抒情的な表現を深めた矢内千夏のオデット/オディール、王子としての素質を開花させた高橋裕哉、Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

Kバレエ カンパニー

『白鳥の湖』熊川哲也:演出・再振付

Kバレエ カンパニーの2020年の幕開けは、「原点回帰の想い」で臨んだ熊川哲也版『白鳥の湖』だった。初演は2003年だが、手を加えて完成度を高めてきた自信作。今回は、オデット/オディールとジークフリード王子に成熟のペア、中村祥子と遅沢佑介を筆頭に、矢内千夏と髙橋裕哉、成田紗弥と山本雅也、小林美奈と堀内將平という3組の若手がキャスティングされた。ダンサーの層の厚さがうかがえる布陣である。この若手組の中から、矢内と髙橋が組んだ日を観た。矢内は、2016年に19歳でこの役で主役デビューを飾って一躍脚光を浴びたバレエ団生え抜きの逸材で、昨年は熊川の新作『カルミナ・ブラーナ』のヴィーナスや『マダム・バタフライ』のタイトルロールを務めるなど、快進撃を続けている。オデット/オディールを踊るのは3度目という。髙橋は、スイス国立チューリヒ・ダンス・アカデミーで学んだ後、2013年ハンガリー国立バレエ団でキャリアをスタート。Kバレエ カンパニーには、2018年にプリンシパル・ソリストとして入団した。ジークフリード役は既に経験済みだが、熊川版を踊るのは初めてである。なお、もっぱらジークフリードを踊ってきた宮尾俊太郎が初めてロットバルトに挑むというのも興味を引いた。

プロローグでロットバルトが花を摘むオデットを長い羽で捕らえて白鳥に変えるシーンに続き、第1幕の宮殿の中庭でジークフリード王子の誕生日祝う会が始まる。髙橋はすらりと伸びた手足が美しく、友人たちと戯れる中にも品の良さも漂わせて王子役にぴったり。ジャンプもしなやかに柔らかく飛んで着地する。王妃から舞踏会で花嫁を選ぶよう告げられると、表面は恭順を示しつつ、抗いたい本心を後ろ姿にのぞかせもすれば、王妃から弓を贈られると無邪気に喜ぶ一面も見せるといったふうに、多感な王子の繊細な胸の内を伝えていた。だが髙橋はそんな表現の仕方をまだ模索中のようで、それがまた王子を初々しくも見せていた。第1幕の最後、家庭教師が、狩りに出かける王子たちをながめる無気味なロットバルトに気付くシーンは伏線として効いていた。

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撮影/瀬戸秀美

第2幕は王子とオデットが運命的な出会いをする湖のほとり。そこはロットバルトの棲む廃墟のそばで、冒頭、ロットバルトの宮尾は己の支配力を誇示するように闇に包まれた湖畔を豪快なジャンプで飛び回ってみせた。
オデットの矢内は、初めて演じた時と比べると格段の深化。腕で顔のしずくを拭う仕草は、白鳥の姿でいた悲しさや嘆きまで払うようにみえたし、王子が突然現れた時は、電流が身体を走るかのように驚きを表した。身の上を語るマイムにも感情がこもり、そっと王子に身体を委ねようにもしてみせた。体の軸が安定しているのが矢内の強みで、全くぶれることがなく、アダージオでも一つ一つの動きを音楽をたっぷり使って大きくみせた。夜明けが近づくと、白鳥に戻されたくないと抵抗するようにあがき、王子に救いを求める姿が悲しみを誘った。王子の髙橋は、オデットの美しさに惹かれたのが、次第に愛に高まっていくという変化をもっと際立たせて欲しかったが、オデットに寄り添い、優しさで包み込むようにサポートしていた。2幕では踊りで見せる場面が少ない分、オデットとのマイムなどを大きく丁寧にこなし、夜明けにオデットが白鳥の姿に戻るのは見るに忍びないと、腕で目を覆う演技がリアルだった。

第3幕は王子が花嫁を選ぶ舞踏会。王子の友人ベンノが場を盛り上げるように見応えあるソロを披露したが、踊ったのは『カルミナ・ブラーナ』で主役のアドルフを務めた新鋭、関野海斗だった。オディールの来訪を待ち望む王子は、花嫁を決めよと命じる王妃に逆らい、候補の姫君たちをつれなく退けるが、髙橋の演技はやや型通りの印象を受けた。貴族に扮したロットバルトがスペインの舞踊手を引き連れ、マントでオディールを隠して登場するシーンはドラマティックで、ロットバルトの魔力の波及力を暗示していた。クライマックスのグラン・パ・ド・ドゥでは、矢内がバランスを長く保ち、フェッテではシングルとダブルを交互に繰り返すなど高度の技を展開すれば、髙橋も爽快なジャンプやたくましいグランド・ピルエットに高揚する心を伝えていた。間に挿入された、宮尾の威嚇するようなソロは緊張感を高めてもいた。演技の駆け引きも計算されていた。特に矢内は、腕を羽のように波打たせて王子を引きつけたり、急に王子をはねつけたりと、横目で王子の反応を確かめながら次の踊りの策を練るといったしたたかさを感じさせた。王子がロットバルトに強く促されてオディールへの愛を誓うと、ロットバルトは悲しむオデットの姿を背後に見せ、オディールは王子から贈られた花束を放り投げ、王子を嘲けり笑って去っていった。オデットの後を追いかける前に王子はかがんで足元の花にそっと触れたが、髙橋には散らばった花が王子とオデットと描いた夢の破片でもあるかのように思えたのか、悔恨の中にいとおしさとがこめられているのが伝わってきた。

第4幕は湖畔でのオデットと王子の再会。哀しみに打ちひしがれながらも、矢内が演じるオデットは仲間の白鳥たちの中にあって凛とした姿勢を崩さず、過ちをひたすらわびる王子を静かに受け入れ、すべてを達観したようにデュエットを踊った。仲を裂こうとするロットバルトに打ち勝てず、死を決意したオデットが湖に飛び込むと、王子も後を追う。愛の強さで自分の魔力が失せていくのが信じられないというふうに宮尾は動揺してみせ、白鳥たちに追い詰められて意外とあっけなく滅びていった。娘の姿に戻ったオデットと王子が笑顔を交わしながら永遠の幸せの国へ旅立つ幕切れが余韻を残した。今回は主役の二人を中心に書いたが、矢内がとりわけ抒情的な表現を深めたこと、髙橋が王子としての素質を十分に発揮していたことが確認できた。まだまだ若い二人だけに、次はどのような成長ぶりをみせるか、期待したい。
(2020年1月30日昼 オーチャードホール)

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