若手ダンサーが活躍する谷桃子バレエ団が『海賊』全幕を日生劇場で上演する! 芸術監督 高部尚子=インタビュー

ワールドレポート/東京

インタビュー=関口紘一

----谷桃子バレエ団では『海賊』を7月5日から日生劇場で全幕を上演されます。谷桃子バレエ団の『海賊』は、エルダー・アリエフ振付を上演されたのが初めてですね。
高部 はい、そうです。6年前に初めて上演しました。

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----アリが登場しないヴァージョンでしたね。どうしてアリエフ版を上演することになったのですか。
高部 最初はマリインスキー・バレエ(かつてのキーロフ・バレエ)のスターで、オーロラ役が有名だったイリーナ・コルパコワ先生にご指導を仰ぎたかったのです。谷桃子先生がご存命だった頃に、ABTのミストレスをなさっていたコルパコワ先生が来日されたことがありました。先生と私たちがお目にかかりに行き、その時『眠れる森の美女』を上演したいのですとお話しました。コルパコワ先生は、それはぜひ上演したいけれど、ご自身もご主人もご高齢なので、日本で長期間にわたって振付けすることはできない。ある程度完成したら見に行くことはできるかもしれない、ということでした。それでエルダー・アリエフ先生をご紹介してくださったのです。

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----そうでしたか。かつてはボリショイ・バレエのメッセレル版『ドン・キホーテ』や『ラ・バヤデール』を上演されていたので、次はマリインスキー劇場のバレエを上演しよう、という構想を谷桃子先生がお持ちだったのかと思いましたが。
高部 そうですね、マリインスキー・バレエというよりは、谷桃子先生も望月則彦先生もご存命でして、まず、『眠れる森の美女』を上演したいと思っていました。でも『眠れる森の美女』は、装置と衣装で莫大な費用がかかるので、その資金をなんとかしなくてはならず、その前に『海賊』を上演しよう、ということになりました。そもそも『眠れる森の美女』を上演したかったので、それはやはりコルパコワさん、ということだったのです。谷先生も望月先生もダンサーとしてのコルパコワさんを念頭においていました。まず、オーロラ姫のご指導をコルパコワ先生にお願いしたかったわけです。それが結局、エルダー先生になったのです。
エルダー先生は、昨日からいらしてリハーサルしてくださっていますが、実に見事な指導力だな、と感心しています。とても勉強になります。ご自身で踊って見せてくださるのですが、それがとてもわかりやすいです。特に上半身の使い方など。私たちも勉強になるし、ワガノワ・メソッドの上体の使い方を徹底して教えてくださいます。コルパコワ先生からの流れでしたが、結局、良い先生をご紹介していただいたと思っております。

----バレエ団としてもボリショイ・バレエの作品は上演されていますが、ワガノワ系のマリインスキー・バレエの作品を上演されたのは、初めてですね。
高部 そうです。

----『海賊』はやはり男性ダンサーが成長する演目ですね。
高部 男性ダンサーのジャンプ力とか回転力が上達しますね。日生劇場もいつもなら私たちは『白鳥の湖』とかいわゆる"白もの"を上演しますが、今年はオリンピックもありますし、男子学生にも魅力的でアグレッシブな演目を上演したい、という希望がありました。男性陣がへとへとになってますが、鍛えてもらえてとても嬉しいです。
コール・ド・バレエもエルダー先生に『海賊』を指導していただくことになってから、そのあり方が決まってきたと思います。私はコール・ドを踊ったことがなかったので、勉強不足だったこともありましたが、この前の『ラ・バヤデール』や『白鳥の湖』などもエルダー先生の教えを受け始めてから方向性が決まってきました。この6年間で一番変わったのは、コール・ドじゃないかな、と私は思っています。コール・ド・バレエは練習すればするほど良くなって結果が出ますから、一番時間がかかるのですけれど。

