バレエ復活の舞台、新国立劇場バレエ団『竜宮 りゅうぐう』世界初演を観る

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『竜宮 りゅうぐう』〜亀の姫と季(とき)の庭〜

新国立劇場バレエ団のバレエ復活の舞台『竜宮 りゅうぐう』〜亀の姫と季(とき)の庭〜 を観た。
初日の幕が開いたのは7月24日、新型コロナ感染拡大の中、劇場では厳戒体制ともいえる細心の警戒が行われていた。開幕近い時間に行ったが、十数人の係員が全員手袋を着けて待ち受け、細々と気を配っていた。
『竜宮 りゅうぐう』は「新国立劇場 こどものためのバレエ劇場 2020」だが、この事態の中、子どもも大人もバレエの舞台が復活するよろこびを分かち合っていた。

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左から 時の案内人(貝川鐵夫)、浦島太郎(井澤 駿) 撮影:鹿摩隆司(すべて)

舞台は森山開次の演出・振付・美術・衣装デザインによる『竜宮 りゅうぐう』〜亀の姫と季(とき)の庭〜。キャストは、プリンセス 亀の姫が米沢唯、浦島太郎が井沢駿、同じく池田理沙子と奥村康祐、木村優里と渡邊峻郁のトリプルキャストだった。
まず、漁師の浦島太郎(井沢駿)が、わっぱ6兄妹などの島の子どもたちにいたぶられていた大きな亀を助ける。時の案内人(貝川鐵夫)も登場するが、人間たちには未だ理解されていないようで、ちょっと右往左往している。その夜、太郎は眩い光りの中、風をきって空を飛ぶ不思議な夢を見る。
照明の変化でみせる波、飛沫に乗って浜に駆け寄り戻る波の精たち、日本の舞台表現を採り入れて波、松、空を表し、ドーム形を何重にか重ねたフレームの中に架空の浜べを表して、御伽噺らしい世界が作られていた。
そして美しい亀の姫(米沢唯)が太郎の前に現れ「助けていただいたお礼に竜宮城へご案内します」と、三つ指ならぬ亀の前足を着いてご招待を申し出る。それから太郎は、「かつて経験したことのない」めくるめく海の中の世界の「おもてなし」を堪能する。太郎を迎える海の住人たちの名前を挙げただけでも、その楽しさが眼前に浮かんでくるようだ。いわく「エイポン」「フグ接待魚」「サメの用心棒」「タツノオトシ吾郎」「タイ女将」「金魚舞妓」「イカす3兄弟」「アジ面コ」・・・・。彼らは演出・振付・美術・衣装デザインをこなした森山開次が考案し、作成したものだという。細かいアイディアがあり、衣装デザインのみならずメイクや小道具も種々取り揃えられていた。それぞれの特徴に応じた動きやエピソードも盛り込まれている。また、兎と亀の競争や織姫と彦星の七夕の話、錦繍の女神竜田姫などのお馴染みのお話がところどころに挿入されていて、会場の子供たちも大いに喜んでいた。

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イカす3兄弟( 左から 福田紘也 、清水裕三郎、 中家正博)

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浦島太郎(奥村康祐)、サメ用心棒(左から 速水渉悟、木下嘉人)

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プリンセス亀の姫(池田理沙子)浦島太郎(奥村康祐)

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池田理沙子、奥村康祐

太郎は、とりわけ、竜宮で歓迎の意を込めた亀の姫の踊りに心動かされ、出会いの喜びのパ・ド・ドゥを踊る。そして美しい亀の姫とともに夢のような時間を忘我のうちに過ごしていく・・・。
しかしやがて太郎は、この竜宮の中に、美しい四季を感じることのできる「季(とき)の部屋」があることを知り、今はもう忘れていた四季の美しさに触れて地上の生活を思い起こすと、帰心矢の如し! 抑え切れない太郎の想いを知った亀の姫は、太郎に玉手箱を渡して別れを告げる。その亀の姫の愛と悲しみの別れを米沢唯がさらりと、しかし巧みに表現しているところは美しかった。
太郎は玉手箱を手に地上に戻ったが、そこは太郎が竜宮に渡ってから、なんと700年もの星霜が過ぎた去った同じ浜辺だった。時というものの不可思議に耐えることができなかった太郎は、亀の姫に禁じられていた玉手箱を開けてしまう・・・すると太郎はたちまち翁になった。
そしてこの魔法のような時の現実を体験した太郎は、すべてを生み出す偉大な海と永遠に刻まれ続けている時の中で生きている自分を実感する。太郎を演じた井沢駿はその現実を力強いソロを踊って表す。やがて太郎は鶴となって昇天。そして天界で亀の姫と再び遭遇した二人は、めでたく夫婦明神となって、時の世界を生きている人間たちを、今も優しく見つめている・・・。

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プリンセス亀の姫(木村優里)浦島太郎(渡邊 峻郁)

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木村優里、渡邊 峻郁

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プリンセス亀の姫(米沢 唯)浦島太郎(井澤 駿)

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米沢 唯、井澤 駿

楽しく面白い語り口で、森山開次が制作した愛らしくファタジックなヴィジュアルストーリーとしてはとても良くできている。ただ舞踊表現についてはどうだろうか。舞踊の見せ場は、太郎が玉手箱をもらって故郷に戻るところで踊られる亀の姫のソロと太郎が故郷で時の現実を知って踊るソロ。他には竜宮に迎え入れられた太郎と亀の姫のパ・ド・ドゥもあった。ストーリーの展開としてはよくわかった。米沢唯の表現も見事だったし、井沢駿もしっかりと受け止めて見せた。しかし、亀の姫が愛する太郎と別れてまで、故郷の地上に彼を帰す時の心の動きを工夫を凝らしてバレエの表現を使ってもう少しアピールして欲しかった。他のストーリー展開の表現と同じレベルで表されていて、米沢の個人的な表現力は優れていたが、山場にしてはあっさりとしたものとなっていて少し残念だった。また、平凡な日常を送っていた太郎が、竜宮体験によって実感した海の偉大さ、時というものと命の不可思議な関係を感得したソロもやはり少しあっさりとしたものに感じられた。時間を使ってこってりと作ればいい、というわけではないが、この物語を作った製作者たちのメッセージはしっかりと観客に伝わっただろうか、少し気になった。こんな状況であるからリハーサルも思うに任せなかったのかもしれない。子ども向きと大人のためのバレエ表現の違い、というようなものが配慮されているのだろうか。確かに外国人が見ても十分に楽しめるファンタジーとなっているが、エキゾティシズムばかりではなく、やはり、深い感動を与えるバレエであって欲しいと思う。
(2020年7月24日 新国立劇場 オペラパレス)

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中央 プリンセス亀の姫(米沢 唯) 浦島太郎(井澤 駿) 撮影:鹿摩隆司(すべて)

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