渡辺理恵 = インタビュー、首藤康之振付『眠れる森の美女』(大分グランシアタ)でリラの精を踊る
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ワールドレポート/東京
インタビュー/関口紘一
――渡辺さんは2月9日に大分市の大分iichikoグランシアタで行われる首藤康之振付『眠れる森の美女』で、リラの精を踊られますね。リハーサルは進んでいますか。
渡辺理恵 先日、大分に2度目の合流をさせていただきまして、その時、通し稽古があり、全体が見えてきたところです。
――今までは東京バレエ団で踊られていることが多かったですから、コール・ド・バレエのダンサーの方たちとも息を合わせやすかったかもしれませんが、今回は違いますが、いかがですか。
理恵 そうですね、普段なれ親しんでいるバレエ団とは違い、今回初めてご一緒する方たちですから、返ってくる反応などがすぐに想像つくわけではないので、とても興味深く新鮮でした。
――リラの精を踊られるのは初めてですか。
理恵 東京バレエ団時代に子供向けの『眠れる森の美女』(短縮版)では、リラの精を初演から何度か踊っています。全幕をフルに踊るのは初めてです。
――首藤さん演出・振付のクラシック・バレエの全幕ものは、『くるみ割り人形』では映像を使って、『ドン・キホーテ』では、CAVAと言うパントマイムの人たちを起用するなど、とても工夫を凝らされて演出されていますね。
理恵 『眠れる森の美女』はチャイコフスキーの3大バレエ の一つですし、そういった伝統の重さは大切になさっていると思います。振付をいただいているところでは、基本に忠実で歴史の中にある『眠れる森の美女』をすごく大切になさっていると思います。そして作品の奥を深めていきながら、作っているのだと私は思います。これから舞台上ではいろいろとアイデアが見えてくるのかもしれません。
――今回の見どころはどういうところでしょうか。
主催者 まず、首藤さんからのご提案で、カタラビュット役にコンテンポラリー・ダンサーで俳優でもある王下貴司さんに出演していただくことになりました。王下さんは以前、首藤さんが小野寺修二さん演出の『斜面』で共演されたことがあり、首藤さんの次回出演作パルコ劇場オープニングシリーズ第1弾公演の『ピサロ』にも一緒に出演されると聞いております。
さらにそして、何と言っても中村恩恵さんにカラボス役でご登場いただきます。リハーサルを何度か拝見しておりますが、本当に美しいです。おどろおどろしいカラボス、と言うよりは実に妖艶な感じです。
――もう、リラの精とカラボスは絡んだのですか。
理恵 ええ、先日。リラの精とカラボスは同一人物なんじゃないか、と思われるくらい近しいものがある中で、善と悪、表と裏とを感じさせるような、演出で振付もそのように工夫されていました。
――それは面白そうですね。かなり絡むのですか。
理恵 結構ありますから、私はそこのところの意識はかなり持っています。リラの精という名前ではあるのですが、今回は衣裳もパープルのものではなく、ゴールドがあしらわれています。ですから、どっちかというと「光り」という印象の方が強いと思います。リラの精はカラボスと同じ強さを持たなければならないので・・・私は恩恵さんと同等に張り合わなければなりません。これは膨大なエネルギーがいるなと、今、実感しているところです。マイムでも対峙しますので、恩恵さんと対等な存在であらねばならないのです!
