ダンスハウスDaBY開業!アーティスティック・ディレクター唐津絵理インタビュー

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

新型コロナ感染拡大により、開業が延期されていたダンスハウス・Dance Base Yokohama(ダンスベースヨコハマ、愛称DaBY)が、6月25日にグランドオープンした。
ダンスハウスとはダンスの創作拠点であり、そのプロセスを公開するトライアウト公演や新たな才能の発掘や育成につながるワークショップなどを開催する施設のこと。開業を記念して、平原慎太郎によるトライアウト公演や小㞍健太によるダンスクラスの公開、ゲストに元バーミンガム・ロイヤルバレエの山本康介を迎えてのトークなど、人数制限を行いながらではあるが、密度の濃いイベントが連日行われた。
また、ウェブ上にはダンスムービー「Happy BirthDaBY」が公開されている(vol.4まで公開)。この動画には国内外、様々な場所から合わせて100名以上ものダンサーや振付家が参加し、思い思いの方法で、コロナからの再出発に合わせてスタートするDaBYに対しての「ハッピーバースデー」の気持ちを伝えている。
https://www.youtube.com/c/DanceBaseYokohama

グランドオープンに先立つ6月8日、アーティスティックディレクターの唐津絵理にDaBYへの思いと今後の展開について現地でうかがった。

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6月26日 平原慎太郎『えんえん』ゲネプロ:©金子愛帆

ダンスをめぐって垣根なく「集まれる」「つながれる」場に!

----グランドオープン決定、おめでとうございます。
5月に行われたオンライン記者発表で、「日本のダンス界の課題に対する提案となるような、小さな実験をたくさん行っていきたい」とおっしゃっていたのが印象的でした。日本のダンスをめぐる「課題」とDaBYでやろうとしていることについて、少し詳しく教えていただけますか。

唐津 日本では、ダンサーや振付家という仕事にプロとして従事している方はほんの一握りです。その一方で、海外のバレエ団やダンスカンパニーでは、数多くの日本人が活躍していますね。その矛盾は、ダンスに携わる皆さんが感じていらっしゃることだと思います。ダンスのプロが活躍できる環境が整っていない。その根本には、教育体制をはじめ大きな問題がたくさんあります。でも、少しでも変えることができれば、大きな変化につながることもある。DaBYが目指すのは、ダンサーや振付家、様々な分野のアーティストや専門家、観客と、ダンスをめぐる多様な人々が、垣根なく集まれるプラットフォームになることです。
「集まる場所がない」というのは、大きな問題だと思います。たとえば、海外のカンパニーで活躍していたダンサーや振付家が日本に戻ってきても、受け入れる場がないのです。また、ダンス・アーティストを目指す若手が作品を創ろうと思ったとき、個々のダンス教室やスタジオ、作品発表の場である劇場はあっても、クリエイションの場であるダンスハウスのような場が少ない。相談する人もいないし、有益な情報を得られるところも限られているように思います。ダンスを学ぶ場、創る場、発表する場がばらばらに孤立している状態です。
DaBYは、アーティストが集まって作品づくりをするレジデンスの場であると同時に、ダンスに関する情報が集まる「ハブ」の機能も果たしたいと思います。例えば、登録アーティストの情報をデータベース化することで、海外カンパニーからの依頼も受けやすく、チャンスが広がりますし、ダンサーや振付家同士、異ジャンルのアーティストとの横のつながりが密になり、新しいコラボレーションが生まれるかもしれません。
日本のダンス人口は多いにも関わらず、業界としてはとても小さくて、お客様も限られています。狭くなりがちなダンスの世界をどう広げるか。すべてにおいて「拡張」がキーワードですね。

劇場の「一歩手前」にある幸福な出会いの場、ダンスハウス

――たしかに、日本ではそもそも劇場へ足を運ぶ人が少ない上、舞台芸術ファンもバレエ好きはバレエしかみないというふうに、ジャンルごとに分かれている気が......。特にコンテンポラリー・ダンスを見る人は少ない印象です。

