息もつかせないダンスの迫真力とトリコロールの色彩が溢れる舞台、ワイノーネンによる『パリの炎』の見事な復元

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ミハイロフスキー劇場バレエ

『パリの炎』ワシリー・ワイノーネン:振付、ミハイル・メッセレル:改訂振付

ミハイロフスキー劇場バレエが来日公演を行い、『眠りの森の美女』と『パリの炎』という全幕バレエ2作品を上演した。ともにフランスに関わるロシアの著名なバレエ。『眠りの森の美女』がルイ14世時代のフランス宮廷文化を念頭に置いて制作されたのに対して、『パリの炎』はフランス革命勃発3年後、ルイ16世とマリー・アントワネットが暮らしていたテュイルリー宮殿を、武装した民衆が襲撃した事件を描いている。『眠りの森の美女』が初演されたのはロシア皇帝が隆盛だった1890年。その権威をいっそう高める目的があったと言われている。一方『パリの炎』は旧ソ連時代の1932年に、ロシアの十月革命15周年を祝って制作され初演された。ともに国家の意向を負ったバレエだったが、そのレベルにはとどまらず精緻なバレエに仕上がっていて観客に愛され、しばしば再演されている。

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撮影/瀬戸秀美(全て)

そして今回のミハイロフスキー劇場バレエの公演では、『眠りの森の美女』をコンテンポラリー・ダンスの分野で実績を重ねてきたナチョ・ドゥアトが新たに振付けているのに対して、『パリの炎』ではボリショイ・バレエ以来クラシック・バレエの道を邁進してきたミハイル・メッセレルがワイノーネンによる振付の復元を試みている。こうした対照的な制作の時代背景と創作方法によるヴァージョンが一つのカンパニーによって同時期に上演される、ということはロシアの舞踊芸術の伝統に基づいた懐の深さを示していて、なかなか興味深いものがある。

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『パリの炎』は、ワシリー・ワイノーネンの振付をミハイロフスキー劇場バレエの首席バレエ・マスター、ミハイル・メッセレルが改訂振付している。音楽は音楽学者でもあった作曲家ボリス・アサフィエフが、フランスの作曲家リュリなどの曲からの引用も駆使して作曲している。
キーロフ劇場(現マリインスキー劇場)で1932年に初演されたが、翌年にはボリショイ劇場でも上演され、何度か再演されたが、ミハイルの母スラミフィや伯父のアサフもこのバレエを主演している。そのためミハイルは、ボリショイ劇場で『パリの炎』が上演された当時の雰囲気を家族とともに体験しており、復元振付を行うには最適の人物だったといえよう。ちなみに、スラミフィとミハイルは1980年日本公演の際に西側に亡命しており、後に谷桃子バレエ団にスラミフィが振付けた『バヤデルカ』でミハイルが主演した。

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『パリの炎』はフランス革命の後、未だ貴族の支配が残るマルセーユやバスク地方の民衆が立ち上がり、義勇軍を組織してパリを目指す途上から始まる。そしてルイ16世と王妃マリー・アントワネットが義勇軍を退けようと企む宮廷を襲撃し、占拠するというもの。その過程をファランドールやバスクの踊り、オーヴェルニュの踊りなどの民俗舞踊と、メヌエットやシャコンヌ、サラバンドなどの曲に乗せた宮廷風の舞踊が踊られる。そのコントラストは実に鮮やかで印象深い。そして民衆の進軍する中で起こった愛と死のドラマは、ほとんどすべてがダンスを通して表現されている。

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宮廷舞踊と民俗舞踊がシーンごとに踊られ、最後はマルセイユの義勇軍の青年フィリップ(イワン・ザイツェフ)と農民の娘ジャンヌ(アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ)の愛が結ばれるパ・ド・ドゥと、民衆の勇壮な勝利の踊りで締め括られる。様式の美しい宮廷舞踊とエネルギーが爆発する解放感が溢れ躍動する民俗舞踊のコントラストが描かれ、革命を象徴するトリコロールの旗が縦横に振られ、革命の歌「ラ・マルセイエーズ」が合唱隊によって高らかに歌い上げられる。そして自由(イリーナ・ペレン、マラト・シュミウノフ)・平等・友愛の理念をダンスによって表した、アレゴリー・ダンスが舞台空間を圧するかのように堂々と踊られる。こうした息もつかせないような迫真力とアクロバティックな超絶技巧、そしてトリコロールの色彩があふれんばかりの彩り豊かな衣装とが織りなすうねりが、観客の胸に激しく迫り、思わず客席から踊りに参加したいと思わせるところが、このバレエの成功をもたらした要因と言えるだろう。
2008年にはボリショイ・バレエにアレクセイ・ラトマンスキーが『パリの炎』を主なストーリーは残しつつ改変して振付けていて、2017年には日本でも上演されている。ここでは革命の中の残酷さが強調されたドラマが加えられ、アレゴリー・ダンスなどは省略されている。そうしたこともあってワイノーネン振付の『パリの炎』を復元した価値があり、これを見ることができて良かったと思った。
(2019年11月21日 東京文化会館)

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撮影/瀬戸秀美(全て)

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