――そうですか、それは大変そうですね。日本でもなかなか対等に向き合える人は少ないかと。
ダンサーの人って、悪役にキャストされるとすごく喜びませんか。
理恵 お姫様役では絶対出せないですから、今まで隠し持っていたものがのびのびと舞台で表現されるからでしょうか。(爆笑)
――やっぱり、演じ甲斐があるのでしょうね。クラシック・バレエ ってそういうところでもいろいろと楽しめていいですね。
主催者 今回、首藤さんとご相談させていただき、他にもたくさんのの方々にご出演いただきます。まず、オーロラ姫はおおいた洋舞連盟の佐藤香名さん、デジレ王子は新国立劇場バレエ団の福岡雄大さん、牧阿佐美バレヱ団の清瀧千晴さんがブルーバード、フロリナ王女はスターダンサーズ・バレエ団の鈴木優さん、宝石の精には牧阿佐美バレヱ団の石田亮一さん、スターダンサーズ・バレエ団の加地暢文さん、林田翔平さん、新国立劇場バレエ団の中島瑞生さんなどにご出演いただきます。演出の首藤さんをはじめ、おおいた洋舞連盟の皆様とゲストの方たちとはとてもいい感じでリハーサルが進行しています。
理恵 はい、とても良い雰囲気でリハーサルが進んでいます。そして、まだこれから全貌が明らかになってくるのですが、すべて首藤さんのセンスで選んだ世界がどんなものになるか、舞台がとても楽しみです。
主催者 また、今回は、様々なところでご活躍の大分にご縁の深いイラストレーター、網中いづるさんがメインヴィジュアルをご担当してくださいました。舞台にもその絵が時折、登場します。
理恵 バレエ団を辞めてからこんなに多くの人たちと関わって踊るのは、貴重な機会なのですごい励みにもなります。とてもいい機会をいただきました。
――渡辺さんはベジャールの『くるみ割り人形』の母役を踊られて東京バレエ団を退団されたのでしたね。
理恵 そうですね、2018年になります。
――ベジャールの母役は、難しかったですか。
理恵 まず、ベジャールさんの作品のスタイルがあって、私はクラシックの役に取り組むことが多かったこともあり、ポワントも履かずにそこに立つこと。そこに存在して踊らない、という難しさを初めて感じた役かもしれないです。とても考えさせられた役でした。
――ダンサーというのは常に動いて表現しているので、居るだけで存在を表すというのは難しいのでしょうね。
理恵 ポワントでは、あれこれとやらなければいけないことが多いのですけれど、『くるみ割り人形』の母役では、待つ時間があって他の登場人物から投げかけられ、それを受けて踊るということがありました。特に母役ではビムとかあるいはMといったキャラクターがいろいろといて、その人たちとの会話みたいなところもありました。そういう周りを見て、自分の存在が変わってきたり決まってきたりするということは、すごくおもしろいな、と思いながら踊っていました。私より以前から踊っていらっしゃった吉岡美佳さんに指導していただいたのですけれど、振りとか立ち回りなどのコツを掴むのは、慣れていないせいもあって大変だったという記憶があります。
――そうですか、それはいい経験をなさったと思います。最近は教えの方もなさっていますね。
理恵 はい、するようになり、東京バレエ学校でも学校生のクラスと大人のバレエも教えていました。東京バレエ学校が新スタジオを作った時に大人のクラスができましたので。今は自分のクラスを開いて教えています。
教える時には、生徒と一緒になってどんな悩みを持っているか、を考えるので、自分のためにもなります。それで「ああ、こういうことか」と理解がはっきりしてきます。自分が踊っている時は、感覚的に捉えているので、人に教えるために言語化しようとすると、いろいろと整理をする機会ができるので、改めて腑に落ちるときもあります。教える機会というのも必要なんだな、と思います。踊って見せて、それで伝わる場合もあるのですが、「どうして?」と質問されると説明しなければなりませんから。
子供は感覚が良いので、踊って見せるとそれを見たまま吸収できたりもしますが、大人の方には「その通り動いているつもりなんですけど、なんか違いますか? どうしたら良いのでしょう?」と聞かれたりすると、自分ではどういう風に動いているのだろう、と改めて自分を見直す良い機会になります。
――それもまた良い経験をなさっていますね。
『ラ・シルフィード』を踊られた時は素晴らしかったです。あれはピエール・ラコット版でしたね。
理恵 友佳理さんが東京バレエ団の芸術監督に就任される前に、ラコットさんからすべて任されて指導されて上演しました。友佳理さんはダンサーとして踊る経験もされていましたし、ロシアですべて教えを受けられて、指導者としても勉強されてから指導していただきました。友佳理さんのダンサーとしての経験とラコット版の振付ととても情報量が多かったです。そういう意味ではどこまで吸収できたかわかりませんが、私にはものすごく勉強になりました。
