明るくて居心地のよい空間という印象だったのだが、今回はまったく違ってみえた。半透明のビニールがびっしりと天井から吊り下げられ、柔らかい膜でできた洞窟のようになっている。見ようによっては美しいけれど、圧迫感もある。
青白い照明を背に、ビニール膜の奥から、鈴木竜がゆらゆらと現れた。異様である。なぜなら、顔に恵比寿さまみたいな笑顔が貼りついているからだ。恵比寿さまなら福の神だけれど、顔の筋肉が完ぺきにコントロールされて表情がぴくりとも動かないので、たいへんに禍々しい。続いて登場した池ヶ谷奏と藤村港平の表情からも、この笑顔が「良からぬもの」であることがわかる。しかもこの顔、人に「うつす」ことができるのだ。
鈴木がクッ! と気合を込めて頭を振ると、今度は笑顔が池ヶ谷に貼りついてしまう。池ヶ谷から藤村へ、藤村から鈴木へ、また藤村へ......。笑顔がはがれたときの素顔には、笑顔を押しつけた相手への憎しみや嫌悪が透けて見える。三人は笑顔を押しつけあいながら、激しく踊り続ける。フェイントをかけたり、振り向きざまに押しつけ返したり。サッカーの名手によるフェイント合戦のようでもあるし、SFアニメの超能力対決のようでもある。表情を固めたまま、あるいはいつ笑顔を押しつけられるかわからない状況で、これだけ高速で踊り続けるってどれだけ大変なんだろう......と思う間にバトルは激しさを増し、唐突に途絶えた。

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提供:Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

続く鈴木と池ヶ谷奏、鈴木と藤村港平のデュオのシーンもきわめて不穏だ。デュオなのに、二人の関係性が明らかに不均衡なのだ。
クラシック作品のパ・ド・ドゥなら、リフトなどの見せ場がはなやかに決まるよう、男性が女性をサポートし、互いに協力し合うはずだが、鈴木は池ヶ谷を思うがままに踊らせようと、ひたすら強引にリードし続ける。鈴木と藤村のデュオは、引き合ったり突き放したり、互いの重力を利用して動きをつくりだすコンタクト・インプロヴィゼーションのようだが、藤村は鈴木が倒れようがきつい姿勢になろうが、一切の気遣いなしで唯我独尊的に踊り続け、鈴木のほうは藤村に無理な動きをさせないよう、フォローし続ける。先ほど池ヶ谷に対して支配的にふるまっていた鈴木が、今度は卑屈に見える。DVやパワハラなど、様々なシーンが連想される。

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提供:Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

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提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

次のシーンでは、まず池ヶ谷と藤村が踊り始める。二人の関係性はまるでつきあいたてのカップルのように対等で親密だ。ところが、ビニールの皮膜の向こうに鈴木が影のように立つと、藤村はなぜかその姿に魅入られてしまう。そして、ビニールをちぎっては、池ヶ谷に向かって「ふっ」と吹きかけはじめる。池ヶ谷はくるくると空中に舞うビニール片にあやつられるように、踊り狂っては倒れる。どうも、ビニール片の動きにはさからえないらしい。ビニール片を吹きかけて池ヶ谷を踊らせる続ける藤村の眼が、ひどく邪悪だ。「黒幕」の鈴木は、まるで邪教の教祖のよう。オフバランスで回転しては倒れこむ池ヶ谷に、苦悶の表情が浮かぶ。ああ、これは「悪」だなあと思う。でも、ひどく魅惑的だ。要するにセクシーなのである。蝉の声など、野外での録音を取り入れたタツキアマノの音楽が妙に生々しく、妄想をかきたてる。

