ドラキュラ伯爵が恐ろしいパフォーマンスを見せ観客をも圧倒した、NBAバレエ『ドラキュラ』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

NBAバレエ団

『ドラキュラ』マイケル・ピンク:振付

NBAバレエ団が開催した「ホラーナイト」では、ブラム・ストーカー原作、マイケル・ピンク振付の『ドラキュラ』(音楽フリップ・フィーニー他)と宝満直也が振付けた『狼男』が上演された。
『ドラキュラ』のドラキュラ役は平野亮一と宝満直也のWキャストだった。二人のドラキュラの演技を見比べたかったのだが、どうしてもスケジュールが合わず宝満直也だけを見ることができた。ジョナサン・ハーカー役は大森康正だった。

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撮影/吉川幸次郎(全て)

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幕開き前、観客がまだおしゃべりに興じていると、突然、客電が消えて恐ろしい音楽が鳴り渡った。舞台では、明日にはドラキュラ伯爵の土地の契約をするためにトランシルヴェニアに旅立つ予定のハーカーがベッドに横たわっている。ハーカーは強烈なナイトメアに襲われる。・・・妻ミーナとの結婚式の情景が現れるが、次々と花嫁が変わったり、結婚の義式が終わったと思ったらまた始まったり、時間も乱れ激しく変化する。さらに通り掛かりの狂人(彼の医師、ヴァン・ヘルシングの患者らしい)が、ミーナにすがりついたり、なにがなんだかわからないのだが・・・、結局、ハーカーは汽車に乗ってトランシルヴェニアのドラキュラ伯爵のもとへ向かうことがわかる。そしてドラキュラ伯爵の地元に着くと、民俗風だが戦慄に撃ち抜かれたような人々の狂気の踊り。赤子を無残に殺された母親がさ迷う。やがて生け贄である血まみれの大きな山羊が高く吊り上げられて、人々はとり憑かれたように踊り狂う。
ここまで、セットの変換や沙幕や小道具大道具を自在に使った恐怖の表し方はまさにプロフェッショナル。巧みな技術力によりハーカーのベッドから駅へそしてトランシルヴェニアまで、実にスピーディに展開して、たちまち観客を巻き込み劇場は恐怖の館と化してしまった。

さらにハーカーは奇妙な荷物運搬人などに散々驚かされつつ、空恐ろしい邸宅にたどり着くと、ここでいよいよドラキュラ伯爵の登場となる。登場のパフォーマンスがまた凄かった。上半身を大きく反らし両手をマフに入れたような大仰な動きを繰り返しながら、深紅のマントを翻し、長髪白塗りのドラキュラ伯爵が姿を現した。それはいかにもこれから凄まじい残酷の儀式が始まるぞ、と観客に予告しているかのようだった。
そう、ハーカーは、村人に渡されていた十字架の効力も虚しく、徹底的におもちゃにされる大歓迎を受けて、くたくたになる。そしてやっとの思いでベッドに横たわったところに、薄物を纏い宝石を飾った三人の美女が現れる。これがまるで三頭の牝豹のように、ハードにじゃれ着いてハーカーを大歓迎。衣服も剥がされ息も絶え絶えとなったところに、ドラキュラ伯爵がなんと人間の首をぶら下げて再び登場する。すると三頭の牝豹はハーカーをすっぽかして、生首を必死に奪いあう・・・。
結局、これらはすべて悪夢だったのだが、目覚めたハーカーが現実にしっかりと気づくまでにはかなりの時間を要したのは言うまでもない。

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ドラキュラを踊った宝満直也は力演だったし、動きにも統一感があって存在感を現した。ハーカー役の大森康正には、とにかくご苦労様でした、といいたい。夢から覚めるだけでなく、役から抜けるためにしばらくかかるかもしれないけれど。
次々と現れる恐怖シーンをスピーディに展開し、息も吐かせぬ迫力を1幕のうちに見せた振付家は、マイケル・ピンク。演出も無駄がなくさすがだった。彼は英国ロイヤル・バレエ・スクール出身で、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、ノーザン・バレエなどでも活躍し、長らくミルウォーキー・バレエの芸術監督を務めている。『ピーター・パン』『ドリアン・グレイ』『美女と野獣』他の振付作品がある、という。
今回の「ホラーナイト」は、日本的には季節外れだったが、暖冬のそして何やら感染症が広まっている現在には効果あり、と思われた。
(2020年2月15日 新国立劇場 中劇場)

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宝満直也、大森泰正 撮影/吉川幸次郎(全て)

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