「創作のプロセスに関わる」ダンスの新しい楽しみ、「DaBYコレクティブダンスプロジェクト」第1回トライアウト・レポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

横浜・馬車道のダンスハウスDance Base Yokohama(愛称DaBY、デイビー)では、異ジャンルのクリエイターが協働で新しい作品をつくる「DaBYコレクティブダンスプロジェクト」が動き出している。振付・演出を務めるのは、DaBYのアソシエイトコレオグラファーであり、振付家・ダンサーとして国際的に活躍する鈴木竜。20代〜30代の若手音楽家、映像作家、ドラマトゥルク、ダンサー、制作、それにDaBYの設計を担当した建築家が舞台美術として参加し、互いの専門性を生かしてクリエイションに当たっている。

8月30日、DaBYにて同プロジェクトの「第1回新作トライアウト&実談演習」が行われた。これは、創作の過程を観客に公開し、終演後には全員記名式による意見交換会を行う、という試みだ。少しドキドキしつつ参加した。

無理難題をこなすダンサーたち

会場に入ると、クリエイターたちが撮った写真や映像、文章が展示され、壁にはキーワードやアイデアを記したポストイットがたくさん貼られていた。作品づくりの過程で生まれたアイデアのかけら「fragment(フラグメント)」は、短いダンス作品としてウェブ上にも公開されている。配られたリリースの中には、ドラマトゥルクの丹羽青人による「創作ノート」も掲載されていたが、とりあえずあまり情報を入れずにダンスを見ることにした。
ダンサーは植田崇幸、中川賢、畠中真濃の3人。
彼らを見下ろす位置に鈴木竜が陣取り、マイクで一人ひとりに指示を出し続ける。
「畠中、空間に地形を見つける」
「植田、物語を踊る」
「中川、六本足で踊る」
「植田、リセット。空間に男の子を加えてください」
「畠中、タスクを追加します。......」
舞台美術の一色ヒロタカ、宮野健士郎が、ダンサーの動きに沿って床にテープを貼り、角材やボックスを使って構造物を立てるなどの作業を黒子のように淡々と続ける。映像の大宮大奨は、影のように舞台上を移動しながらダンサーたちの姿をカメラで記録し、音楽のタツキアマノは、状況を見つつ重いビートの効いた曲を流し続ける。
最初は、鈴木の指示とダンサーの動きをただ楽しんでいた。植田のしなやかな背中や指先の豊かな表情は、たしかに「物語」みたいだと感じたり、「六本足で踊る」という指示を受けた中川の、巨大昆虫のような超スピードの動きに驚いたり。しかし、だんだんひどい「理不尽さ」を感じ始めた。
一人のダンサーがこなすべき「タスク」は、鈴木が「リセット」というまで3つ、4つと増えていくし、「畠中、中川のタスクを引き継ぐ」とか、「ひとつ前のタスクと今のタスクの中間を踊る」といった頭がごちゃごちゃになりそうなもの、無理難題としか思われない指示が次々と出されていく。「30秒目をつぶってください」という観客への指示もあった。まるで鈴木が独裁者のようだ。
指示に対して、表情にかすかないらだちが見えたり、無我の境地に入っていくようだったりと、ダンサー一人ひとりの対応の違いも見えてきた。中川がわざわざ鈴木の顔の見える位置まで行って「それ、やだ」と拒否する、という展開もあった。

何か起きそうで何も起きない、しかしきわめて不穏な時間だった。

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写真提供:Dance Base Yokohama ©HATORI Naoshi

見えない「悪」と都市のイメージ

上演後、「実談演習」という名の意見交換会が始まった。まずはクリエイターたちが自己紹介を兼ねて、創作のプロセスや自身の役割について語った。
プロジェクトが立ち上がった今年1月の段階では、鈴木竜はテーマとして「悪」を提案していた。「なぜこんなことがまかり通るんだろう、許せないと感じる出来事が、世界でも身の回りでもたくさん起きていました。でも、その正体が見えない」(鈴木)。鈴木の頭の中には、家族を愛する「ふつうの人」でありながら、きわめて効率的にユダヤ人虐殺を遂行したアドルフ・アイヒマンのイメージも浮かんでいたという。
しかし、この「悪」というテーマは、ある意味わかりやすすぎて、他のメンバーにはあまりピンとこないものだった。そして、この半年間にコロナ禍をはじめとする様々な出来事が社会を大きく変化させてしまい、テーマも曖昧に漂い始めたとドラマトゥルクの丹羽青人は語る。
「ある時、『世界はひとつ』であるかのように見せていた大きな膜が剥がれ落ちてしまったのではないか、と竜さんが言い出して。本当は、世界はいたるところに分断や亀裂が走る、複雑でゴツゴツしたもので、今その姿が露わになっているだけなのではないかと。そのアイデアが、創作の方向性に決定的なインパクトを与えました」(丹羽)。

こうして、新たに設定されコンセプトが「認識の差異」と、異なる認識の集積でできた「都市」だった。鈴木の指示に応え続けるダンサーは都市の住人。そして、全体が予定調和に陥らないよう、音楽、美術、映像がそれぞれ全く別のルールを掲げて動いたという。
音楽担当のタツキアマノは「音楽は都市に流れる時間そのものです。そこで『音楽の快楽性でダンサーを支配する』というアプローチを考えて。快楽性のあるヒップホップのベース部分だけ使ってみました」と語る。

