クリスマス・ツリーを巡る美しく楽しい旅、そして難度の高い振付を見事に踊ったダンサーたち、斎藤友佳理版『くるみ割り人形』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『くるみ割り人形』斎藤友佳理:改訂演出・振付(レフ・イワーノフ及びワシーリー・ワイノーネンに基づく)

東京バレエ団が、創立55周年記念プロジュエクトのハイライトの一つとして、長年上演してきたワイノーネン版『くるみ割り人形』を、芸術監督の斎藤友佳理が演出・振付に手を加え、装置と衣裳を一新し、37年ぶりにリニューアル上演した。ワイノーネン版『くるみ割り人形』は、バレエ団の前身であるチャイコフスキー記念東京バレエ学校が、1961年にボリショイ劇場のダンサーと合同で上演した初めての作品で、1972年に東京バレエ団に受け継がれたものの、様々なアレンジが加えられてきたという。斎藤はワイノーネンのオリジナルを尊重ながら演出・振付を洗い直し、舞台美術をロシアのアンドレイ・ボイテンコに、衣裳デザインをオリガ・コロステリョーワに依頼し、ロシアの工房で製作して公演に臨むという徹底ぶり。
斎藤は、クリスマスツリーの中に入り込んだマーシャがくるみ割り王子と夢の世界を旅するという独自のコンセプトを打ち出したが、物語の展開そのものは極めてオーソドックスだった。ワイノーネン版の特色は金平糖の精が登場しないことで、マーシャを演じる大人のバレリーナが、そのままお菓子の国でくるみ割り王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊る形になっている。今回は主役のマーシャと王子に、川島麻実子と柄本弾、沖香菜子と秋元康臣、秋山瑛と宮川新大の3組のペアが配された。その初日を観た。

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© Kiyonori Hasegawa

降りしきる雪を映す紗幕越しに、マーシャの家へ向かう客たちの楽しげな様子を伝える幕開けのシーンから引き込まれた。クリスマスツリーが飾られた広間のセットは豪華だが落ち着きがあり、大人や子どもたちの踊りが賑やかに繰り広げられた。ドロッセルマイヤー(森川茉央)が披露する人形劇に続き、ピエロの鳥海創とコロンビーヌの金子仁美、ムーア人の海田一成が、機会仕掛け人形の独特の動きを正確に踊ってみせた。川島麻実子は愛くるしいマーシャを表情豊かに演じた。
パーティーの後、舞台はマーシャの寝室に変わる。マーシャがくるみ割り人形を抱いていると、ベッドの下からねずみが走り出たのに驚き、ねずみを追って広間に戻るという流れになっていた。時計が12時を打つと、ツリーや家具が巨大化し、ねずみの王様の家来たちとくるみ割り人形が率いるおもちゃの兵隊たちが戦い、マーシャの助けで勝利したくるみ割り人形がドロッセルマイヤーの魔法で王子に変身し、彼女を夢の世界の旅に誘うという展開は従来通りだが、斎藤版ではツリーの中を登る旅になっていて、コロンビーヌら人形たちも同行する。
雪の国のセットはとても幻想的で、雪の精たちがフォメーションも美しく宙を飛び、舞う姿はファンタスティックだった。雪の精たちのクラシックチュチュは少し長めで、彼女たちが飛ぶたびに軽やかに優雅に揺れる様がこの上なく美しかった。川島とくるみ割り王子に変身した柄本弾は高度なリフトを交えて幸せ一杯に踊り、雪の国でも躍動感にあふれるデュエットを披露した。

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© Kiyonori Hasegawa

第2幕は、ツリーを登り続けるマーシャと王子たちの船を、生き残ったねずみの王様たちの船が追いかけるシーンで始まる。ツリーの中の装飾は凝っていて、あちこちのオーナメントの窓から各国のダンサーたちが顔をのぞかせてマーシャたちを迎える趣向が面白かった。そこに現れたねずみの王様との決戦で王子が勝利すると、マーシャたちは各国の民族舞踊でもてなされるのだが、この民族舞踊が秀逸だった。
3日目に王子を演じる宮川新大が伝田陽美と組んだ「スペイン」では宮川のシャープなジャンプが冴え、「アラビア」では三雲友里加とブラウリオ・アルバレスがエキゾティックで妖艶な雰囲気を紡ぎ、「中国」の岸本夏未と岡崎隼也はコミカルなタッチの踊りで彩りを添え、「ロシア」では池本祥真と昴師吏功が豪快なジャンプを繰り広げ、「フランス」では中川美雪と工桃子、樋口祐輝が手堅く踊った。ただ、今の時代にあって、「中国」の岡崎の弁髪が少々リアルすぎて気になった。

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© Kiyonori Hasegawa

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© Kiyonori Hasegawa

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© Kiyonori Hasegawa

民族舞踊が終わってマーシャたちがツリーの頂きに着くと、舞台は緑の世界から明るい色調のお菓子の国に一転。典雅な花のワルツに続き、いよいよマーシャと王子のグラン・パ・ド・ドゥ。難度の高い技やリフトが随所に織り込まれていたが、川島はポアントワークも美しく、端正にステップを踏み、柄本は回転技やジャンプを的確にこなした。柄本が頭上に掲げた川島をそのまま落とすようにしてフィッシュダイブのポーズを取るなど、鮮やかに決めてみせたのはさすがだった。そういえば、笑みを絶やすことなく優しく川島に接していた柄本の表情も印象的で、川島とのパートナーシップは盤石だった。
最後、花のワルツのダンサーたちにリフトされ、中心で高らかにポーズを取るのがマーシャではなく王子というのは意外だった。舞台はマーシャの寝室に戻り、目覚めたマーシャがくるみ割り人形を抱きしめる幕切れは幸せな夢の余韻を漂わせていた。緊張感の絶えない隙のない舞台展開、難度を上げた振付けを見事にこなしたダンサーたち、目を奪うような各シーンの舞台美術、それに洗練された衣裳が合わさり、極めて完成度の高い充実した舞台になった。なおついでだが、東京バレエ団の前身であるチャイコフスキー記念東京バレエ学校のわずか4年の歴史を詳述した斎藤慶子著『「バレエ大国」日本の夜明け』(文藝春秋)は、様々な角度から戦後の黎明期の日本のバレエ教育の流れを俯瞰するもので、一般には知られていない多くの事柄が記されていて興味深い。
(2019年12月13日 東京文化会館)

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