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----コール・ドがしっかりしてくるとカンパニーのレベルが上がりますからね。真ん中はもっとしっかりしなければならないわけですから。それからキャラクター的な表現力というのでしょうか・・・
高部 『海賊』も主役やソリスト以外の踊りは、みんなキャラクテールです。そうした役の上体の使い方などもエルダー先生の指導は非常にためになります。
例えば『眠れる森の美女』でいえば、3幕のマズルカ・ステップとかはとても難しいです。簡単に私たちは教えられなくて、エルダー先生が来る前にもロシア人の方に習ったりしているのですけれど、その点がはっきりと提示できます。見よう見まねでは結構間違ったことをやってしまいます。ステップも細かいですし、足先をインにして開く、とかありますけれどその足先の置く場所とか決まりごとがしっかりとあるのです。ロシアでは年に一回、各バレエ団の先生たちが集まって統一したルールを確認する、とエルダー先生がおっしゃっていました。そうしないと教え方がバラバラになってしまいますから。
それからエルダー先生はアメリカにいらっしゃったので、純粋のワガノワ・スタイルはもちろんわかっているのですけれど、世界的な流れというのもあるし、日本人の骨にあったスタイル、というのもわかっていらっしゃっています。ですから、もちろんアンディウォールなどはたいへん厳しいのですが、絶対にこうでなければならない、ということを頭に置きながら、一方ではヨーロッパやアメリカの流れも意識にあるので、ここはこの形の方がみんなにはきれいに見える、とかそういったところの選択がたいへん巧みです。ですから指導が極めて細く細部にわたっています。1分間の振付を進むのに何時間かかるのだろう、と思いハラハラしています。なかなか簡単にはシーンも通しませんし、全員が揃っていないとダメ、1ミリ2ミリのズレも許されないという感じです。
私たちもここまでやらなきゃダメなんだ、ということがしっかりとわかりますし、教師たちも甘さがなくならざるを得なくなります。ダンサーに寄り添い過ぎなくなります。

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----なるほど、あるいは谷桃子先生もそういう指導を望まれていたのではないでしょうか。
物語としてと言いますか、ヴァージョンとしてはどうですか。『海賊』はいろいろなヴァージョンがありますけれど。
高部 エルダー先生は、マリインスキー・バレエ(旧キーロフ・バレエ)では、コンラッドを踊られていました。その時はアリのいるヴァージョンだったのです。でも実際に踊っていてアリが邪魔だったそうです。(笑)やはり、物語がゴチャゴチャになってしまうと思われて、コンラッドの恋物語として完結させたかったから、アリを出さないヴァージョンにしたそうです。

----元々『海賊』はアリは登場しない物語だったと言われています。アリはコンラッドへのロイヤルティに殉ずるのですけれど、密かにメドーラに惹かれているところもあるというキャラクターですね。後年、付け加えられた役だと言われています。もちろん、いろいろと物語を膨らませる方法もありますけれども、アリエフ版は、骨格のしっかりとしたドラマを正確な踊りで描くということでしょうね。
ウラジオストックのプリモルスキー劇場でしたか、マリインスキー劇場の分館では、谷桃子バレエ団は踊りましたか。
高部 マリインスキー・プリモルスキー・バレエ団のゲストとして3回出演しています。佐藤麻利香と今井智也がペアで『眠れる森の美女』の主役を、永橋あゆみはオーロラで、馳麻弥がリラの精で踊りました。カンパニーは男性ダンサーも多いですし、かなりの多くのダンサーがいます。すごい大きな立派な劇場で施設も素晴らしいですね。

----最近は『ラ・バヤデール』『白鳥の湖』『リゼット』と古典バレエの全幕物を上演されてきましたけれど、今後の展開はどのように考えられているのですか。
高部 そうですね、エルダー先生には『海賊』と『眠れる森の美女』を振付けていただいたので、もちろんこれは大切にしていきたいです。そして来春には『シンデレラ』全幕を上演しようと思っていまして、これはちょっと改訂しようと考えています。

----谷桃子バレエ団の『シンデレラ』はメッセレル版でしたか。
高部 そうです。ボリショイ・バレエのヴァージョンです。もうしばらく再演していません、私と伊藤さんで意地悪姉妹を踊ったのが最後かな。メッセレル先生が少しお年を召されてからのもので、やはり改訂の必要があると思います。でも『白鳥の湖』と『リゼット』はあまり変えたくない、と思っています。

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----1月に上演された『リゼット』のタイトルロールを踊られた竹内菜那子さんはとても良かったです、可愛かった!
高部 それは良かったです。彼女、お芝居のところなどにもいいものを見せてくれます。ちょっと行き過ぎないようにしましたけど。

