沖香菜子と秋元康臣の格調高い踊りを中心に見事な舞台、斎藤友佳理版『くるみ割り人形』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『くるみ割り人形』斎藤友佳理:改訂演出・振付(レフ・イワーノフ及びワシーリー・ワイノーネンに基づく)

2020年は新型コロナに振り回された一年だった。緊急事態宣言の発令により、一時期ほとんどの公演は延期や中止に追い込まれ、9月には少しずつ公演が再開されるようになったものの、冬になって感染者が急増し、再び危機感が強まった。それでもクリスマスが近づくと、バレエ団はこぞって『くるみ割り人形』を上演した。通常の形での公演もあれば、客席数を半分に減らしたものや、子供が参加しない大人だけによる短縮版での上演など様々だったが、踊る側にも観る側にも、新型コロナ禍の渦中だからこそ、『くるみ割り人形』のファンタジーの世界に浸りたいという思いがあったのではないだろうか。華麗な装置やハイレベルの踊りなど、それぞれ持ち味を出して楽しませたが、中でもロシア・バレエの正統派として際立っていたのは、東京バレエ団による『くるみ割り人形』だった。芸術監督・斎藤友佳理が、長年にわたり上演してきたワイノーネン版を、よりオリジナルな形で踏襲しようと、昨年、自ら演出・振付を手掛けて制作したリニューアル版の再演である。

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© Kiyonori Hasegawa(すべて)

斎藤の演出は極めてオーソドックスで分かりやすいが、ユニークな点が二つ。一つは、マーシャが寝室でベッドの下から現れたネズミが赤いスリッパを持ち去るのを追いかけて広間に行くシーンを加えて、夢の世界への導入としたこと。これはそのままベッドで夢から目覚める幕切れへと自然に繋がる。もう一つは、マーシャがくるみ割り王子と一緒にクリスマスツリーの中に入り込んで夢の世界を旅する形にしたこと。これは童心に還っての発想だったのだろうか。それにしても、パーティ会場の壮麗な広間や、幻想的な雪の国、オーナメントで飾られたツリーの中、その頂きの色彩豊かなお菓子の国など、アンドレイ・ボイテンコによる妙趣に富んだ舞台美術は見応えがあり、想像力をふくらませた。主役のマーシャとくるみ割り王子はトリプルキャストだった。沖香菜子と秋元康臣、秋山瑛と宮川新大という初演時にも主演した二組のペアに、金子仁美と池本祥真が新たに加わった。このうち初日の沖と秋元が踊った日を観た。なお、再演に当たり手直しした所もあり、全体に磨きがかかり、より楽しめる舞台になっていた。

第1幕では、ドロッセルマイヤーが披露する人形たちの踊りが見せ場の一つ。ピエロの樋口祐輝、コロンビーヌの中川美雪、ウッデンドールの岡崎隼也は、機械仕掛けを思わせる特色ある動きを巧みにこなした。なお、初演時はウッデンドールではなくムーア人だったが、ムーア人のメイクや茶色に塗った肌はどぎつい印象を与えたし、機械人形たちはマーシャの夢の旅に同行する形になっているので、替えて良かったと思う。ドロッセルマイヤーを務めたのはダンスールノーブルの柄本弾だが、おどけた演技も達者だった。ねずみたちとおもちゃの兵隊たちの戦いでは、男性ダンサーによるねずみたちと、トゥシューズの女性ダンサーによる兵隊たちの踊りの対比が効いていた。雪の精の群舞も大事な見せ場で、様々なフォメーションで軽やかに舞う姿はファンタジックで美しかった。

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第2幕の民族舞踊も個性が際立ち、見応えがあった。「スペイン」で、別の日に主役を務める秋山瑛と池本祥真が情熱を弾けさせるように踊ると、「アラビア」の三雲友里加と生方隆之介は妖艶さを匂わせて踊り、「中国」の岸本夏未と昴師吏功はきびきびと勢いのある踊りを見せ、「ロシア」では伝場陽美のキュートな踊りに岡崎司と鳥海創が豪快なジャンプで盛り上げ、対照的に「フランス」の涌田美紀と足立真里亜らは優雅にステップを踏むといった具体で、多彩な出演者たちにダンサーの層の厚さを改めて知る思いがした。なお、「中国」の男性ダンサーは今回は辮髪ではなく、女性ダンサーとおそろいのキャップを被っていたのも良かった。「花のワルツ」は明るく華やかに繰り広げられ、クライマックスのマーシャと王子によるグラン・パ・ド・ドゥへの期待を高めた。

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沖香菜子、秋元康臣

主役の沖と秋元はどうだったか。パーティでの沖は幼さを強調せず、純真で多感な少女という雰囲気だったが、変身したくるみ割り王子に対する淡い恋心を繊細に表現していた。秋元は、マーシャに恭しく接する王子を自然体で演じた。雪の国では流れるようにデュエットを踊り、互いの心の高揚を伝えたが、秋元の見事なジャンプは冴え、床に吸い付くような着地も気持ち良かった。終盤のグラン・パ・ド・ドゥは見事の一言に尽きる。アダージョで、沖と秋元は一つ一つのパを模範的にこなした。秋元は難度の高いリフトを鮮やかに決め、リフトされた沖は美しくポーズを保つなど、息づかいはぴったり合っていた。このアダージョにおける2人の格調高い演技は特筆されて良い。ヴァリエーションやコーダでのジャンプや回転技も卓越していたが、感心したのは、高度な技が散りばめられていながら決して技を誇示するようなことはせず、音楽にのせて流れるように展開していったこと。ともあれ、沖も秋元も、近年、古典や現代作品で役の幅を広げ、テクニックと表現力に磨きがかかってきただけに、今後の活躍が楽しみだ。なお、ベジャールの『M』という現代バレエの傑作に挑んで2か月も経たないうちに、古典バレエの名作でこれだけの成果を挙げた東京バレエ団の凄さ、ダンサーたちの柔軟性も称賛したい。2021年には新型コロナ禍が終息し、充実した活動ができるよう祈りたい。
(2020年12月11日 東京文化会館)

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© Kiyonori Hasegawa(すべて)

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