マリインスキー劇場の日本人舞姫・永久メイに聞く、<ロシアの舞台で踊る日々のこと>

ワールドレポート/東京

インタビュー = 関口 紘一

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――永久さんは2013年にYAGPでグランプリを受賞されて、モナコ王立グレースバレエ学校に行かれました。そして15歳の時にユーリー・ファテーエフ芸術監督にスカウトされてマリインスキー・バレエ団に入団されたわけですね。

永久 そうです。2015年の夏にYAGP関連のガラ・コンサートがありました。その2週間前に行われたサマー・スクールに、ファテーエフ監督や他のバレエ学校の校長も来られていて、練習していたヴァリエーションを監督に1対1で見て頂きました。その時に、「マリインスキーに踊りにこない?」というお誘いを受け、マリインスキー国際バレエフェスティバルで踊ることになりました。それ以前は、ロシアに行ったこともなく、まったく予想外のお誘いでした。

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――モナコではワガノワスタイルの教育は受けられていましたか。

永久 いいえ、モナコはいろいろなスタイルをミックスしたもので、ワガノワスタイルのみの教育ではありませんでした。

――そうですか。では、ワガノワスタイルはロシアにいらしてから全く初めて学び始められたわけですか。

永久 はい。上半身の使い方とか、全然違うと感じました。

――習得されるのには苦労されましたか。

永久 そうですね。朝のクラスレッスンの時に、違うな、と感じることはありました。でも私のコーチ(エルヴィーラ・タラソワ先生)が毎日毎回、同じことを繰り返し繰り返し注意してくださって、少しづつ違う上半身の使い方などを習得していった、という感じです。

――ロシアのバレエ教育は基礎・基礎・基礎という徹底した教え方ですね。

永久 はい。徹底的にワガノワスタイルを学んでいます。

――今、マリインスキー・バレエ団の日本人ダンサーは石井久美子さんと安齋織音さんと3人ですね。他の外国人ダンサーと言いますと・・・

永久 キム・キミンさんとイギリス人のザンダー・パリッシュさん、日本人のお母さんを持つ大澤=ホロウィッツ・アーロンくん・・・も入団しています。
同じ年に入団して私と一緒に踊ることの多いブラジル人ダンサー、ヴィクトル・カイシェタはベルリンから入団してきましたのでワガノワ出身ではありません。

――そうなんですか、これまでマリインスキー・バレエは、ワガノワスタイルを学んだロシア人ダンサーを中心として受け入れてきました。そうした伝統に新しい血を入れようという、ファテーエフ監督の新しい試みですね。
そして、永久さんがマリインスキー劇場で初めて踊られたのは、2016年の国際バレエフェスティバルの『ラ・バヤデール』でしたね。

永久 そうです。ワガノワ・バレエ学校の二人の子たちと一緒にマヌー(壺の踊り)を踊りました。
マヌーは真ん中に壺の女がいて、二人の小さい女の子との踊りです。ファテーエフ監督からビデオが送られてきてそれを見て振付の練習をしました。私はいつも小さい女の子の方を踊っていましたので、そっちを練習していたんです。でも、もしかしたら違うかな・・・とも思って問い合わせたら、「そりゃ、真ん中のほうよ」と言われました!(笑)それから、「ええ! 練習しなきゃ」となったんです。

――ああ、それはそうですよね。
初めて踊られた傾斜のあるマリインスキー劇場の舞台はいかがでしたか。

永久 マリインスキーはリハーサル場から、傾斜がある部屋もあるんですよ! 公演1週間前に劇場に入ったのですが、まず、バーの位置が傾斜に沿っていて、就いた感じが違います。
でも1ヶ月間練習していたので、先生にちょっと違うところを見て頂いて踊りました。

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The Legend of Love by Valentin Baranovsky © State Academic Mariinsky Theatre

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The Legend of Love by Valentin Baranovsky © State Academic Mariinsky Theatre

――国際フェスティバルを観た時、外国人ダンサーが舞台面の傾斜に影響を受けているのではないか、と感じることも時折ありました。

永久 なかなか慣れなくて、稽古中に怪我してしまうこともあるみたいですね。

――初めてご覧になったマリインスキー劇場の印象はいかがでしたか。

永久 意外に小さいなと思いましたが、色が素敵でした。ちょっと薄めのミントグリーンと金色のコントラストが素晴らしかったです。冬になって雪景色に映えるともっと素敵ですし、最初は小さいと感じましたが、中に入るとシャンデリアなどの装飾も素晴らしくて、最近の新しい劇場では決して感じることのできない空間でした。客席の椅子も細工が凝っていて自分で動かすものだし、それだけでもここは違う世界だなと思いました。

