チャイコフスキーの音楽に新しい美しさを見出したような、ドゥアト振付の『眠りの森の美女』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ミハイロフスキー劇場バレエ

『眠りの森の美女』ナチョ・ドゥアト:振付

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撮影/瀬戸秀美(全て)

ミハイロフスキー劇場バレエが来日公演で、ナチョ・ドゥアトが新たに振付けた『眠りの森の美女』全幕を上演する、と聞いた時はあまり驚かなかった。ドゥアトはクルベリー・バレエでダンサーとしてのキャリアを始めたが、後にキリアンが芸術監督を務めていたネザーランド・ダンス・シアターに入り、大きな影響を受けている。ドゥアトの名前が知られるようになったのは、キリアンの下で踊っていた時に作られた『ジャルディ・タンカート』を発表してからだが、カタルーニャの音楽を使ったこの作品はコンテンポラリー・ダンスであり、バレエの動きは見られなかった。その後も牧阿佐美バレヱや新国立劇場バレエで上演されたドゥアト作品はどこから見てもコンテンポラリー・ダンスであった。それでもドゥアトが『眠りの森の美女』全幕を振付けたことに驚かなかったのは、2008年11月にさいたま芸術劇場で上演されたドゥアト振付の『ロミオとジュリエット』(1998年スペイン国立ダンスカンパニー初演)を観て感心した記憶があったからだろう。これはドゥアトが初めて振付を試みた全幕バレエだったが、実にオーソドックスに振付けられており、かつドラマティックないわゆるエッジの効いた演出振付だった。とはいえ『ロミオとジュリエット』の音楽はプロコフィエフだが、『眠りの森の美女』はチャイコフスキーである。私はかつて、キリアンにインタビューしたことがあったのだが、そこで「チャイコフスキーを振付けることは考えていませんか」と質問した。するとキリアンは「チャイコフスキーはもういいでしょう」と言って、そそくさと貴乃花が活躍する両国へと出かけてしまった。キリアンは貴乃花の大ファンだったのである・・・。閑話休題。

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ドゥアトは『眠りの森の美女』を振付けるに当たって、「チャイコフスキーの音楽がクラシック・バレエの動きで振り付けることを求めている」と感じたという。クリエーターとしてはちょっと素直すぎるのではないか、と思うくらいオーソドックスな考え方である。
ドゥアトは『眠りの森の美女』全幕を巧みに仕上げていた。まず、アンゲリーナ・アトラギッチによる舞台美術と衣装が従来版とは異なっている。
プロローグに現れる王宮は、舞台の後方に数段の大きな階段があり、その上の中央正面に王と王妃の玉座を設え、背後にはロココ調の人物模様で区切った空間が見える。ありきたりな写実表現を廃し、象徴性を持たせてシンプルに整えている。開かれた空間ではあるが、どこか別次元とも繋がっているような印象を与える。
衣装もシンプルにして淡いパステルカラーの色彩を多色のアンサンブルで見せ、動きによって水彩画のように淡く混合させて見せ、実に美しい。踊りの流れは音楽に沿って基本は変えておらず、物語にも沿っている。しかし、ワルツは変えていた。全体に豪華絢爛というのとも異なり、華やかで軽くセンシティブだった。

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ルジマートフ扮するカラボスが登場すると、会場はさらに華やいで観客が喜ぶ。全身を黒い衣装で包んで手下を従え、大仰な動きで王の一族を圧倒する。ちょっとカンの強そうな魔女を思う存分踊り、振付家もどうやらルジマトフに踊らせて楽しんでいるようだった。
プロローグと第1幕では、チャイコフスキーの音楽に新しい美しさを見いだしたような快い気分にさせられた。
オーロラ姫を踊ったのはアンジェリーナ・ヴォロンツォーワ。ローズアダージョではスーパーバランスを見せるところまではいかなかったが、安定した踊りだった。式典長の仕切りが見事で、これでは道化が出てくる隙はないだろう。リラの精(スヴェトラーナ・ベドネンコ)は少々地味に感じるくらいで、善悪の対立もあっさりとしていた。五人の妖精たちも彩り鮮やかに踊って美しい雰囲気を醸していた。
デジレ王子(エルネスト・ラティポフ)は従来版通り第2幕から登場。ここは一転してシックな色調のセットになった。狩りの収穫を見せたり、ダーツや目隠し遊戯に戯れるシーンはなく、王子に許しを乞うて踊られたパ・ド・トロワはおもしろい動きを見せた。
デジレ王子と眠れるオーロラの出会いは、まるで『白鳥の湖』の捕らわれのオデットとジークフリートの出会いのように清新なものだった。そして蕀に囲まれて眠っていたオーロラ姫が目覚めた時、蕀に無数の花が咲いた。

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第3幕は従来版とほぼ同じだが、装置は大きな丸窓に四羽のモノクロームの孔雀をあしらったもの。ここで踊られた女性三人、男性一人の宝石の踊りでは田中美波がゴールドを踊ったが、スタイルが良く、ロシア人の中で踊っても遜色ないどころか一際スラリとしていた。ディヴェルティスマンは、白猫、青い鳥、赤ずきんちゃん、カエルの王さま、シンデレラ、美女と野獣と充分に踊られた。そしてオーロラ姫とデジレ王子の結婚のグラン・パ・ド・ドゥは、このバレエ全体を表すかのように、すっきりとした若さを前面にだして、キビキビと踊られた。
ドゥアトの振付は、群舞や男性の踊りなど、形式に陥らないように、人間的なというかコンテンポラリー的というか、アクセントになる特徴的な動きを加えて活性化させていた。
ミハイロフスキー劇場バレエのダンサーたちは、自分たちのオリジナルな新しいヴァージョンを得て、活き活きと元気良く踊っていて、好感の持てる公演だった。
二つの演目ともにパーヴェル・ソローキン指揮、演奏はシアター・オーケストラ・トーキョーだった。
(2019年11月24日 東京文化会館)

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撮影/瀬戸秀美(全て)

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