――やはり、『ラ・シルフィード』のようなバレエを踊って行きたい、と思われていたのですか。
理恵 そうですね、私はどちらかというと「白い」バレエに配役されることが多かったです。それはありがたいことで多く踊ることができました。ただ、私としては常になんでも踊ってみたい、とも思っていました。
「白い」ものは人間だったりキャラクターだったりしても、奥が深いし、自分で作り込んでいけるという面のおもしろさがあって良かったです。見せ方としても難しいバレエだな、とは思いました。
でもシルフィードも白い衣装を着けてなかったら、結婚が決まっている男性にちょっかいを出して森の中に連れ込んでしまう、という悪役と解釈できなくもないですね。それを隠して「白い」役で踊っていると思うと、違った見え方をしてしまいますが。
『ジゼル』もそうですが、軽さ、を表す、ということでも取り組みがいがあります。
――シルフィード、ジゼル、ドリアード姫、オデットと踊られていますから、ほとんど「白い」役ですよね。
理恵 そうです。ブルメイスティル版の『白鳥の湖』を踊った時に、「黒鳥も踊るんだよね」って驚かれたことがあります。半分、不安そうな顔で「どうやるの?」とか言われました。「白い」ものは、テクニックとしても柔らかさを表すことが多いのに対し、黒鳥は表現方法としても強さだったりとか、凄みを見せなければいけないという面でも、確かに不安でもありました。キャラクターとしても白だったものを黒でどう描くか、ということもありますから。
舞台上で「白い」ものを中心に踊っていると、性格的にもそうなんだ、と思いこまれてしまいます。だから返って黒鳥を踊る時は、自分の中にある「黒い」部分というか人間的なところを探す作業になって、すごくおもしろかったです。私は白の真逆として黒を描きたくはなかったので、あんまり悪役にしたくなかったですし・・・。
――その前の『白鳥の湖』では、オデットとオディールを別のダンサーが踊っていましたね、ブルメイスティル版で初めて黒鳥を踊られたのですか。
理恵 はい、そうです。
――東京バレエ団のブルメイスティル版『白鳥の湖』は素晴らしい舞台でしたね。カンパニーが一体となって作り上げているのがひしひしと伝わってきました。舞台の隅々にまで力がこもっていました。そこで初めて黒鳥を踊ったわけですね。
理恵 はい。ブルメイステル版の第3幕は通常版と解釈が違って、黒鳥側の味方がたくさんいたので周りからもらえるエネルギーもありました。敵地に単身で乗り込むよりもみんなを推し支えて行くということで、またちょっと感覚が違いますが、こころ強かったです。
――意外と黒を踊ることに乗っていましたか。
理恵 そうですね。頑固さとかはあるかもしれないし(笑)マイペースのところはあります。
――『ドン・キホーテ』はウラジーミル・ワシーリエフ版でドリアード姫を踊られたのですね。
理恵 そうです。ワシーリエフさんがいらっしゃって。すごいエネルギッシュな方でした。
――ライオンみたいな人でしたね。『ザ・カブキ』は海外公演でも踊られましたか。
理恵 はい、シュツットガルトで踊りました。
――今まで、いちばん大変だったのは何の演目でしたか。
理恵 そうですね、やっぱりハードルが高かったのはブルメイスティル版『白鳥の湖』ですね。『ラ・シルフィード』の場合は主役を踊ることにあまり慣れていなかったので、大変さの想像がつかなかったということもあったかもしれません。経験が少なかったので、テクニック的なところでの不安も多少ありました。ブルメイスティル版『白鳥の湖』は、自分でここまでは、と決めていた面があって、それを越えることが大変でしたし、プレッシャーもありました。踊る前はどんな作品でも緊張しますが、終わるとやはり、楽しかったと思えますね。
それからパートナーに助けられることもありました。『ラ・シルフィード』は最初は柄本弾さんで、2度目の再演は宮川新大さんでした。ブルメイスティル版『白鳥の湖』は秋元康臣さんでした。それぞれもちろん、感じ方も違いますし、パートナーが代わったら私のキャラクターも違ってくるんだろうな、といえるくらい、そのやりとりの意味合いもすごく感じました。そういう意味でも楽しかったです。
――『ジゼル』はいかがでしたか。
理恵 『ジゼル』はマラーホフさんの指導を受けました。ベルリン国立バレエ団の芸術監督を辞められてまもなく、東京バレエ団の芸術参与だった時がありましたが、ちょうどその時期です。その前にマラーホフさんが振付けた『眠れる森の美女』を東京バレエ団で上演して、その後に『ジゼル』ということでした。
マラーホフさんがアルブレヒトとして経験されてきたことを、振りを見せながらいろいろとお話してくださって、そのしぐさに胸を打たれることもありました。アルブレヒトは柄本弾さんでした。