――サンクトペテルブルクの街はいかがでしたか。

永久 初めて行った時は4月だったんですけれど、まだ雪があって、川は凍結しているし、寒いし、、、。人も冷たいし、と思い込んでいたのですが、いや、そうでもないな、と思いました。今、マリインスキーの寮に入っていて、15秒もあれば劇場に入れます。ですが暮らしてみるとやはり冬は暗くて長いです。ネヴァ川が凍ると景色も変わって、氷の上をジョギングしている人なんかも見かけます。夏は白夜でずっと陽が当たっていて、たいへんきれいなんですよ。

――2018年には『ラ・シルフィード』で主役を踊られましたね。あれはどのヴァージョンですか。

永久 ブルノンヴィル版です。ソリストはいつも決まったコーチがいて、どの役でもその先生が教えてくれるのですが、『ラ・シルフィード』は専門のガブリエル・コムレワ先生がすべてを教えてくれました。

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May Nagahisa in La Sylphide by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

――踊られてみていかがでしたか。

永久 練習期間がすごく短くて、私はシルフィードを踊ることを知らずに他の作品を練習していたら、監督付きのスケジュールを管理している人に、「何であなた『ラ・シルフィード』を練習していないの?」と聞かれて、「えっ! 何のこと?」と。「あなた2週間後に『ラ・シルフィード』を踊るのよ」と言われてとっても慌てました。
その時、私は主役は『くるみ割り人形』のマーシャしか踊ったことがなかったので、衝撃的過ぎて、一時は延期してもらうおうかなとまで思いました。今、一生懸命ロシア・スタイルを習得しているのにブルノンヴィル・スタイルで踊らなければならないし・・・。でも先生にしっかりと見て頂いて練習して、『ラ・シルフィード』はパートナリングもないので助かりました。私は妖精の踊り方も合っている、と監督も言ってくださいましたし、何とか2週間のリハーサルで踊ることができました。

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May Nagahisa in La Sylphide by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

――それは大変でしたね。ジェームスは誰が踊ったのですか。

永久 フィリップ・スチョーピンです。彼とは初めて踊りました。『くるみ割り人形』の時は、相手役はカイシェタで、二人同時に主役デビューでした。それが4月で、『くるみ割り人形』の季節ではないのですが、ちょうどその週に雪が降りました。

――ブラジルも雪降らないでしょうし。これはレギュラーシーズンの公演ですね。すると次は『ジゼル』ですね。

永久 そうです。10月に『ラ・シルフィード』を踊って、2019年3月に『ジゼル』を踊りました。どのダンサーも夢の一つだと思いますが、念願かなってジゼルを踊ることができて、本当に嬉しかったです。

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Giselle by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

――2018年末から19年1月に開催されたマリインスキー・バレエ団の日本公演で、永久さんは『ドン・キホーテ』のキューピッド、キミン・キムと『海賊』のパ・ド・ドゥ、『白鳥の湖』のパ・ド・トロワを踊られましたが、どれもとてもよかったですね。

永久 とっても緊張しました。あんなに緊張したのは初めてです。

――舞台の上から観た日本の観客はいかがでしたか。

永久 実は私、緊張しすぎて全然覚えていないんです。日本の公演だと思って自分自身にプレッシャーをかけちゃって、周りから応援してくださるというのはすごく嬉しいのですけれど・・・モナコにいた時も夏に帰国して踊った経験もなかったし・・・。
でも東京だと公演が終わってから、たくさんの人が楽屋の出待ちをしていて、プレセントをいただくしサインもするし、すごいスターになった気持ちで、とっても嬉しかったです。日本のバレエファンは他の国のファンとは違います。ロシア人だけではなくて他の国の人からも聞きますが、日本人のバレエファンは違う、熱狂的な人が多いです。

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Giselle by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

――でも、ロシアでは舞台が終わってもずーっと拍手していて、本当にこの人たちはバレエが好きなんだな、と思わせるファンもいますね。

永久 ロシアは子供の時からバレエを観続けてきているので、生活の一部になっているみたいです。気軽にというか特別に観にいく、というわけではなく生活の時間の中で楽しむ、という感じです。日本のように3年に一度の特別な機会ということではないですね。

――大きなカンパニーに入ったダンサーはみんな練習期間が少ない、と言いますね。それだけダンサーの能力が要求されるということなのですね。

永久 バレエ学校と全く違います。バレエ学校では半年間くらい公演に向けて練習していましたが、カンパニーに入るとすぐ公演になりますから、すぐに踊れないといけないのです。それが衝撃的でしたね。「何でやってないの?」と言われてしまいます。

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――キャスティングは貼り出されますでしょう?