最後のシーンでは、重低音を効かせた音楽が大音量で鳴り響き、三人が身体能力を駆使して、音楽に突き動かされるように踊り狂った。

終演後、参加アーティストによるトークが行われた。

前回のトライアウトでは、「悪」について議論する中で浮かび上がってきた「認識の差異」というコンセプトをもとに作品づくりが進められたが、今回は当初のテーマ「悪」に立ち返り、新たにオーディションで選ばれたダンサー・池ヶ谷奏、藤村港平と共に、動きからテーマにアプローチしていったという。
「奏さん、港平くんと一緒にスタジオで動いてみて、僕の動きは、重力や引力に深く根差していることがあらためてわかりました。『どちらが善でどちらが悪か』『AとB、どちらを選ぶか』といった二者択一をするとき、両者の間に生まれる引力にフォーカスして、今回のような表現になりました」と鈴木。
「竜さんの動きを共有化するために、彼のダンス言語を6つのメソッドに落とし込んで、『ボレロ』をかけながらその"鈴木メソッド"で踊るというのを、ウォーミングアップとして毎回やりました」と池ヶ谷は語る。「私は動きの"軌跡"を重視して踊ってきたんですが、竜さんは動きの "起点"を重視するというアプローチで、踊りのスタイルがまったく違っていました。竜さんのダンス言語を取り入れると同時に、部分的には自分の得意な動きも取り入れたりと、作品づくりの過程でも見えない力のやり取りがあって、面白いクリエイションの日々だったなと思います」(池ヶ谷)。
また、藤村は「音楽、美術、ダンスを同時進行でつくっていくコレクティブという手法でクリエイションを進めるにあたって、いちばん困ったのは、お互いに共通言語がないことでした」と明かす。「言語化できないのがダンスの良さでもあるけれど、他分野の人とコラボレーションするためには、あえて言語で表現しなくてはならないこともある。今は、言語と非言語的な表現は別ルートのようでいて、お互いに掘り進めていけば同じ場所にたどり着けるんだと感じています。

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提供:Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

舞台美術を担当したのは、建築家の一色ヒロタカと宮野健士郎。一色はDaBYの設計者でもある。今回は、まず天井から床に届くほどの長さのビニールで会場を覆いつくし、ダンサーたちが動いた軌跡に沿って、それらを切り取っていったという。「つまり、ここはダンサーの身体によって掘られた洞窟ということになります」と宮野。第1回トライアウトでは、「ダンサーが動いた痕跡を記録する」という課題のもとに舞台美術がつくられていったが、今回はさらにその発展形といえる。
一方、音楽のタツキアマノは「ベースの低音を『悪』と置き換えて」曲づくりをしたと明かした。第1回トライアウトと同様、ダンサーを音楽で支配しようとする企みが仕掛けられていたのだ。アルコールやドラッグと同様、ひたすら身を任せたくなる快楽という意味では、音楽はたしかに「悪」と近いものかもしれない。

AとBの意見があるとき、私たちはふだん、両者の立場に立ってみて、選択肢の先にある可能性を吟味してから決めたり、折衷案を考えたりしている。AとBの間に様々な見えない力が働いて、たいていは黒でもなく白でもない、グレーなところで決着がつく。でも、ときどき思考停止したくなる。思うがままに力をふるって人を支配することにも、ひたすら何かに熱狂して「踊らされる」ことにも、たぶん背徳的な気持ちよさがある。そもそも、音楽に身体を乗っ取られて「踊らされる」ことこそがダンスの快楽という気もするし。してみると、ダンスと「悪」の距離もかなり近いのだな。そんなことを、間近で踊るダンサーたちの引力とともにゾクゾクと感じた。
ドラマトゥルクの丹羽青人は「今回の第2回トライアウトでは、これまでバラバラに生まれてきたテーマや動きをどのように動機づけして結びつけていくか、といったことをダンサーやクリエイターらと話し合って創作をしていきました。いま、骨組みができあがった段階で、のちにどう活かすかはこれから考えていきます。」と語る。

第3回トライアウトは2月9〜10日にDaBYにて開催予定。その後、12月に愛知県芸術劇場を含めた複数の劇場での本公演を目指すという。プロジェクトの今後に、ますます目が離せない。
https://dancebase.yokohama/

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