唐津 日本ではコンテンポラリー・ダンスに触れる機会があまりにも少ないので、まずは一般のお客様との接点を増やすことが大切だと思います。DaBYは、クリエイションの成果となるトライアウト公演や公開リハーサル、映像や実演をまじえたトークイベントなどを通じて、お客様が気軽に立ち寄ってダンスに触れられる、そんな場にしたいのです。
日本にコンテンポラリー・ダンスのお客様が少ないのは、いくつか理由があって......。日本では、物事を自由に見る教育をされてきていないので、「私にはこう見えたんだけど、これであってる?」というふうに、ひとつの正解を求めるような見方をされるお客様が多いように思います。クラシック・バレエなら物語があるし、テクニックが明確なのである意味「正解」がわかりやすいのですが、動きの規則性もストーリー性も感じられないコンセプチュアルな作品をいきなり見て「面白い」と感じられる方は少ないのではないでしょうか。しかも、プロとアマチュアの境界が曖昧だという独特の事情も加わって、ますます「コンテンポラリーにはハズレが多い」と思われがちな状況になってしまっています。最初に出会った作品が中途半端なものだと、お客様は「ダンスってこんなものか」と思ってしまう。それは、創り手と観客の双方にとって不幸なことです。コンテンポラリー・ダンスのファンを増やすには、最初にお勧めする作品も重要だと感じています。

――5月に予定されていたDaBYのオープニング記念イベント「TRIAD DANCE DAYS(トライアド ダンス デイズ)都市を振付ける3日間」では、まさにそこを考え抜かれた作品が上演されるはずだったのですよね。すごく残念です!

唐津 そうなんです! ダンス、サーカスを融合させたヨアン・ブルジョワの作品などを、海を背景に屋外上演する予定でした。ヨアンは今、世界で引っ張りだこの振付家で、作品には驚きと詩情にあふれていてストーリーなどの説明がいりません。
DaBYのスタジオ内で上演予定だったTRIAD DANCE PROJECT『ダンスの系譜学』は、クラシックから現代へと受け継がれるダンスの系譜を、酒井はなさん、中村恩恵さん、安藤洋子さんという神奈川県出身の3人のダンサー・振付家とともにたどるというプロジェクトです。

――『ダンスの系譜学』では、チェルフィッチュの岡田利規さんが「『瀕死の白鳥』を解体したソロ」を振付け、酒井はなさんが踊る予定でしたよね。バレエファンにとっても、演劇ファンにとっても、とても興味をそそられる企画です。

唐津 「『瀕死の白鳥』を解体したソロ」は、オンライン上でクリエイションが続いています。ふだんなら、公演初日に向けて無理にでも仕上げなくてはならないのですが、今回は「じっくり考える時間があるというのは、逆に贅沢かもしれないね」と皆さんポジティブに考えてくださっていて。公演日は未定ですが、ふだんよりずっと密度の濃いものに仕上がるんじゃないかと思います。実はこの後、ここにはなさんとチェリストの四家卯大さんがいらっしゃって、緊急事態宣言後初めて、生でリハーサルをやるんですよ。よかったらぜひ見学していってください。

――ぜひ!

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6月8日 「『瀕死の白鳥』を解体したソロ」リハーサル。四家卯大の生演奏で酒井はなが踊り、岡田利規がオンラインで参加した。9月3日にはプロセスを公開するトークイベント「TRIAD INTERMISSION」を開催予定。