永久 それが遅くて、カンパニーのテレビモニターで発表されるのですが、それよりも先にウェブサイトに出るんです。ですから、ウェブサイトを見ていて自分の名前を発見して、あれ、カンパニーからまだ言われてない、ということもあります。自分でウェブサイトを常にチェックしていないといけないのです。

――芸術監督から、今度はこの役を踊ってもらうから、というような話があるわけではないのですね。

永久 いつもあるわけではないです。『ラ・シルフィード』のときは何も言われませんでしたが、マーシャやジゼルを踊る時は、監督と会った時に「練習を始めてね」と言われました。

――慣れている人ならそれでもいいでしょうけど、初めての時はドキドキですね。コーチの先生とのリハーサルのスケジュールはいつ出るのですか。

永久 2日前に知らされますが、それも何度も消して書き直したようなものです。前の日まではわからないんです。

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Giselle by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Giselle by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

――専任のタラソワ先生のコーチはいかがですか。

永久 タラソワ先生を本当に信頼しています。私が入団してすぐはロシア・スタイルも分からなくて、ロシア語も分からなかったですから、先生が英語でわかるように伝えたい、という気持ちが伝わってきましたし、何回も同じことを繰り返してすごくわかりやすく伝えてくださいました。
そういうこともあって一番信頼できる先生です。ファテーエフ監督がこの先生を決めてくれましたが、今、もし、どの先生がいい? と聞かれても絶対にタラソワ先生が良いですと答えます。

――パ・ド・ドゥを練習する時は、男性ダンサーの先生とタラソワ先生と2人の先生がついてくれることになりますか。

永久 そうです。

――それも昔からのロシアのスタイルですね。

永久 そうです。それはすごいありがたいことです。先生が良い先生ですから、先生が担当しているダンサーの踊り方が好きになったりします。
タラソワ先生はエカテリーナ・コンダウーロワも担当していますが、テクニック面だけではなく、感情の入れ方とかストーリーが伝わってきて、ディテールが、とてもよく感じとれます。

――何人くらいのダンサーを担当しているのですか。

永久 タラソワ先生は多いですよ。コンダウーロワとアナスタシア・マトヴィエンコ、クリスティーナ・シャプラン、タチアナ・カチェンコ、マリア・ホーレワもタラソワ先生についています。先生自身もバレエに情熱を持っているので、夜まで付き合って教えてくださることもあります。

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The Legend of Love by Valentin Baranovsky
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――2019年の白夜祭では『愛の伝説』も踊られましたね。

永久 『愛の伝説』はとっても難しかったです。まず自分が踊るとは思っていなかったので。音楽は初めて観た時から好きだったのですけれど、カウントの仕方も難しいですし、手の使い方も難しい、クラシック・バレエでは観ないようなグリゴローヴィチの独特な感じが大変でした。これは練習期間が1ヶ月あったのですがそれでも足りないような感じでした。ジャンプもすごい反って脚をあげて跳んだり、個性的な手の使い方をしたり・・・。

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Romeo and Juliet by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

――それで今年3月には『ロミオとジュリエット』でジュリエット・デビューを果たされましたね。

永久 コロナ禍の前に踊ることができて、本当に良かったです。

――ラヴロフスキー版ですね。写真で見せて頂きましたが、最後のお墓のシーンでは長い髪の毛を垂らして踊られていましたね。

永久 そうです、墓場のシーンでは長い髪で踊りました。ウィッグではありません。

――髪は絡んだりしませんでしたか。

永久 大丈夫でした。いろいろと留めましたし、ジゼルの狂乱のシーンでも上だけは留めました。全部解いてしまうと髪のほうだけに印象がいってしまいます。私の髪の毛がちょうど良い分量で大丈夫でした。

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Romeo and Juliet by Natasha Razina
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――あれ、良かったですね。舞台観たかったです。

永久 普段の私とは違う私なので、どちらかというと1幕の方が踊りやすかったです。ちょっと子供っぽいままのジュリエットが、年齢的にも経験的にも演じやすかったです。3幕が一番難しかったので、リハーサルも3幕から始めていって、先生にも表現の仕方などを教えていただきました。第1幕と第3幕では、走り方から違ってきますよね。感情の変化と、それをどのように動きで表現するか・・・これからも何回も踊っていきたい作品です。

――ジュリエットは作品の中でも女性として成長していきますね。

永久 そうです。原作をしっかり読んで、振りの意味も原作を読むと理解がずっと深まります。観ているだけですと、何でこの手の位置なんだろう、と感じていたものが原作のセリフを読んで想像するだけで全然違ってきましたし、昔の『ロミオとジュリエット』の映像もたくさん観ました。

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Romeo and Juliet by Natasha Razina
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――それから日本の自粛期間中は、オンラインレッスンはなさっていましたか。

永久 はい、カンパニーのものは時差の関係でなかなか参加出来ませんでしたが、カンパニーの他のダンサーが配信しているものでレッスンをしていました。

――本日はお忙しいところお時間をとって頂きまして、ありがとうございました。ちょっと時間切れになってしまいまして申し訳ありません。また、次の機会がありましたらぜひ、お話を聞かせてください。ご活躍を大いに期待しております。

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Romeo and Juliet by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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