KAAT『星の王子さま』開幕直前! 森山開次×酒井はな=インタビュー

ワールドレポート/東京

インタビュー=坂口 香野

優れたダンス作品を数多く世に送り出してきたKAAT 神奈川芸術劇場。コロナ後、劇場が再開して最初のダンス公演となるのが、11月11日に初日を迎える『星の王子さま‐サン=テグジュペリからの手紙‐』だ。コンテンポラリー・ダンスでは異例の大空間を駆使した新作となる。
演出・振付+蛇役で出演する森山開次と、物語の鍵をにぎるバラ役の酒井はなに、作品のみどころや進行中のクリエイションについてうかがった。

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森山開次 © SadatoISHIZUKA

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酒井はな © Tomohide Ikeya

かつて子どもだった大人にこそ届けたい物語

――稽古中のお忙しいところ、今日はありがとうございます。まず、題材として『星の王子さま』を取り上げた理由を教えていただけますか。

森山 KAAT芸術監督の白井晃さんに、ホールでのダンスシリーズの企画をいただいたとき、まず思い浮かんだのが『星の王子さま』でした。理由はたくさんあるんですが、実は白井さんとも、僕自身の出発点とも縁の深い作品なんです。
1995年、僕がまだミュージカル劇団で学んでいた頃、音楽座ミュージカル『リトルプリンス』で蛇役を踊ったのが、H・R・カオスの白河直子さんでした。僕は当時、音楽座の研究生で、劇場の仕込みを手伝っていたんですけど、ウォーミングアップで白河さんが脚をぶんぶん振っている姿はよく覚えています。なんだあの身体は? なんだあの表現は? と思って。それが僕にとって最初のコンテンポラリー・ダンス体験で、ダンスにのめりこんでいくきっかけになりました。その後、2005年には白井さん演出の『星の王子さま』(新国立劇場)で蛇役を踊らせていただいたんです。
それからまた15年経って、自分が演出・振付をするとしたら何ができるだろうかと考えたのが、この作品を選んだ理由の一つです。
それと、僕は最近比較的「子どもに向けた作品」を担当することが多くて......(笑)。KAATキッズ・プログラムで『不思議の国のアリス』、新国立劇場で『サーカス』や『NINJA』、『竜宮 りゅうぐう』など、子ども向けの作品を続けてつくってきました。今回はその経験も生かしつつ、大人にこそ感じていただける作品にしたいなと。
作者のサン=テグジュペリは、『星の王子さま』の前書きで「子どもたちにはすまないけれど、この本を親友の、ある大人に捧げるよ、その大人も昔は子どもだったのだから」というふうに語っているんですが、僕もこの作品を、かつて子どもだった大人たちに届けたいと思っています。

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――今回の振付・演出にあたり、あらためて原作を読み込んでみて、どんな印象を持たれていますか。

森山 飛行士だったサン=テグジュペリは、空から俯瞰するように人間を眺めて、人間社会への批判や願いを込めてこの作品を書いたんじゃないかと。単なるメルヘン的な作品ではなく、心に刺さる言葉や哲学的な言葉、宝石のような美しい言葉に満ちています。恐れ多いけど、サン・テグジュペリになったつもりで、この新型コロナ禍の状況も含め、今、世の中で起こっていることを体感しながら、この名作を身体表現として再構築し、届けたいです。
『星の王子さま』の中には飛行のシーンは出てこないんですけど、『夜間飛行』や『人間の土地』など、郵便飛行士としての彼自身の体験が投影された作品も取り入れていきます。

バラ、飛行士、狐、蛇......陰影ゆたかなキャラクターたち

――バラ役の酒井はなさんをはじめ、飛行士役に小㞍健太さん、狐役に島地保武さんなど、キャストもスタッフもたいへん豪華ですが、この超豪華布陣はどのように決定されたのですか。

森山 王子役のアオイヤマダさんは今回ご一緒するのが初めてですけど、これまでのキャリアの中で出会ってきた方たちを中心に、役のイメージにぴったりな方にオファーさせていただいています。はなさんの場合は、「今回はバラの花ですから、はなさんにお願いしたい」と(笑)。

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酒井 ありがとうございます(笑)。

森山 名は体を表す、じゃないけれど、やっぱりはなさんは「花」だと思うんです。前回ご一緒した作品『HANAGO-花子-』(2019年、セルリアンタワー能楽堂)のときもそうでしたが、この役にははなさんしかいないと思いました。