アーティストの素顔、クリエイションの舞台裏をのぞく楽しみも

唐津 新型コロナ感染拡大で劇場が閉鎖になってはじめて、私たちは今まで「公演」にフォーカスしすぎていたのではないかと考えさせられました。「公演ができなければダンサーや振付家には仕事がない」と、多くの人が考えたと思います。でも実際はその間、自宅でのレッスン風景やクリエイションの様子をSNSなどで発信するダンサーがたくさんいました。ビジネスとしての仕事になったかどうかは別として、「やれることがなかった」わけではないのです。私たち劇場側の人間にも、お客様を増やすためには、もっとダンサーや振付家、作品創りのプロセスについて情報発信が必要だったのではないかと考えるきっかけになりました。
たとえば、たまたまTVなどで見かけたアイドルが好きになったとしても、実際にチケットを取ってライブに行くまでには、映像作品を見る、ブログなどでその人の人柄や日常生活を知ってさらに興味をもつなど、いくつか段階がありますよね。でも、これまではコンテンポラリーのダンサーや振付家の姿は、公演以外ではほとんど見えませんでした。どんな人たちが作品をどのように創りあげているのか、プロセスが全くわからないのでは興味を持つのが難しいです。
DaBYでは、クリエイションのプロセスをお見せし、アーティストたちの「人」と作品に興味をもっていただく機会を増やしたいと考えています。ダンスの映像や本をそろえたアーカイブ・エリアもあります。劇場に完成した作品を見に行く「一歩手前」のこととして、ダンスハウスを利用していただければ。

――緊急事態宣言中にウェブ上で行われた金森穣×小㞍健太、近藤良平×鈴木竜のトークライブも聞き応えがありました。作品にも興味がわきますし、単純にお話が面白い。ふだん身体を使って表現されているダンサーや振付家の方々は、脳もしなやかな筋肉でできているような気がします。

唐津 ダンサーが自分の活動を言葉で紹介するトークイベント「オープンラボ」を、定期的に開く予定です。ダンスに興味のある方に、気軽に足を運んでいただきたいですね。
次回は、9月27日に飯島望未さんをゲストにお迎えして、第2回を開催予定です。

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6月27日 第1回オープンラボ。ゲストは元バーミンガム・ロイヤルバレエの山本康介。©金子愛帆

「ダンス・エバンジェリスト」という新しい職種

――DaBYではダンス・エバンジェリストという新しい職種を設け、小㞍健太さんが就任されています。これも観客とダンスの世界をつなげるためでしょうか。

唐津 エバンジェリストはIT業界の言葉で、「新しい技術やわかりにくい概念を一般に伝える専門家」を指します。ダンス・エバンジェリストの役割は三つあって、一つはおっしゃるとおり、お客様とダンス・アーティストとをつなぐコミュニケーターの役割。二つ目は若手に、プロとしてステップアップしていくために必要なことを伝えるメンターの役割です。三つ目は、異ジャンルのアーティストや異業種のプロとの橋渡しで、これも非常に重要なことと考えています。

――二つ目と三つ目について詳しく教えてください。

唐津 ダンスは音楽、美術、衣裳デザイン、照明など様々な要素が一体となって作品となる総合舞台芸術です。ダンス・アーティストになるには、ダンスのテクニック以外にたくさんの知識や技術が必要なのです。海外のバレエ学校では、舞台芸術の基礎的な知識はもちろん、音楽史や美術史、社会学や哲学・思想など幅広い視点からダンスについて体系的に学ぶことができます。日本はダンス教育の環境が整っていないので、日本のダンサーにはそういった幅広い知識や教養が圧倒的に不足しています。そのことに気づいて、自分で貪欲に学んだ人だけが生き残っているといっても過言ではありません。
また、ヨーロッパのダンスハウスには、クリエイター育成のためのプログラムがあり、創作を様々な角度からサポートしてくれる専門スタッフがいて、高評価を得られれば劇場での公演やツアーが可能になるといった仕組みができています。劇場文化の根付いた歴史的な劇場には専属の音楽や美術、衣裳や照明のスタッフ、レペティターやバレエミストレスなどの専門職がいて、作品創作を支えています。

