L.パリエロとA.カルボーネにデュエット2作品を振付けた、島崎徹(神⼾女学院大学教授・振付家)に聞く

ワールドレポート/東京

インタビュー=関口紘一

――非常事態宣言が出されておりますが、現状はどのようにされているでしょうか。

島崎 昨年の12月に、勤務しております神戸女学院大学の舞踊専攻卒業公演を無事に終えまして、新年明けて、3月に予定されておりました大学の定期公演の準備と並行しまして、6月の末のTheatre de Paris の公演(島崎徹振付の2作品をリュドミラ・パリエロとアレッシオ・カルボーネが踊る)のリハーサルを始めました。結局、3月の大学の定期公演は、コロナウィルスの影響で兵庫県立芸術文化センターが閉館になったために、本番の一週間前に中止となりました。その定期公演で発表する予定でありました新作のタイトルが、なんと『壊れた月、壊れゆく地球』でした。
しかしまだこの頃はパリの公演は行われる予定だったため、私のグループ、Dance Barbizon のリハーサルはもちろんのこと、パリ・オペラ座バレエ団から出演する予定であった、Ludmila Pagliero さんとAlessio Carbone さんとの映像を通してのリハーサルも行われておりました。
彼らには、今回のパリ公演で二つのデュエットを用意することになってまして、一作品目の"SAKURA"の振り移しが終わり、二作品目に入ったところでしょうか、新型コロナウィルスの影響がフランスでも大きくなり始め、Alessioさんより、「二週間、パートナーのLudmilaとお互い会わないようにすることに決めた」という連絡がありました。
その後はご存知のように、パリの状況は急激に悪化して行きました。
Alessioさんは現在、パリから脱出し、家族でノルマンディ地方にある知り合いの方から借りた田舎の一軒家に避難しておられます。Ludmilaさんもパリにはおりません。
パリ公演の方は、正式に中止とはなっていないようですが、私とAlessioさんの中では、例え状況が急速に良い方向に向かったとしても、今この時点でちゃんとしたクオリティの発表をするためのリハーサルができていないのですから、劇場側がやりますと言ってもそれはお断りしようという考えで一致しております。但し、全てが終息したらすぐにまた公演実現に向かってお互い動き出そうということでも一致しております。
Alessioさんと私の共通点でもあり、プライオリティなのは、とにかく公演そのもののクオリティの高さです。
ところで今回のコロナウィルスの世界的な感染に伴い、オペラ座は、すぐにアーティストに対して、給料の85パーセントを保証するというアナウンスをしたそうです。今のところ九月までは確実に劇場は閉鎖だそうです。先週Alessioさんとお話しした時には、正式な発表はないものの、おそらくオペラ座の公演が再開するのは、早くても来年の一月からではないかということでした。
何はともあれ、舞台芸術というものは、このような状況下で、その種を生むことは可能ですが、大衆に対してその成果ともいうべき花をお見せすることはできないということを皆さんがひしひしと感じる日々ではないでしょうか。
私自身は、大学の授業もオンライン授業となっておりますため、対面授業と同じような満足度は無理としても、何か今だからこそできることや、新たなメソッドの開発、そして先ほども触れましたが、創作の種みたいなものをなるべくこの時期に貯めておきたいという思いでおります。

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© Chacott

――マラーホフのガラ公演でパリ・オペラ座バレエのアレッシオ・カルボーネと出会われこと、新作の構想と振り付けられた様⼦などをお聞かせください。

島崎 Alessioさんとの出会いは、2018年の11月、ウクライナのキエフ国立劇場とオデッサの国立劇場で行われた、マラーホフさんのガラ公演でした。Alessioさんはその公演に同じパリ・オペラ座のLaetitia Pujolさんと二人で出演してまして、そこで私のグループが踊った作品を観たAlessioさんから、彼がディレクターを務めている、パリ・オペラ座のイタリア人ダンサーたちが集まって活動しているグループ、Les Italiens de l'Opera de Parisに作品を提供してもらいたいというお話をいただきました。そこではじめに創ったのが、今回のパリ公演のタイトルにもなりました、"SAKURA"です。使用したBeethovenの音楽を聴いていて、はじめに頭に浮かんだ言葉がSAKURAでした。
お話を進めていく中で、Alessioさんご自身が踊るということになり、しかも彼がオペラ座を引退される直前であったため、彼のこれからのアーティストとしての新たな歩み、彼と私の出会い、そして彼のグループとのコラボレーションの始まりなどと、日本人が持つ、全ての始まりである春、そして桜というイメージが私の中で重なったわけです。
そして、リハーサルのために、AlessioさんとLaetitiaさんが来日しまして私の大学でリハーサルをしました。
作品を創る上で、彼らの持つバレエダンサーとしてのテクニカル的な可能性を十分に活かしたいということがありました。
それと、ウクライナの公演で彼らの踊りを観ていて強く感じたのですが、彼らくらいのレベルのダンサーになると、素晴らしい音楽がこの世のものを全て含んでいるように、彼らの肉体そのものがこの世に存在する全ての感情を含んでいるような感じを受けたのです。ですからそのようなものが自然に表現として表に出てくるような作品を創りたいというのがありました。
彼らの得意とするバレエ的なテクニックを活かそうと考えて創りましたが、やはり膝の使い方やアームズの動きなどは、私の身体の癖のようなものが大きく影響している振付になってしまうため、かなり苦戦されていた印象があります。
帰国後に、先方の都合により、Laetitiaさんのパートを彼女ではなく、Ludmila Paglieroさんが踊ることになり、映像を通してのリハーサルを拝見しましたが、Laetitiaさんとはまた違って、こちらもとても良い仕上がりを見せています。
早ければ来年の6月くらいには、もう一つの作品、"Wasurenagusa"と一緒にパリの観客にご披露できる日が来ると思います。