酒井 バラ役、開次さんからご指名いただき、非常に嬉しかったです‼ 実は私、幼いときに『星の王子さま』の絵をぱらぱらっと見たくらいで、あまり印象に残っていなかったんです。今回、あらためて読んでみたら、すごく大人向けの作品なんだなと思いました。物語全体にサン=テグジュペリ自身が投影されているし、バラには彼の奥様であるコンスエロさんのイメージもある。バラは王子さまの旅立ちのきっかけでもあり、いちばん大切なものを見つけるための鍵でもある、とても大事なお役なので、心を込めて踊らせていただきます。
それにバラって、ちょっと私が演じたことのない、面白いキャラクターなんですよね。気位が高いというのかしら。

――「ザ・女子」ですよね。 

酒井 そう、女子(笑)。お水をちょうだいって言ったり、風が冷たいからついたてが欲しいわと言ったかと思うと暑いって言いだしたり。自分をお姫様として扱ってもらいたい。わがままを言って王子さまを翻弄するんだけど、とてもキュートな、愛すべきかわいらしさがあるんですよね。サン・テグジュペリに愛されたバラそのものになりたいですし、愛の象徴としてもいられるよう演じたいと思います。

――王子さま役のアオイヤマダさんについてはいかがですか。

森山 王子さま役の決め手は、子どものように純粋でひらけた感覚を持っていること。アオイさんはまさにそこがぴったりでした。ファッションやMVなどの世界で活躍してきたダンサーで、まだ20歳なんですけど独特の雰囲気があって、ダンスというものをとても広くとらえている。だから、自分のプロフィールを「踊る人」にしているんですよね。実は僕も肩書きを「踊る人」にしていたことがあるから、シンパシーを感じてしまった(笑)。
この間アオイさんが言っていたのは、自分のひいおばあちゃんがふと手を伸ばした姿がダンスに見えたって。ふつうの人のしぐさも、動物の求愛行動も全部ダンスに見えてくると。

酒井 好奇心がいっぱいで、どんなことも興味を持って見ている。そこが王子さまにぴったりですね。稽古場で、私はほら、バーレッスンするじゃないですか。そうしたら、いつの間にか後ろに来て一緒にやってたり。

森山 そうそう。自分の振付がまだ決まっていない場面でも、稽古場にずっといて、みんなを見ながら気持ちをつくってる。チラシ用の写真を撮るときも、「どういうイメージでやったらいいですか」って聞かれたので「そうだなあ、綿毛みたいに」って言ったら、「わかりました」って、ぱーっとカメラの前に飛び出した。

酒井 本当に綿毛みたいで、かわいかったね(笑)。

森山 彼女は様々な媒体でのキャリアがあるので、カメラを向けられた瞬間、その世界に入ることができる。はっとさせられますね。

酒井 今回のメンバーは、これぞ『星の王子さま』でしょうという自慢のキャスティングだと思います。どのキャラクターもぴったりの表現者たちが集まっています。

森山 小㞍さんは、身体で感じるだけでなく「思考する」ことのできる希有なダンサーです。NDTをはじめ世界で踊ってきて、優れた身体能力と知性が結びついている。その俯瞰する感覚が、飛行士にぴったりだと思いました。
島地さんとは長いつきあいで、ザ・フォーサイス・カンパニーをはじめ、彼がキャリアを積んできた姿をずっと見てきています。蛇役か狐役で迷ったんですけど、今回は狐をお願いしました。狐は王子への大切なメッセージを与える役ですが、シマジ狐とアオイ王子でたくさん対話をして、そのメッセージを現場で見つけてほしいと思っています。

――「歌声」として坂本美雨さんも登場しますね。

森山 美雨さんの声は大好きなんです。以前、彼女と「実感の伴うファンタジーをやりたいね」と話したことがあって。今回は美雨さんに入ってもらうことで、まさに声や身体を通して実感として響くような『星の王子さま』にしたいですね。

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「〜のように見える」不思議なダンス、衣裳、美術

――衣裳・美術はひびのこづえ・日比野克彦夫妻が担当されています。お稽古の映像を少し拝見したのですが、「箱」みたいな羊の衣裳や、個性的な小道具が印象的でした。飛行士が絵を描くペンが紙飛行機みたいだったり......。

