踊る喜びとエネルギーが弾けるように踊られた、東京バレエ団ワシーリエフ版『ドン・キホーテ』
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ワールドレポート/東京
佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki
東京バレエ団
『ドン・キホーテ』ウラジーミル・ワシーリエフ:演出・振付
新型コロナの影響で公演の中止を余儀なくされていた東京バレエ団が、『ドン・キホーテ』で本格的な活動を再開した。
東京バレエ団の『ドン・キホーテ』は、ボリショイ・バレエのトップダンサーとして活躍し、ボリショイ劇場の総監督も務めた大御所、ウラジーミル・ワシーリエフに演出・振付を委嘱したもので、2001年の初演以来、世界バレエフェステイバルでの特別公演も含め、繰り返し上演してきた人気の演目である。今回はワシーリエフがこの4月に80歳を迎えたのを記念する公演でもあった。もともと7月に予定していたのを9月に延期したものだが、底抜けに明るくて陽気で、見応えある踊りが次々に繰り広げられる作品だけに、ワシーリエフの傘寿を祝うにふさわしい舞台になった。
主役のキトリとバジルは、足を怪我した川島麻実子の代わりに抜擢された秋山瑛が秋元康臣と組んだほか、上野水香と柄本弾、沖香菜子と宮川新大のペアがキャスティングされていた。このうち、沖&宮川が踊った2日目を観た。なお、バジル役のダンサーに役柄の全く異なるエスパーダも踊らせ、それぞれの演技を深めてもらいたいというワシーリエフの意向に沿って、バジル役の3人は交替でエスパーダを務めるよう組まれており、2日目は柄本が踊った。また、初日にキトリを演じた秋山が、この日はキューピッド役で出演していたのも注目された。
© Kiyonori Hasegawa
© Kiyonori Hasegawa
ワシーリエフ版のプロローグは、騎士物語に夢中のドン・キホーテが、バジルに髭をあたらせている時、鏡に映った彼の恋人キトリを見て麗しきドゥルシネア姫と思い込んでしまい愛を告白するというユニークな演出。食べ物を盗んだサンチョ・パンサがメイドに追われて逃げ込んでくるのと入れ違いにバジルとキトリは去り、ドン・キホーテはサンチョ・パンサを救って鎧持ちに仕立て、ドゥルシネア姫を求めて冒険の旅に出るわけだが、ワシーリエフはそこまでの顛末を凝縮して端的に伝えただけでなく、4人の登場人物それぞれの人物像まで描き込んでみせた。
スピーディーな展開はその後も続き、第1幕の町の広場、ジプシーの野営地、ドン・キホーテの夢の場へと淀みなく流れ、第2幕の居酒屋から結婚式の場へと繋がれた。各シーンで披露される踊りは、民族色豊かなダンスから典雅なクラシック・バレエまで実に多彩で飽きさせることがない。それを、ダンサーたちは鮮やかに踊り分けてみせた。
まず主役の2人が素晴らしかった。プロローグで、沖はお茶目で快活で、ちょっぴり勝気なキトリの性格を際立たせ、宮川はやんちゃなキトリに手を焼きながらも愛しくてたまらないというバジルを好演。町の広場での恋の鞘当てはさらりと流していたが、沖はしなやかなジャンプや細かな脚さばきで、宮川は足先まできれいに伸びた跳躍や回転技で印象づけた。沖のキトリはガマーシュの求婚を適当にからかい、恭しく接してくるドン・キホーテにはバジルの反応を探るように敢えて丁重に応じてみせたりしたが、宮川のバジルはそんなキトリの奔放な振る舞いを仕方ないというふうにおおらかに受け止めるといった具合で、何気ないやり取りにも2人の仲の良さがうかがえた。その仲の良さがパ・ド・ドゥにも反映され、宮川は沖を片手で高くリフトし、勢いよく胸に飛び込んでくる沖を的確に受け止め、フィッシュ・ダイヴもきれいに決めた。宮川は抜群のコントロールで、若さやパッションを弾けさせるようにダイナミックなマネージュや小気味よいピルエットを披露した。また、夢の場でドン・キホーテの理想の姫となって現れた沖は、キトリとは一転してポール・ド・ブラも美しく優雅にステップを踏んだ。
© Kiyonori Hasegawa
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一方、エスパーダの柄本は闘牛士たちを率いて颯爽と登場し、リズムを取るように身体を動かし、広めの歩幅でステップを踏み、強靭なジャンプや回転をこなして、エスパーダならではの格好良さや勇ましさで存在感を示した。踊り子メルセデスは政本絵美で、大胆に脚を振り上げ、男たちの視線を足先に引きつけ、魅惑的なジプシー女を伸び伸びと表現。若いジプシーの娘を踊った伝田陽美は、内なる情動に駆られるまま激しく身体を揺らし、しなわせるなど、迫真の演技を見せた。対照的に、秋山は波打つような繊細なパ・ド・ブーレやきびきびとした身の動きで可愛らしくキューピットを演じ、ドリアードの女王の三雲友里加や妖精たちの群舞と併せて端正な古典バレエの様式美を伝え、次元の異なる世界を表出していた。群舞といえば、広場での賑やかな祭りのダンスや闘牛士たちの切れ味の鋭いダンス、ジプシーの男性陣による勇壮な群舞など、どれも見応えがあった。
また、ドン・キホーテの木村和夫は、何度も務めているだけに身体にすっかり馴染んでいるようで、風格も感じられた。最後に、ガマーシュの鳥海創が、狂言回し的なところもある少々やっかいなこの役を巧みに演じて要所で笑わせてくれたことも付け加えておきたい。
今回の『ドン・キホーテ』は、これまで以上に熱のこもった舞台となったが、これも公演の打てない状態が長引き、待たされ続けたダンサーたちの踊りたいというエネルギーが弾けたからに違いない。見る側も同様で、ようやく生の舞台を楽しめたという思いで一杯になった。これからも公演が無事に続くようにと願うばかりだ。
(2020年9月27日 東京文化会館)
© Kiyonori Hasegawa
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