――マラーホフのアルブレヒトは素晴らしいですからね。私、彼がヨーロッパに亡命してから初めてロシアの舞台に復帰した公演で彼のアルブレヒトを見ましたが、すごい心のこもった踊りで感動しました。バリシニコフも日本で第2幕のみでしたが、アルブレヒトを踊りましたけど、これも絶品でした。
中村恩恵さんの作品で踊られたのは、昨年の「New Year Gala ロームシアター京都」が初めてですか。
理恵 中村さんに初めてお目にかかったのはワークショップでした。私はずっとクラシック・バレエを踊ってきたので、即興で創ったり、本当に新しい世界に中村さんがいました。周りの方もクラシックを踊っていては出会えないような方がたくさんいらして、そこにいるだけでも、どういたらいいのかな、と恐る恐るでした。周りの方たちがやっていることから感じること、中村さんがおっしゃることも深く感銘を受けました。
――京都では『タイスの瞑想曲』を福岡さんと踊って、そのまま『パヴァーヌ』をソロで踊ることになったわけですね。
もともとコンテンポラリー・ダンスも踊ってみたい、という気持ちはお持ちでしたか。
理恵 バレエ団をやめた時から、バレエ以外のものに触れたい、という気持ちが強かったです。バレエ団に所属していると、すべてがその公演に合わせた基本のリズムになるので、普通の日常社会に出てみたいという心がありました。他のダンスでも演劇でもいろいろと広げてみたいな、と思っていたので、そういう意味でそのタイミングで中村さんの振付を経験できたのは、本当にありがたかったです。中村さんのリハーサルでは、自分の馴染んでいないステップだったりを、自身で踊って見せてくださるのですがとても美しく、その形になろうとしても私が不慣れでもあり、なかなかうまくないな、というのはすごくありました。でも中村さんがみていて、こうしたらいいんじゃないかしらと言いながら私の方に寄せてくださいました。そのままじゃなく、私をみて柔軟に提案してくださったりして変えていただいたりしました。
――そうですか、新境地ですね。今は本格的にコンテンポラリーにチャレンジしたいというお気持ちですか。
理恵 はい、身体の続く限り踊っていきたいと思います。また、バレエに対してもまだもっとできそうかな、という自分のバレエに対しての欲望があります。身体のコントロールの仕方などはやはりバレエが要になってくるので、もう少し頑張って自分の中で消化したいなと思っていて、そこがある程度固まって「よし、これ」というものを掴めたら、いろいろなところにチャレンジしたい、と思います。
まず、バレエ以外に何があるのか、を知らなければいけないので。バレエを整えつつ、自分が気になるもの、中村さんや首藤さんとの公演は自分がやりたいもの、関わってみたい、と思ったものの一つでしたので、ありがたいご縁でした。これは東京バレエ団とのつながりの中で生まれてきたもので、自分の中にあるバレエを生かしつつ、新しい創造に挑戦できると思います。
首藤さんがご推薦くださり、串田和美さん演出の『兵士の物語』に出演した時は、串田さんや石丸幹二さんをはじめとした演劇の方、音楽の方と仕事をするのが、私の中では刺激的なことでした。バレエは一番、音を発せられないので、効果音だったりセリフを喋って感情を出したり、音楽の中で見せるものがあったりということは、斬新なことでした。
バレエ団を辞めて少し時間ができたので、いろいろなものを見たり、聴いたりしています。
――新国立劇場の小野絢子さんも昨年8月の中村恩恵さん演出の『Camill カミーユ・クローデル』に出演されましたけれど、クラシックでバリバリに踊っていた人がコンテンポラリー・ダンスを踊る、のは非常に興味があります。それからキリアンのところでたくさん踊っていらした中村さんが『シンデレラ』全幕を振付けた舞台もとてもおもしろかったし、首藤康之さんの『くるみ割り人形』や『ドン・キホーテ』全幕を観に行く時はワクワクしました。コンテンポラリーの分野で活躍されていて、ここまで全幕を本格的に振付ける人は他にはいないと思います。
主催者 おおいた洋舞連盟の皆様をはじめ、ゲストダンサーの方々、オーケストラを含む総勢200名近くの出演者を一つにまとめるのはとても大変なことだと思いますが、首藤さんが細かく丁寧に心遣いくださり、みんなそれぞれの立場で意見を提案しあったりして、とてもいい雰囲気で全体が進んでいますので、ぜひ皆様、劇場に足をお運びください。
――首藤康之ワールドで繰り広げられるリラの精とカラボスの対決! これ本当に楽しみです。
『眠れる森の美女』首藤康之:演出・振付
2020年2月9日(日)16時開演 iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ(大分市)
詳細は http://www.emo.or.jp/notice/20200209sleepingbeauty/
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