----生き生きとしてリゼットらしくて、楽しかったし。
高部 ダンサーによって元々クラシックの雰囲気を持っている人とコンテンポラリーの方が似合う人がいるので、結構、微妙なところに気を遣わなくてはなりません。でも竹内菜那子を選んだのは、とにかく、表現する人なので、出してくれれば調整することができますが、出してもらわないと難しいのです。

----ほかの全幕ものといいますと。
高部 それから『くるみ割り人形』ですね。これはこれから考えていきたいと思っています。

----『くるみ割り人形』はどういうヴァージョンでしたか。
高部 『くるみ割り人形』もロシア版で、谷桃子先生が振付けていますが、一度、望月先生が作り変えています。その後、少しずつ手直しをしていますが、装置や衣装がそのままになっているのでなかなか難しいのです。
それから谷桃子バレエ団は創立70周年ですので、秋には記念のガラ公演を開催したいと思っております。今までガラ公演をやってきておりませんが、70周年ということで行いたいと思います。他のバレエ団さんからもゲストで出演していただいて、谷桃子バレエ団の男性ダンサーと他のバレエ団の女性ダンサー、谷バレエ団の女性ダンサーと他のバレエ団の男性ダンサーに、ペアを組んでいただいてグラン・パ・ド・ドゥを何本か踊ってもらいます。異なったバレエ団のダンサー同士で踊ると、また、おもしろいのではないかと思っています。
それから引き続き振付家の育成を行っていきたいと思っています。今、伊藤範子、日原永美子、岩上純、あとは植田理恵子がいます。それから若い世代にも作りたいという人が出てきているので、クリエイティヴ・パフォーマンスという小劇場公演も行いたいです。

----あまり型にはまらず、思い切った大胆な試みを歓迎したいですね、外野席からですが。
一人でも振付家が育ってくれば大きいです。現在の日本にはほとんどいない状態ですからね。高部さんは振付されないのですか。
高部 私は今年バレエ協会の全国合同バレエの東京地区で、新作を振付けます。8月26日です。それから私と主人の坂本登喜彦が4年前にクライム・リジョイス・カンパニーという公演形態を二人で立ち上げていまして、佐多達枝先生の『父への手紙』を再演しました。私たちは毎年、佐多先生の作品に出させていただいてきました。いい作品がたくさんあるのですが、今年は『カルミナ・ブラーナ』を酒井はなさん主演で上演されますが、最近はもうあまり公演されなくなってしまったので再演をしてもいいのではないか、と思っております。前田哲彦さんの美術で素晴らしいものがたくさんありますし。
そういう訳で、今年は佐多先生の『ミレナへの手紙』というカフカ原作の作品を再演して坂本が踊り、私は新作を振付けて2本だての公演をクライム・リジョイス主催で行います。それから洗足学園音楽大学の学生の公演が夏にあります。そこで『ライモンダ』を振付けます。ですから、バレエ協会の公演とクライム・リジョイスの公演と合わせて、今年は3作品を振付けます。

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© Kotaro Nemoto

----それは良かったです。楽しみです。
谷桃子バレエ団のダンサーも若い人たちが活躍し始めていますよね。
高部 そうですね、先ほどもお話にでた竹内菜那子とか、檜山和久、馳 麻弥。もちろん、永橋あゆみ、今井智也、三木雄馬も頑張っていますが、山口緋奈子、牧村直紀、安村圭太もいますし。

----『海賊』全幕公演は7月5日から日生劇場ですね。
高部 日生劇場は7回公演です。学校を呼ぶ公演と7月5日の初日は一般売りだけの公演になります。7回公演ですから、4キャストを組みます。
『海賊』はとにかく、パワーで押し通すようなエネルギッシュな踊りが見もののバレエですから、ダンサーたちも張り切ってリハーサルに励んでいます。若いダンサーたちもどんどん成長してきていますし、女性ダンサーは元々、谷桃子バレエ団の中心として活躍してきました。『海賊』ではこの勢いのある男性ダンサーと谷桃子の伝統を受け継ぐ女性ダンサーのドラマティックなバレエを見ることができます。ぜひ、舞台いっぱいに溢れる力強い踊りを楽しんでください。

----本日はお忙しいところお時間を取っていただきまして、楽しく興味深いお話をありがとうございました。『海賊』のパフォーマンスを大いに期待しております。

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