池田理沙子と奥村康祐が美しく楽しく踊ったイーグリング版『くるみ割り人形』、新国立劇場バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『くるみ割り人形』ウエイン・イーグリング:振付

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撮影:瀬戸秀美(すべて)

2017年以来、新国立劇場バレエ団はウエイン・イーグリング版の『くるみ割り人形』を上演してきている。私は、今回公演では池田理沙子、奥村康祐が主演した舞台を観ることができた。

イーグリング版『くるみ割り人形』には、イーグリングとともにトール・ヴァン・シャイクのコンセプトによるとクレジットされている。これは新国立劇場バレエ団の『眠れる森の美女』の衣装を担当した、オランダ国立バレエ団などで踊った元ダンサーで舞台美術や振付も手がけるトール・ヴァン・シャイクのことで、彼はイーグリングとともに『くるみ割り人形とネズミの王様』を振付けており、映画にもなっている。イーグリング版では、ネズミの王様の存在感が大きくなっているが、それは以前、彼らが振付けたヴァージョンのコンセプトによっているからなのかもしれない。その他にも男性の主役が、ドロッセルマイヤーの甥・くるみ割り人形・王子の3役を、女性の主役が夢の中で成長したクララとこんぺい糖の精を演じ踊ること、プロローグにクララの子供部屋のセットを組み、エピローグにもそのセットを使用していることなどが特徴。また、ドロッセルマイヤーはこの出来事のすべてを取り仕切っていて、ネズミに掛けられた王子の呪いを解いていく。実際、ドロッセルマイヤー役の中家正博は大活躍で、沈着冷静、綿密に組み立てた戦略を着実に遂行していた。

一幕のパーティのシーンもなかなか細かく配慮されている。例えば、姉のルイーズ(奥田花純)が彼女を慕う3人の男性と踊って、クララ(佐原夢南)がみる夢をそれとなく刺激するシーンなどが抜かりなく加えられている。
イーグリングの振付は、ネズミの呪いを解くことをドラマの要点としているので、それはもちろん簡単には消えないし、その点はスペクタキュラーに描かれている。また、クララは士官学校を卒業したばかりの彼の甥に、仄かな好意を持つ。これは自然の成り行きではあるが、もちろん、老獪なドロッセルマイヤーには計算済みのことだったろう。

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池田理沙子、奥村康祐

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木下嘉人

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雪の国からクララとくるみ割り人形とドロッセルマイヤーは、気球に乗って旅立つ。ところがその底にネズミの王様がぶら下がってしぶとく追いかけてくる。お菓子の国についてからもネズミの呪力はなかなか衰えず、王子の姿に蘇っても、また、くるみ割り人形に逆戻りしたりした。3役をこなし、変わり身の多い踊りにはかなり気を遣ったと思われるが、奥村は落ち着いてそれぞれをうまく表現していた。けれどもこのシーンでは夢の中のクララは、さぞかしハラハラしたことだろう。出番の多いネズミの王様に扮した木下嘉人は、被り物を駆使して良く頑張りお話を盛り上げた。

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池田理沙子、奥村康祐

そして、多くヴァージョンが描くラストシーンの余韻。イーグリング版では、大いなる冒険をしたクララと甥&ドロッセルマイヤーとの別れは、夢からしっかりと目覚め、実にさっぱりと少女の日常を回復していた。クララはソファでうたた寝して夢を見たのではなく、子供部屋のベッドでしっかり眠り、くるみ割り人形に戯れていた少女から成長した夢を見た。だから彼女の夢の構成はしっかりと作られていた。さらに言うと、将来のクララには大人の女性としての素敵な恋が待っている、と多くの観客は幕が下りた時に感じたかもしれない。

池田理沙子は小気味良く踊ってとてもチャーミングだったし、舞台を花やいだものとしていた。奥村康佑とのコンビも合っていて楽しかった。ひとつだけ感じたことは、運動神経が良すぎるからだろうか。ごくたまに、動きが先行してしまうように感じられたことがあった。はやる気持ちを少し抑え、さらに音楽と観客の気持ちの同調をより深めていけば、いっそう美しく輝くに違いない。
(2020年12月13日 新国立劇場 オペラパレス)

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撮影:瀬戸秀美(すべて)

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