一色ヒロタカはDaBYを設計した建築家であり、今回、宮野健士郎とともに初めて舞台美術を手掛けた。舞台美術のルールは、「ダンサーが動いた痕跡を記録する」ことだった。
「床に貼ったテープは、ダンサーの軌跡を追ったものです。『道』といえばアスファルトの道路を想像するけれど、本来は単に人が歩いた痕跡が線になったもの。今回の作品に参加して、街の見方も変わってきました」と宮野。一色は、「活動者の痕跡によって『居場所』が刻まれ、広場や建物ができたり、それらが活動者を拘束したりする。活動者たちの多様な認識が集まって、複雑な都市像が生まれているのではないでしょうか」と語った。

今回のトライアウトはオンラインでも配信されたが、映像担当の大宮大奨は、あえてオンラインとライブの見え方にズレが生じるようにしたという。「コロナ禍でオンラインが急速に発達していますが、僕は何となく気持ち悪さを感じています。今回は、オンライン特有の時間差や見え方の歪みを意識しながら、撮影を行いました」(大宮)。

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写真提供:Dance Base Yokohama ©HATORI Naoshi

さて、このたくらみに満ちた「都市」の住人たるダンサーたちは、何を考えながら踊っていたのだろうか?

「鈴木さんが出すタスクを、まずまっすぐにやってみようと。タスクを受けて湧き出てくるものを、正直にこの場で差し出そうというところから出発しました」と植田は語る。中川は「鈴木竜くんの振付を踊れると思って、純粋にダンサーとして参加したんですけど、いつからか雲行きが怪しくなって......」と、クリエイションの渦中に投げ込まれた戸惑いを正直に語った。ちなみに、「六本足で踊る」というタスクは前日のゲネプロで初めて出されたものだそうで、それを「練習した」と中川はいう。
このタスク、ドラマトゥルクの丹羽が撮影した「捕ってきた虫を、フライパンの上に置いて焼いて食べる」(‼)という映像が根本にあるという。「僕は虫捕りが好きなので、自分の得意なことでインパクトを与えようと思って(笑)」と丹羽。中川は、「フライパンの上の虫」をイメージして自分なりの動きを練習したのだろうか。

また、タスクに従う・従わないの判断はダンサーに任されていたという。
「タスクに追われて動けなくなるほど、限界まで追い詰められたほうが、新しい動きができるかなと最初は思っていたんですけど。タスクに対して受動的でいるだけでなく、タスクとタスクの抜け道を見つけながら生きていくような、現実の『都市で生きていく』ようなことが、この場でやれたらいいなと、昨日はみんなで話していました」と畠中。

「作品づくりのプロセスも作品」として楽しむ

メンバーの話を聞いて、様々なしかけが詰め込まれた空間だったからこそ、独特の緊迫感が生まれていたことはわかった。最初に鈴木が提案した「悪」というテーマも、形を変えて蠢いていることが感じられた。とはいえ、問題はこれを予備知識ゼロで見ても「おもしろいのか?」ということだ。会場からは厳しい意見も寄せられた。
「断片が断片で終わってしまっている。個性あるメンバーが揃っているのに、同じ質感が持続している気がした。もっとつくり手の大胆な作為が必要」「タスク自体に驚きがなかった。いちばん面白かったのは、『映像の中の人と踊る』というタスクが出されたとき、映像に看板しか映っていなかったこと。タスクを出す人と受ける人の関係性が、完全に脱臼していた。もっともっとできることがあるのでは」「断片が積み重なっていくと、ある時『全体』になる。その瞬間に、何か爆発が起きてほしいなと思った」等々。
「爆発が起きたらいいなということは、ちょうど皆で議論していたところです。タスクの手法を止める選択をするか、意図しなくてもどこかで絶対爆発が起きるようなシステムを編み出せるのか」と鈴木が語りだすと、「爆発を起こすというのはある種型にはめることでもあるが、それでも良いのか」との意見も出た。
「『絶対に何も起こさない』という強い意志のもとに最後まで通し、時空が歪むような感覚を作品にするという考え方もあります。今、クリエイションの"しくみ"ができたところなので、ここからどういう方向に向かうか、皆で検証しながら進んでいきたい」と鈴木。熱い議論が尽きないまま、「実談演習」は閉会となった。

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実談演習 写真提供:Dance Base Yokohama ©HATORI Naoshi

クリエイションの途中段階を見せるというのは、勇気ある行為だと思う。身体と知性と感性を総動員して創作に当たり、パフォーマンス後にそのまま観客との議論に突入、というクリエイターたちのタフさと情熱には脱帽。「『みんなの発想が多様過ぎて手に負えない』と思いつつ、一緒に進んでいくうちに、クリエイターたちをいとおしいなと感じるようになりました。みんなの悩みが織り交ざった表現に触れられることを大切にしていきたい」という、制作の田中希の言葉もとても印象に残った。
今まさに生まれつつある作品づくりのプロセスに、観客が議論を通じて関われるというのは、とても刺激的な、新しいダンスの楽しみ方ではないだろうか。脳のふだん使わない部分をフル稼働させたような、心地よい疲れを感じながら会場を後にした。

尚、DaBYはこのほど、2020年度グッドデザイン賞を受賞。
https://www.g-mark.org/award/describe/51176?token=U6whXoaMiW
アーティスティックディレクターに愛知県芸術劇場シニアプロデューサーの唐津絵理を迎え、オープンな実験場として設定された同施設。その活動特性をふまえた魅力的なデザインや、新たな役割を担う文化施設の大きな可能性が評価され、今回の受賞につながった。
DaBYの今後の展開が、ますます注目される。

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