森山 「〜のように見える」というのが、『星の王子さま』の大切なコンセプトのような気がして。原作の有名なエピソード「象をのみこんだウワバミ」は、作者が子どもの頃に描いたウワバミの絵が、大人にはぼうしに見えたという話ですが、「いろんな見方ができる」ことこそ、コンテンポラリー・ダンスの面白さです。ダンスだからこそ、『星の王子さま』の核心を突くことができるんじゃないかと思うんです。
そんなわけで、ひびの・日比野コンビにも「〜のように見える」衣裳や小道具をいろいろとつくっていただいています。「こんな小道具が欲しいです」と打ち合わせで伝えると、日比野さんが「よし」って感じで、ついたてだとかビール瓶、本なんかを紙でつくってきてくれる。その一つひとつがとてもチャーミングで面白い。アーティスティックな試作品が、今稽古場中に散らばっています。
そうそう、「バオバブ」のシーンはひびのこづえワールド全開の見どころになりますので、楽しみにしていてください(笑)。

――バオバブの木は、芽のうちに処分しないと星を破壊しかねないやっかいなものとして登場しますね。

森山 ちょっとした不信感が膨れ上がって巨大化したり、一つの意見に皆ががーっと同調してものすごい流れに巻き込まれていく、というようなことが身の回りにたくさんあると思うので。象徴的に見えたらいいなと思います。

――ちなみに、はなさんは日ごろ、バオバブ的なものにはどう対処されていますか。

酒井 バオバブみたいなものが出たら、私はすぐ引っこ抜きます(笑)。ちょっとでも気になることはすぐに話し合うようにしますね。心配って小さくても抱えているとつらいでしょう。みんなハッピーだよねっていう状態で日々を過ごしたいので。

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「大切なことは、目には見えない」

――この作品はコロナ後、KAATが再開して最初のダンス公演になるとのことですが、お二人はこの自粛要請期間中、どのように過ごされていましたか。

森山 僕はまさに『竜宮 りゅうぐう』の稽古の真っ最中でしたが、中断せざるをえなくて。劇場が、ちょうど時を閉じ込めた玉手箱みたいだなと思いました。音楽は時間に音符を置いてメロディをつけていく芸術だし、ダンサーはその音符の中を飛んでいく時の旅人みたいだなと思ったりして、ふだんと違う時の流れを感じることができた。いざ劇場が開いたら、今度はものすごく凝縮された時間を体験して(笑)。何せ稽古時間がなくて、分刻みでの振付とリハーサルでしたが、何とか幕を開けることができました。
今回はまた違うお題をいただいて戦々恐々としていますが、稽古場でみんなと共有する時間の尊さを感じています。

酒井 私も舞台を休まざるをえなくて、夫と家にいる時間が新鮮でした。あ、こうやってお料理をしたら美味しく作れるねとか、日々の小さな発見の一つひとつをとても大切に思えるようになりました。私はいつもバレエを踊れる環境やこの身体に対してありがたみを感じていますが、今回のことで「これまでの毎日って奇跡だったんだ」と気づかされました。以来、一日の終わりに無事で生きられたことに感謝し、手を合わせています。

――そんな濃密な時期を経ての舞台、すごく楽しみです。

酒井 とても楽しみです。私にとって今年の2月以来の舞台なので、「私の本番力、大丈夫?」(笑)。最高のバラさんを舞い演じられますよう、今、一生懸命身体を整えています。

森山 僕も正直、時間に追われています。ダンサー全員、本当に心強いメンバーがそろっていて、様々なアイデアを出してくれるので、少しでも早くみんなが安心できる筋道を立てるのが僕の最大の任務です。そこまでいけばメンバー一人ひとりの力で、作品がどんどん膨らんでいくと思うので、まさに今が勝負ですね。音楽は阿部海太郎さんの書きおろしで、お稽古にはこの後、生演奏のミュージシャンも合流しますので、ますます大忙しになります。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

森山 『星の王子さま』は世界的なベストセラーで、数多くの人が心の中で大切にしてきた物語です。この作品の著作権が厳しかったことはよく知られていますが、最近その保護期間が終了して、舞台化や映像化もある程度自由になりました。だからこそ思い切って再構築する勇気も必要だし、同時に、この作品に込められたサン=テグジュペリの思いをまっすぐに届けなければならないと思っています。「大切なことは目には見えない」。彼がこの言葉に託したものを、ダンスでどのように伝えられるのか。
原作を読んだことがない方はもちろん、愛読者の方にはご自分の中のイメージとのギャップも楽しみながら、あらためて『星の王子さま』の世界と出会っていただけたらなと思います。

酒井 ぜひ、お楽しみください。劇場にてお待ちしております!

『星の王子さま‐サン=テグジュペリからの手紙‐』

11月11日(水)〜11月15日(日)
KAAT 神奈川県芸術劇場ホール
https://www.kaat.jp/d/hoshino_oujisama

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