――育成のしくみも、質の高い作品を生み続けるための環境も整っているんですね。

唐津 国の芸術・文化予算の裏付けがしっかりとある欧州だからこそできることです。日本のダンス公演はほぼ間違いなく予算が足りませんから、振付・演出家が責任を負うことになってしまいます。音楽や美術、制作まで一人で何役もこなすのはあまりにも負担が大きすぎ、ステップアップの道筋も見えづらい。
DaBYも小さな組織なので制限はありますが、海外カンパニーで長く活躍してきた小㞍さんに、メンターとしてご自身の経験を未来のダンス・アーティストたちに伝えてもらいたいと考えています。またレペティターには小野麻里子さんに就任していただき、小㞍さんのサポートをしていただく予定です。さらに最初のレジデンスダンサーとして安心院かなさんと岡本優香さんがDaBY所属ダンサーとして、小㞍さんとのクラスやクリエイションから、プロフェッショナルな活動を目指す予定です。

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6月27日 DaBY公開クラス ©金子愛帆

異業種を巻き込み、ダンス業界の拡大を目指す

――三つ目についてですが、小㞍さんはミュージカルやCMの振付・演出やフィギュアスケート日本代表選手への表現指導など、異ジャンルとのお仕事も多いですよね。また、DaBYのゲストアーティストとしては、ダンサーや振付家だけでなく、音楽家やデザイナー・プログラマーなど異ジャンルの方々も名を連ねています。

唐津 音楽やアート、建築やファッションなど異ジャンルのアーティストを巻き込むことで、お客様の関心もビジネス的な幅も広がりますし、ダンスがもっと豊かになると思うのです。バレエ・リュスにピカソやマティス、ストラヴィンスキーやシャネルが参加したことで、素晴らしい化学反応が起きたように。
以前は振付・演出とダンサー以外は「裏方」というくくりで語られがちでしたが、近年はお互いが対等な関係で、チームを組んで作品づくりをするコレクティブ的な手法が行われるようになりました。様々なアーティストがここでレジデンスすることによって、互いに才能を生かしあうような、新しいコラボレーションが始まる可能性もあると思うのです。
その意味では、DaBYの空間設計を担当してくださったオンデザインの一色さんが、新しいクリエイション作品の舞台美術として参加する予定です。まちづくりやリノベーション、劇場建築に実績のある方ですが、舞台美術は初のチャレンジです。

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唐津絵理、DaBYダンスエバンジェリスト小㞍健太 ©︎Takayuki Abe

――それは楽しみですね。オンデザインは国際的に活躍されている建築家・田根剛さんのご紹介だとうかがいました。田根さんは以前、Noismの舞台美術を担当されて以来、ダンスに造詣が深いとか。

唐津 ええ。そんなふうに、関心を持ってくださった異ジャンルのプロをどんどん巻き込んでいければ、ダンスの可能性はもっと広がるし、面白くなる。この小さな世界の中でなんでもやりくりしようとするのは無理があると、私自身が気づいたわけです(笑)。実はDaBYの制作スタッフは、私以外みんな、ダンスの仕事は初めてなんですよ。ダンスが好きだけれど、別の仕事を選んだ若い人たちが、それぞれの経験を生かそうと異業種から飛び込んできてくれました。バレエ経験者もストリートダンサーもいます。

――そうなんですか! そういえば、スタッフにリーガル(法務)アドバイザーがいるというのもユニークですね。

唐津 ダンスや振付をプロの「仕事」として成立させるためには、報酬や契約の問題はとても大切です。リーガルアドバイザー・弁護士の東海千尋さんはもともとバレエダンサー志望で、大学で法律家の道を選び、アメリカでアートマネジメントを学んだ経験もあって、現在はダンス業界の法務支援に取り組まれています。彼女からサポートの申し出があったとき、「ぜひお願いします」と即答しました。東海さんには、定期的に法務相談会やセミナーを開いていただく予定です。

――ダンスの世界を広く、豊かにするには、様々なプロの力が必要なんですね。

唐津 たとえば「制作」とひとくちに言っても、企画、マーケティング、広報、経理などたくさんの仕事があり、それぞれに専門的な知識や経験が必要です。そのことに皆が気づいて、異業種からでも力を貸してくれる方々が増えれば、狭いダンス界の状況も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