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© Chacott

――島崎さんはインターナショナルに活動されています。アジアのダンスの現状に触れられることも多いと思います。アジアのダンスの現状をどのように感じておられますか。

島崎 昔はよく韓国にも行っていましたが、ディレクターが変わってそちらは最近は行っていないので、よくわかりませんが、韓国はコンテンポラリー・ダンスのレベルがとても高いという印象があります。
その他のカンパニーでは、シンガポールにある、Singapore Dance Theater や台湾にあります、Dance Forum Taipei は二年か三年に一回は定期的に行かせていただいてます。
普通、振付を提供した場合、その著作権というのは三年間というのが一般的なので、私の作品の著作権が切れて、カンパニーのレパートリーから外れる頃に、また一本お願いしますという感じでしょうか。Singapore Dance Theater は、日本人のダンサーもたくさんいる一方で、オーストラリアやフランスのダンサーなどもいて、とてもインターナショナルでユニークなカンパニーです。何年か前にスタジオを移転したのですが、それが本当に街のど真ん中にあるビルの最上階で、ガラス張りの素晴らしいスタジオが四つか五つあって、本当に良い環境です。
Dance Forum Taipei は、昨年30周年を迎え、その記念公演の一環として、台中国立劇場と台北のMetropolitan Theater でDance Forceという私の作品3本による公演をしました。台湾では大学での舞踊教育が盛んで、毎年かなりの数のコンテンポラリー・ダンサーが育っています。その受け皿となるカンパニーの数はそこまでは多くありませんが、それでも一応給料がいただけるカンパニーがいくつか存在してますので、日本よりはずっと良いのではないでしょうか。
マレーシアもダンスフェスティバルなどを開催して、アジアの中でのコンテンポラリー・ダンスの活性化に貢献していることも耳にします。
台湾、マレーシア、シンガポールの間では結構行き来があり、お互いに情報交換がなされている感じがありますね。
香港には、香港バレエやCCDC(City Contemporary Dance Company )などがありますね、状況ははよく知りませんが。
こうしてみますと、経済的に決して日本よりも恵まれていない、または大きくない国においても、十分とは言えないにしても、アーティストに対してそれなりの給料を払って活動しているカンパニーがいくつもあることがわかると思います。
戦後の日本の経済発展の結果、国民が築き上げた富というものがあるならば、それらは一体どこに消えたのでしょう? 常に思うのですが、もしこのような状況がヨーロッパ諸国で起きていたら、国民が暴動を起こしているかもしれませんね。
但し、アーティストの側もやはり、表現の自由という名のもとに、何をどんな形でどんなクオリティでやっても構わずに自分たちは保証されるべきである、では通用しませんね。

――神⼾女学院大学の舞踊の教授を2005年から勤められていますが、大学⽣のダンスの可能性についてどのように感じられていますか。

島崎 神戸女学院大学で舞踊の教育をしてもらたい、というお話があったときに、大学という場所に来られる学生さんたちの平均的な年齢は18歳ということを考えました。
答えは「クラシックバレエは難しいのでは」でした。バレエはその年かそれより早くに既に結果を出して、18歳くらいになった時に、踊る才能のある者はカンパニーに行ったり、残念ながらそこから漏れた者は、国立の学校であれば、教師への道を用意されたりというのが本来の道筋です。
その一方でコンテンポラリー・ダンスはというと、ある程度自我というものが確立していないとなかなか動きそのものだけでは成り立ちにくいアートフォームです。
そこでこんな人たちを想像したわけです。
高校卒業までクラッシック・バレエをしていたけど、最近自分の肉体的な才能に気づき始めた。それでも舞踊と関わっていきたい、または何か自分の肉体でできる舞踊を探したい。もしくは舞踊そのものが持つ大人になっても知っておく価値のある情操教育的な部分の力を身につけたいなど。
要するに大学だからできる舞踊教育というものの存在です。この分野はニーズがあるだろうということ。
それと、今のあまりにも過度な見た目だけの表面的な舞踊教育についてもちょっと考え直した方がよろしいのでは、というところがありました。目には見えない部分の舞踊が持つ力の再発見とでも申しましょうか。

