沖香菜子と秋元康臣の端正な踊りと群舞が織りなすフォーメーションの美しさ、東京バレエ団『ラ・シルフィード』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『ラ・シルフィード』ピエール・ラコット:振付(フィリッポ・タリオーニ原案による)

20200321_La-Sylphide_Y1A9738_photo_Kiyonori_Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

東京バレエ団が、創立55周年記念シリーズの締めくくりとして、ピエール・ラコット版『ラ・シルフィード』を上演した。新型コロナウィルスの感染防止のため、様々な公演が中止に追い込まれた中での上演だった。
『ラ・シルフィード』は、スコットランドの農夫ジェイムズが、結婚式の当日に空気の精ラ・シルフィードに魅せられたことから起きる悲劇を描いた幻想的なバレエで、ジャン=マドレーヌ・シュナイツホーファーの音楽、フィリッポ・タリオーニの振付、娘のマリー・タリオーニの主演で、1832年パリ・オペラ座で初演され、世界のバレエ界を席巻したという。その後、上演が途絶えたが、1972年、ピエール・ラコットがタリオーニ版を基に復元し、現在に至っている。東京バレエ団は、1984年にラコット版を初演して以来、繰り返し上演してきた。現芸術監督の斎藤友佳理は何度もこのタイトルロールを踊っており、ロシアのボリショイ劇場やマリインスキー劇場で公演した時は「日本のマリー・タリオーニ」と称賛されたそうで、その後、ラコットの助手として、モスクワ音楽劇場で『ラ・シルフィード』の指導をしてもいる。斎藤の思い入れが強い作品だけに、4年振りの上演に期待は高まった。ラ・シルフィードとジェイムズはダブルキャストで、初日は沖香菜子と秋元康臣、2日目は川島麻実子と宮川新大が務めた。その初日を観た。なお『ラ・シルフィード』には、1836年にデンマークのオーギュスト・ブルノンヴィルが独自に振付けた版もあることを付け加えておきたい。

20200321_La-Sylphide_Y8A3641_Miyuki-Nakagawa_Ryunosuke-Ubukata_photo_Kiyonori_Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

20200321_La-Sylphide_Y8A3759_Kanako-Oki_Yasuomi-Akimoto_Akira-Akiyama_photo_Kiyonori_Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

農家の居間のアームチェアで、タータンチェックのキルトスカートをはいたジェイムズが眠っている。傍らでそれをうっとりと見つめるのは、白いロマンティック・チュチュのラ・シルフィードで、背中に孔雀の羽をつけ、頭に花飾りの王冠をのせている。彼女は彼に向かって恭しく身体をかがめてお辞儀し、椅子の周りを飛び回り、ついには彼の顔にキスをした。演じた沖の、たおやかな身のこなしや、腕や指先が描く繊細なライン、フワッと軽やかな跳躍は、この世のものではない妖精と印象付けた。それにしても一挙手一投足がことごとく美しく、なまめかしさも匂わせた。何かの気配を感じて目覚めたジェイムズは辺りを探し回り、ラ・シルフィードに気付くが、彼女は暖炉に姿を消してしまう。幻想的な世界に誘う巧みな導入部である。
続いて、ジェイムズとエフィーの結婚式の準備が始まる。エフィー役の秋山瑛は喜びを身体からこぼれさせ、幸せ一杯にステップを踏むが、ジェイムズはラ・シルフィードのことが気になり上の空。エフィーに想いを寄せるジェイムズの友人ガーンは、彼女の気を引こうと立ち回るが、鳥海創はそんなガーンのふてぶてしさを自然体で表現していた。不吉な予言を残す魔法使いマッジ役は、ジェイムズを踊ってきた柄本弾で、大きな身振りでおどろおどろしさを煽った。第1幕の見せ場は、ジェイムズとエフィーの踊りにラ・シルフィードが入り込んで三つ巴となる"オンブル(影)"のシーン。ラ・シルフィードはエフィーとジェイムズが繋いだ手を離させて自分が間に入り、ジェイムズにエフィーと自分を交互にサポートさせるなど、スリリングなやりとりの連続で、ラ・シルフィードの姿はジェイムズにしか見えないため、緊張感はより強まった。ラ・シルフィードに惹かれる自分を抑えきれずに流されていくジェイムズ、ジェイムズの様子を訝しく思いながらもひたむきに踊るエフィー、ジェイムズの心を奪いたいという狂おしい思いを滲ませるラ・シルフィードと、それぞれの心の内が複雑に絡み合う様は見ていて息苦しくなるほどだった。ジェイムズは、エフィーに渡す結婚指輪を奪って逃げたラ・シルフィードを追いかけて出て行ってしまい、茫然とするエフィーにガーンがすかさずプロポーズするところで第1幕は終わる。

20200321_La-Sylphide_Y1A9809_photo_Kiyonori_Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

第2幕は奥深い森の中。マッジが大釜でベールを煮て呪いをかける無気味な冒頭から一転、ラ・シルフィードら妖精たちが住む異次元の世界が立ち現れた。木々の間を飛び交い、群れ集い、優雅に舞う妖精たちの姿はこの上なく美しく、幻想的だった。ラ・シルフィードがジェイムズの前で軽快に飛びまわる姿には喜びがあふれていた。沖の跳躍は全く重心を感じさせず、つま先は常に美しく保たれていた。ジェイムズの秋元も鮮やかな脚さばきで次々に爽快な跳躍を披露したが、特に連続アントルシャが見事だった。ジェイムズは、ラ・シルフィードを捕まえたいのに逃げられてしまうため苛立ちを募らせていくが、秋元はそんな彼の直情的な一面を的確に表現し、マッジから受け取ったベールに呪いがかけられているとも知らず、ラ・シルフィードの身体に巻き付け死なせてしまう。死ぬ間際にジェイムズに結婚指輪を返すラ・シルフィードと、彼女が自分の腕の中で息絶えていくのを見つめるジェイムズが心の内で交わすやりとりを、二人は目と目で伝えていた。再び現れたマッジが指差した先に、友人たちと一緒に教会に向かうエフィーとガーンの姿を見たジェイムズは、全てを失ったことを悟り、その場に倒れて終わる。
沖や秋元の踊りは端正そのものだったが、シルフィードたちの整然とした群舞の美しさも特筆ものだった。妖精たちは柔らかに上体を傾げ、しなやかに腕や手をなびかせ、軽やかに飛び回ったが、群舞が織りなすフォメーションの美しさにも魅せられた。東京バレエ団が誇る群舞の真骨頂を見た思いがした。斎藤芸術監督の徹底した指導のおかげだろうが、創立55周年記念シリーズの掉尾を飾るにふさわしい、完成度の高い舞台だった。
(2020年3月21日 東京文化会館)

20200321_La-Sylphide_Y8A3898_Dan-Tsukamoto_photo_Kiyonori_Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

20200321_La-Sylphide_Y8A4069_Kanako-Oki_Yasuomi-Akimoto_photo_Kiyonori_Hasegawa.jpg

© Kiyonori Hasegawa

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る