「期待を裏切る」作品を! ダンス・キュレーターの視点

――ここで少し、唐津さん自身のお仕事についても教えてください。
唐津さんは、1993年より日本初の舞踊学芸員(キュレーター)として愛知芸術文化センターに勤務されています。また、2010年〜16年には、あいちトリエンナーレでパフォーミング・アーツ部門のキュレーターも務められていますね。キュレーターというと博物館や美術館のイメージがありますが、ダンスのキュレーターとはどんな仕事でしょうか。

唐津 キュレーターは、博物館や美術館など博物館学施設の収蔵品、動物園や水族館なら生き物の収集・管理や研究・リサーチを行い、展示企画をし、公共的にその価値を広く伝えていく仕事です。ダンスの場合は、その劇場にふさわしい作品を選ぶため、世界中のダンス作品やカンパニーについて情報収集を行い、作品の企画・研究を行い、上演という形式などを通して発表し、公共財として一般の方にシェアするという流れになりますね。近年は海外の舞台芸術フェスティバルで、キュレーターという言葉が普通に使われるようになりました。
一方でプロデューサーといえば、必要な予算や人を集めて一つの興行を成功させる役割というイメージが強いかと思いますが、様々な公演を個別に打っていくだけでは、その地域のお客様は育たないと思います。上演する作品のつながりやバランスを考え、長期的な視点でプログラムを組んで、「文脈を作って」いくキュレーターの仕事は、ダンスの観客層を広げるためにとても重要だと考えています。

――なるほど。美術館で展示品に興味をもってもらうため、切り口を考えながら企画展の年間計画を立てるのと同じですね。

唐津 コンテンポラリー・ダンスを含む現代アートの面白さのひとつに、「期待を裏切ること」があげられると思います。ところが、「ひとつの正解を求める」教育が長く続いたこともあって、日本では「この振付家でこのダンサーならこういう作品よね」というふうに、「答え合わせ」のような鑑賞をされるお客様が多いんですね。その場合、期待と違っていれば「つまらなかった」ことになってしまいます。思いがけないことに気づかせてくれたり、当たり前の日常に疑問を持たせ、違う世界に連れて行ってくれたり――そういう「裏切られ方」をどこまで楽しめるかは、お客様によって段階がありますし、好みも千差万別です。古典は退屈だという方もいれば、現代的なものには拒否反応を示す方もいる。お客様と作品のマッチングができなければ、嫌いな人を増やすだけになってしまいます。
バレエのテクニックではなく、独自の身体ボキャブラリーを使った優れた作品はたくさんありますが、最初に見る作品としては、例えば昨年招聘したNDTのようなバレエ・テクニックを駆使したコンテンポラリー作品は有効だと思いました。テクニックも申し分ないダンサーたちが身体を極限まで使って表現する作品ならば、「ストーリーがなくても感動した」とおっしゃるお客様が多かったですね。
愛知県芸術劇場では、長年ダンスのプログラムをキュレーションしてきた結果、お客様と劇場の間に信頼感が生まれていると感じます。「このシリーズには、毎回新しい発見があるよね」といった感想をいただけると嬉しいですね。良い意味で期待を裏切るけれど「がっかりさせる」ことはないように、作品のクオリティに細心の注意を払って選んでいますので。お客様の反応を見ながら、いつも「半歩先を行く」イメージでプログラムを組んでいるんですよ。そうやって、お客様と劇場が一緒に育っていくことが大切だと思います。

