ミニシアターで上質の映画を観るように珠玉の新作ダンスを楽しむ

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

Melos Dance Experience 第2回公演

『トラフィック』西島数博:振付、『A Pilgrimage』中村恩恵:振付、『On the Ground』笹原進一:振付

ダンスに限らず、舞台作品はなんでもそうだと思うけれど、新作をゼロからつくりあげるには、とてつもないエネルギーがいる。それでいて、国内のダンス公演の多くはわずか数回で終わってしまうし、新作が再演されることはめったにない。また、クリエイションやリハーサルの時間も十分に取れないことが多い。

Melos Dance Experienceは、コンテンポラリーやネオクラシック作品を中心とした、ダンサーの土井由希子によるプロデュースプロジェクトで、2018年に第1回公演を開催。2019年には、ゲスト振付家に中村恩恵、西島数博を迎え、5月・8月・11月と3回の公演を行うことにより、振付家とダンサーが時間をかけて一つの作品をブラッシュアップしていく長期クリエイションの企画をスタートさせた。
「Melos」の名は、太宰治の「走れメロス」にちなみ、ダンサーと振付家、観客との「信頼」を結びつける公演活動を展開したいという思いを込めて名付けられたという。

11月のSTAGE3では、5月、8月と上演を重ねてきた西島数博振付『トラフィック』、中村恩恵振付『A Pilgrimage』のほか、ゲストダンサーに西島数博、三木雄馬(谷桃子バレエ団プリンシパル)、八幡顕光(ロサンゼルスバレエ)を迎え、笹原進一振付『Nostalgia』(Aプロ)『On the Ground』(Bプロ)の2作品を上演。11月10日13時開演のBプログラムを観に行った。

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『トラフィック』 写真:香田勇(すべて)

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『トラフィック』

会場の川崎市アートセンター・アルテリオ小劇場は、約200席のこぢんまりとした空間。開幕前から、客席にはスタイリッシュな黒い衣装をつけたダンサーたちが佇む。最初は観客かな? とも思うのだが、存在感の強さや挑発的な眼差しがどうしたって一般人とは異なる。舞台上にはソファが一つ置かれ、スーツ姿の男性(西島)が座っており、ホテルのラウンジか何かで打ち合わせの相手を待っているビジネスマンのようだ。
『トラフィック』はそのように、日常と地続きのような空気感で始まった。照明が切り替わるとともに、西島と上田尚弘とが入れ替わり、上田は異空間に迷い込んだ西島の分身のようにも見える。
「トラフィック」とは、「通信における流れている情報量のこと」と、西島による作品解説にある。「ネットワークの許容量を越えたデータを流すとネットワークトラフィック[渋滞]をひきおこすことになる」。ダンサーたちの動きはいずれも切れ味が鋭く、クールな表情で踊りまくる。なるほど、これは人間の脳内で起きている情報や感情のぶつかりあいなのかなと感じる。たしかに、参照すべき情報や考慮すべき条件が多すぎるとき、頭の中はこんなふうになっているかもしれない。とはいえ難解さはなく、小さなドラマを感じさせるシーンが連なって見応えがある。ノラ・ジョーンズののびやかな歌声が要所で効果的に使われ、まるで難破船のように、ダンサーたちがソファにすがるシーンが印象に残った。

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『On the Ground』土井由希子、三木雄馬、八幡顕光

『On the Ground』は、三木雄馬、八幡顕光、土井由希子の三人による、シンプルながら情感のこもった美しい小品。フラウト・トラヴェルソ(バロック時代の木製フルート)とリュートの牧歌的な調べに乗って、三木と八幡がユニゾンで踊る。それぞれ強烈な存在感をもつ二人が、のびやかにステップを踏み、ふわりとジャンプする。まるで肩を並べて草の上を歩き、語らうように。やがて照明が月夜を思わせる色調に変わり、一人の女性(土井)が現れる。澄み切った笛の音とともに、三人は手を取り合って踊る。二人にリフトされ、ゆったりと宙を泳ぐ土井の動きは透明感にあふれる。「理想を追い求める二人の男の友情と偶然に出会う舞踊家との静かな交流」と笹原による作品解説にあるが、この「舞踊家」は二人の男の「理想」そのものなのかもしれない。
やがて、三木と八幡は、それぞれ土井を相手に、自らの心情を吐露するように踊る。三木は力強く野性味にあふれ、八幡はしなやかで端正だが、どちらの踊りも切ない。「三角関係」をイメージしそうな展開だが、この作品はそうはならない。土井が去った後、二人は再び肩を並べて歩き出す。解説には、ヴァルター・ベンヤミンの言葉が引用されている。「夜の中を歩み通すときに助けになるものは、橋でも翼でもなくて、友の足音だ。」小空間で、この三人の踊りを間近に観られたことは、この上ない贅沢だった。

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『On the Ground』三木雄馬、八幡顕光

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『On the Ground』三木雄馬、八幡顕光

プログラムの最後を飾ったのは、中村恩恵振付の『Pilgrimage』(巡礼)。椅子を手に、黒のレオタード、白いスカートという簡素な衣裳をつけて登場した8人のダンサーたちは、スクールガールのようにも見える。座る、足を組む、一歩踏み出す、向きを変える......。シンプルな動きが高度に洗練されて、逆にダンサー一人ひとりの高い技術を感じさせる。
作品創作にあたり、中村はまず全員に「巡礼」という言葉から連想を自由に広げた「言葉の地図」を書いてもらい、そこからダンサー一人ひとりの動きのマテリアルをつくりあげていったという。ダンサーからエッセンスを引き出し、時間をかけて動きの質感を高められるのも、長期クリエイションならではだ。
向かうべき聖地の所在もわからない「巡礼」。一人一人の歩みが切実であればあるほど、軋轢や緊張も生まれる。そのかすかな痛みが、知的なユーモアにくるんで差し出される。祈りの変形か、鳥の形なのか、独特の手の動きも印象的だ。ダンサー一人ひとりの体がもつ肉声は違っていても、動きがきれいに響きあっている。ちょうど上質な合唱曲か室内楽のように。

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『A Pilgrimage』

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『A Pilgrimage』 写真:香田勇(すべて)

終演後、ミニシアターで良い映画を鑑賞した後のような、豊かな気持ちで最寄り駅に向かって歩いた。ダンスを観たことのない友達を誘うのに、コンテンポラリーの新作はちと躊躇するのだが、こんな公演ならデートにも最適では? と思っていたら、次回公演が、早くも2020年6月に決定したという。
友の信頼を裏切らなかった「メロス」の名を冠したMelos Dance Experience、今後の展開に期待したい。
(2019年11月10日 川崎市アートセンター・アルテリオ小劇場)

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