ベートーヴェンの愛と孤独と絶望、そして偉大な作曲の力を見事に描いた、中村恩恵の『ベートーヴェン・ソナタ』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『ベートーヴェン・ソナタ』中村恩恵:演出・振付、首藤康之、新国立劇場バレエ団:出演

中村恩恵がベートーヴェンの生涯をテーマとして、首藤康之と新国立劇場バレエ団のダンサーのために演出・振付けた『ベートーヴェン・ソナタ』が再演された。初演は2017年3月。
ベートーヴェンはその日記の中で、「おまえ」と自身に呼びかけ語りかけていることなどから、ルートヴィヒ(首藤康之)とベートーヴェン(福岡雄大)を登場させて、その愛と孤独と作曲家として聴覚障害に打ち勝つ驚異的な創作力を、彼が作曲した珠玉の音楽とともに描いている。

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撮影/鹿摩隆司(すべて)

背景に大きな白い幕が吊るされた舞台に、無言の登場人物たち全員が登場してダンスが始まる。この「沈黙」がベートーヴェンの人生の一端を垣間見させる見事な幕開き。
中央の一脚の椅子にルートヴィヒが座り、セリフを話しつつ踊る。やがてべートーヴェンも登場して、恋におちた貴族の令嬢ジュリエッタ(米沢唯)と踊る。一瞬、聴覚障害の予兆が現れる。やがてジュリエッタは別の男性ガンベルク(木下嘉人)と踊りだす。音楽はジュリエッタに捧げられたピアノ・ソナタ第14番「月光」。やがて顕著となってくる聴覚障害、絶望と激しく闘うべートーヴェンは、ついに聴覚障害を公表する。
そして弦楽四重奏曲第7番とともに、「不滅の恋人」アントニエ・ブレンターノ(小野絢子)への愛が描かれる。自由に生きたジュリエッタは裸足で踊っていたが、ベートーヴェンの中で永遠に生きるアントニエはポワントで踊った。
そして背景に吊るされていた大きな白い幕が落とされて、聴覚障害の絶望感が顕になる。
しかし、べートーヴェンはピアノに向かう。ピアノ・ソナタ25番。

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第1幕の登場人物は白い衣装で踊ったが、ルートヴィヒのみ黒い服を纏っていた。第2幕では、登場人物の衣装はすべて黒となる。
べートーヴェンが舞台中央の椅子に座り、背景で様々な登場人物たちが音楽を、まるで音符のように表して踊る。聴覚障害に陥ったベートーヴェンが音楽を視覚で感じているかのようで、ダンスが音楽へと昇華したかのような素晴らしい表現だった。
弟の息子カール(井澤駿)を自身の後継者にしようとするが、それを認めない弟の妻ヨハンナ(本島美和)と激しく対立する。しかし、ルートヴィヒは愛憎の渦の中で、そのヨハンナと関係を持つという倒錯した妄想を抱く。そしてカールがついにピストル自殺を図る・・・。ピアノ・ソナタ第31番。
この絶望の淵からべートーヴェンは音楽によって立ち直り、人類の歓喜を歌う最後の交響曲第9番が作曲される。この凄まじいまで闘いと、そこから生まれた新しい力強いエネルギーは実に感動的だった。

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『ベートーヴェン・ソナタ』は中村恩恵らしいしかっりとした構成と明快な表現力によって描かれていた。ベートーヴェンの美しくロマンに満ちた音楽とともに、ベートーヴェンとルートヴィヒという現実と幻想の人格が相克し、優れた音楽家と認められた者に襲いかかる聴覚障害という恐るべき運命と闘い、永遠のあるいは絶対的なものを希求して崩れ、最後に到達した音楽の創造の中に運命と協和する道を見出だしていく。そして観客は、こうした作曲家自身の苦悩を劇的に体験することにより、ベートーヴェンの音楽の一音一音がより深く心に染み渡って感じられることになる。
福岡雄大と首藤康之の距離感が絶妙で、葛藤がリアルに感じられて、二人の登場人物がベートーヴェンという偉大な作曲家の人生を舞台上に鮮烈に描いた。ダンサーたちはみんなよく訓練されていたし、作品を深く理解していて表現に活かそうと試みていた。本島美和も好演したし、小野絢子も地味だが素敵たった。

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撮影/鹿摩隆司(すべて)

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