――舞踊のキュレーターがまだ一般的ではなかった時代に、唐津さんはどのようにしてこの仕事に就かれたのでしょうか。

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唐津 もともと身体で表現することが好きで、子ども時代からモダンダンスやバレエ、フィギュアスケートや新体操などいろいろ習っていました。大学で舞踊の理論を学びながら舞台活動をしていたのですが、大学院生時代、ニューヨークのダンスフェスティバルにダンサーとして参加する機会があり、ダンスをめぐる環境の豊かさにカルチャーショックを受けまして。自分が踊ることより環境づくりに興味が湧いた頃に、愛知芸術文化センターからお話をいただいたんです。オープニング公演で山海塾の作品をやるので、ダンスに詳しい、パフォーミング・アーツ専門の学芸員を募集しているとのことでした。
当時、私は学芸員の資格は持っていなかったのですが、嘱託という立場で仕事をしながら、1年間のスクーリングで資格取得を目指すことになりました。限られた時間で考古学や日本史・世界史、美術史や音楽史などかなり真面目に勉強したのですが、これが自分にとってすごく役に立ったんですよ。キュレーターの仕事とは何か、実務と同時進行で考える機会となり、ダンスを芸術史の大きな流れの中で捉えることができるようになりました。実はそこが、日本のダンサーや振付家の卵たちが学べていない部分だなとも思っていて。パフォーミング・アーツに携わるうえで必要な教養の基盤が、ごっそりと抜け落ちてしまっている。

――観客にとっても創り手にとっても、教育の問題が根本にあるんですね。

唐津 そう、すべては「教育」にかえってしまうので。DaBYでも、ダンス・アーティスト育成につながる数多くのワークショップや講座を考えていますが、「教える」というのではなく、自ら学びたい人が集まれるような場にしていきたい。ダンス・アーティストとは、踊らずにはいられない人、作品を創らずにはいられない人たちのことです。彼らがプロとして成長していくために、自分が必要な知識や人に出会える、そんな出会いの場になれたらいいなと。

新型コロナ感染拡大で目覚めた「ダンスの力」と向き合って

――今回のコロナ禍では、生の舞台への飢餓感が増す一方で、SNSなどを通して、ダンサーたちとの距離が不思議に近くなったような気がしています。

唐津 ダンサーたちのアクションの速さはさすがだなと思いましたね。世界中のダンサーが、自宅で踊る姿をどんどんSNSにアップしていました。2011年の東日本大震災のときも、誰が言い出したのでもなく、死者に捧げる踊りのようなものを、東北地方を中心に様々なダンサーが踊り始めたけれど、自然とそういう気持ちになるのが舞踊家として生まれついた人のさだめなのかな、ということを今回も感じました。ダンサーとは、自分の命を捧げるように、踊らずにはいられない人たちなのだと思います。昔は、飢饉や災害など大きな禍が起こったときに、踊りを捧げ、再生を祈念するということがあって――。踊りには表現以前に、生死を繋いだり、世界を再生するような根源的な力があると思うんですよ。アメノウズメノミコトが踊りで太陽を連れ戻したように。

――ダンスは、本能に近いところにあるものですね。

唐津 新型コロナ感染拡大をきっかけに、ダンサーたちの中の本能的なものが目覚めてきたのかもしれません。今回、DaBYのオープンにかけて、友人・知人のパフォーマーの方たちに、新たなダンスのための場所の「誕生を祝う祝祭の踊り」の動画を送ってくださいとお願いしたんですよ。世界各地から寄せられたたくさんのダンスを見て、これはコロナと共生する時代に、新しく生まれ変わる再生の踊りだなと感じました。それをまとめたのが「Happy BirthDaBY」です。

――自宅の居間やベランダだったり、海辺や川など自然の中だったり、お子さんや犬が参加されていたり、表現方法もバレエありデュオあり、本当に様々ですけれど、「何か新しいものが生まれつつある」という予感に満ちた、すてきな映像でした。

唐津 ようやく開業が決まり、オープニングイベントも当初考えていたより小規模ではありますが、DaBYらしいスタートを切れるのではないかと思います。進行中のクリエイション過程については、ウェブでも少しずつ公開していきます。たくさんのお客様に、ぜひDaBYにお立ち寄りいただき、私たちが生きている時代の空気の中で、今まさに生まれつつあるダンスの数々に触れていただきたいと願っています。

https://dancebase.yokohama/

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