ダンサーたちの熱気が生んだ素晴らしい舞台、吉田都新舞踊芸術監督が就任した新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『ドン・キホーテ』マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー:振付、アレクセイ・ファジェーチェフ:改訂振付

ガマーシュは見事なずっこけが決まり、サンチョ・パンサは2度、3度と宙に舞い、キトリの父親ロレンツォは怒って娘と床屋の若者を引き離す、ドン・キホーテは幻のドゥルシネアをひたすら崇拝する・・・。貝川鐵夫のドン・キホーテはゆったりと人間離れした騎士像を表し、福田圭吾のサンチョ・パンサ、奥村康祐のガマーシュは軽快で素速い動きでユーモラスな仕草を表現した。
米沢唯のキトリは、溌剌として思い切って身体を賭したような素晴らしい踊り。フィッシュ・ダイブもバジルがしっかり受けて見事に決まり客席を沸かせる。井澤駿のバジルは落ち着いて安定感があり、舞台全体を力強く支えた。木下嘉人のエスパーダは、口髭を蓄え、揉み上げも長く延ばしてしかめっ面をし、スペイン人になりきっていた。寺田亜沙子の街の踊り子は、少しあまさもあったが柔らかに表現してうまく踊った。

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米沢唯、井澤駿  撮影:鹿摩隆司(すべて)

ダンサーたちはみんな熱い。新型コロナ禍で舞台が中断された以前は、どちらかというとコミカルな型を気にしてか配慮が先立ってしまい、登場人物の気持ちを表す表現が少し疎かになっていたように感じられた。しかし、今回の『ドン・キホーテ』は、再開後上演される初の古典全幕バレエであり、吉田都新芸術舞踊監督が就任した最初の公演である。冨田実里指揮による東京フィルハーモニー交響楽団の演奏とともに開幕し、出演したダンサーたち全員が、何かが吹っ切れたかのように活き活きとしていて舞台には熱気が立ち昇り、観客席でもはっきりと感じとることができた。

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木下嘉人

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米沢唯

第2幕の居酒屋のシーンでは、渡辺与布がメルセデスを踊った。しっかりとした踊りだったがもう少し凄味を感じさせてくれたら、さぞや美しくなることだろう。細田千晶のカスタネットの踊りには、スペイン音楽の神秘的な気分が現れた。エスパーダは居酒屋にいるすべての際立った女性に声をかけていたが、これはもう闘牛士の職業病だろうか。
中家正博のジプシーの頭目、井澤諒と宇賀大将の二人ジプシーなどの踊りは勇壮。森のシーンは木村優里の女王が落ち着いて踊り、夢の世界の住人を巧みに表した。そしてコール・ド・バレエは気持ちを一致させて踊り、美しいシーンを見事に作った。第1幕はのびのびとしたバレエ・アクションが演じられ闊達だったので、音楽と一体となる森の白いバレエとの間に良い具合のコントラストが生まれ、舞台に趣が感じられ好印象を残してくれた。ファジェーチェフ版では、キトリとバジルが駆け落ちすることはなく、第2幕の居酒屋のシーンで床屋のバジルの狂言が大成功を収める、という展開である。
第3幕のキトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥは素晴らしかった。とりわけ米沢唯のフェッテはバネを効かせ、スピードにのったトリプル、ダブルを混えて悠々と踊った。井澤も落ち着いて応じ、美しい躍動の軌跡を舞台上にしばし残した。益田裕子と速水涉悟のボレロもアントレとして雰囲気があり盛り上げたし、第1ヴァリエーションの奥田花純は華やか、第2ヴァリエーションは池田理沙子は可憐だった。

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井澤駿

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米沢唯、井澤駿

新国立劇場バレエ団のダンサーたちが、このままさらに努力を重ねて成長し、吉田都舞踊芸術監督の現役の頃のようなダンサーへと近づいていくことができれば、英国ロイヤル・バレエに互した実力のカンパニーになる夢を見ることもできるかもしれない。幸運なことに、お手本が目の前にいてコーチしてくれるのだから。そんな印象をも抱かせてくれた新国立劇場バレエ団の『ドン・キホーテ』公演だった。しかし、その夢を現実のものとするためにはやはり、クリエイティブな力がカンパニーの中から自ずと育まれてこなければならないのではないだろうか。

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米沢唯、井澤駿  撮影:鹿摩隆司(すべて)

今回の『ドン・キホーテ』公演は、このほかに木村優里/渡邊峻郁、小野絢子/福岡雄大、柴山紗帆/中家正博、池田理沙子/奥村康祐、米沢唯/速水渉悟という5組のキャストが組まれ、全7公演が行われた。10月31日の米沢唯/速水渉悟の舞台の動画が、吉田都舞踊芸術監督やダンサーのインタビューなどとともに有料配信されていて、11月30日まで視聴可能となっている。
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https://chicoissyo.com/special/ballet.html
(2020年10月23日 新国立劇場 オペラパレス)

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