踊りだけに限らず、一つのことをある一定のレベルまで高め、自分の独りよがりでなく、他人の目から見ても価値のあるものとするためには、持って生まれた才能だけでは十分とは言えませんし、逆に忍耐だけがあっても足りません。才能があり、閃きがあり、それらを育てるための忍耐があり、限りなく理想に近い自分を思い描く想像力も必要です。才能というものは本人にはコントロールできるものではありません。踊りに関して言えば持って生まれてくる子もいれば、無い子もいます。後者の方の子にとってこの事実は絶望的に聞こえますが、私はそこに異議を唱えたいわけです。
舞踊を習う本当の意味や価値は、才能のある無しとは関係なく、自分の力ではコントロールできない才能というもの以外の部分、つまり自分の力でなんとかなる部分といかに真剣に取り組むことができるかということだからです。もし踊りに必要な才能が残念ながら無かったとしても、将来自分が持っている才能が明らかになった時に、それをしっかりと自分の力で開花させる術を大好きな舞踊を通して学ぶこと、それが全ての人にとって有意義な舞踊の学びであるという考えです。このような考えに基づいた教育を大学のようなところでやったらどうだろうと考えたわけです。その結果はまだわかりませんが、一つ確実に言えることは、この様な教育を受ける前と受けた後で何が変わるかと言えば、舞踊を愛する力が確実に強化されることがわかりました。それが今大学での教育に15年携わったことで感じる可能性でしょうか。
もちろん実際にやってみると、才能があり、あと少しのプッシュでプロに行けるというものを持ちながらその術を知らない、つまり自分の可能性に気付いていない人というのも少数ではあるがおりまして、そのような学生の何人かは、プロのダンサーとしての道のりを歩んでおります。
オランダのカンパニー、NDTにも過去に卒業生の中から二人入団しました。
最後に、定期公演『壊れた月、壊れゆく地球』のために書いたけれど使われなかった挨拶文を掲載します。消えてしまった舞台への想いの一端を感じていただけるのではないかと思います。

定期公演「壊れた月、壊れゆく地球」の挨拶文

本日は神戸女学院大学音楽学部舞踊専攻第14回定期公演にお越しくださいまして誠にありがとうございます。今年の関西方面の冬は例年に比べ、それほどの寒さを感じることは少なかったように思いますが、中国に端を発しました新型コロナウィルスの流行により、世界中が不安を抱えたまま今日のこの日を迎えることになってしまいました。我々を取り巻く環境は幾つもの複雑な要素が絡まっていて、その結果が目の前に突然現れた時にはピンポイントでこれが原因だと言うことがもはやできない世の中になってしまっています。それを良いことに人類はただただ利益に繋がる便利さや速さを追いかけてしまっているというのが現状かもしれません。ビジネスの世界ではもちろん、医療や教育の現場にもそのようなメンタリティが蔓延しているということこそがコロナウィルスよりも恐れるべきものなのかもしれません。今夜ご観劇頂きます四年生の作品、「壊れた月、壊れゆく地球」は、昨年の12月の中旬に卒業公演が終わった時点、つまり新型コロナウィルス騒ぎなどまだまったく存在しなかった時点で私の中に既にあったコンセプトをもとに制作を始めた作品です。月が壊れていくことによって地球に様々な変化が起こり、そこに暮らす人々が混乱しながらも最後まで生きるために戦い、命尽きて行くという作品です。リハーサルが進んでいくに従って、何か自分達が置かれている状況と作品が重なっていくことを感じ、なんとも言えない複雑な思いで制作過程を過ごしました。それは私だけでなく、作品に関わった全ての人達、リハーサルを見学していた下級生皆んなが感じたことだと思います。私達は今こそ便利さだけを追うのではなく、不便さの中にある温かみや人間味、美しさ、そして速さだけではなく、時間をかけなければ辿り着けない場所や思いがあるということに気づき、それをしっかりと確認し生きて行くことを考えるべきではないでしょうか。空を見上げた時に美しい月が見える地球がこれからもずっと存在して行きますように。そしてこれから巣立って行く若者達の未来が美しい地球の存在に支えられ輝きながら受け継がれて行くことを切に願います。最後になりましたが、この度の公演にあたり音楽学部舞踊専攻のためにご尽力頂きました全ての皆様に心より御礼申し上げます。

島﨑 徹

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