東京バレエ団新制作『くるみ割り人形』はマーシャとともに全員が成長していくバレエになる リハーサルレポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

東京バレエ団の『くるみ割り人形』は、その母体であるチャイコフスキー記念東京バレエ学校(1960年開校)が最初に上演した作品であり、同団にとってルーツともいえる大切な演目だ。
そして東京バレエ団は創立55周年を期に、斎藤友佳理芸術監督のもと、『くるみ割り人形』の新制作に取り組んでいる。
開幕間近い11月29日、公開リハーサルが行われた。

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photo Shoko Matsuhashi(すべて)

リハーサルは第2幕お菓子の国のシーンが中心。少女マーシャ(川島麻実子)のそばにはいつも3体の人形たち、ピエロ、コロンビーヌ、ムーア人が寄り添い、温かな眼で見守る王子(柄本弾)がいる。
マーシャの眼の前で、スペイン、アラビア、中国、ロシア......と、バレエの宝石箱のごとく色彩豊かな踊りが繰り広げられるのだが、マーシャは時折ふっと駆けだして一緒に踊ったり、小さな疑問を投げかけるようなしぐさをする。そんなマーシャを王子が見ている。お客様をもてなすホスト役でも保護者のようにでもなく、いちばん大切な人を見つめるような眼で。
マーシャを囲む、このなんともいえずやさしい空気は何だろう? と思いながら見ていた。リハーサル後、斎藤監督と川島・柄本のコメントを聞いて、その理由が少しわかった気がした。

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『くるみ割り人形』には、主人公の少女とお菓子の国の女王(金平糖の精)を違うダンサーが演じるヴァージョンも多いが、東京バレエ団の『くるみ割り人形』では、マーシャ自身がプリンセスとなり、王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊る。今回の新制作でもそれは変わらない。
長年親しまれ、大切に上演されてきた『くるみ割り人形』の良さを残しながら、どうオリジナリティを出すか、本当に悩んだと斎藤監督は明かす。
「今回は時間との闘いでもありました。根本は変えてはいけない。それでいて、まったく新しい何かが誕生しなければ新制作の意味がない。本番まで1年を切った頃、どうしようどうしようと考え続けながら、モスクワの夫(今回の装置・衣裳コンセプトを担当したニコライ・フョードロフ)の家で、ずっとクリスマスツリーを見ていました」
悩み続ける斎藤監督に、フョードロフ氏が「ちょっとツリーの中に首を突っ込んでみたら」と声をかけたという。
「ツリーの中には、外から客観的に見ているのとぜんぜん違う世界がありました。すてきだなあ、こんな世界があったんだなあと。心がふっと楽になりました」
この時生まれた演出プランが、「マーシャと王子がクリスマスツリーの中の世界を、上へ上へと旅していく」というものだ。だから、2幕のグラン・パ・ド・ドゥ、フィナーレへと続く最も華やかなシーンには「クリスマスツリーのいただき」という呼び名がついている。「ツリーの頂点の上は星の輝く空。舞台美術はそんなイメージで依頼しました」と斎藤監督。
しかも、「上へ上へ」のイメージはマーシャと王子の精神的な成長ともつながっているという。

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1幕のクリスマスパーティのシーンでは、マーシャは7歳の少女。ねずみたちとの闘い、王子との出会いを経て、マーシャは少しずつ大人になり、2幕の最後には成熟した女性として、王子と華やかなグラン・パ・ド・ドゥを踊るのだ。
「みんなで『こうしてみませんか』ってコミュニケーションをとりながらつくっています。経験を積み、ステップを一歩一歩踏んで大人になっていく。その感じが自然で、リハーサルをしながらマーシャの人生を生きているような感覚があります」と川島は語る。
「ドロッセルマイヤーや人形たちがマーシャを守り、寄り添いながら様々な世界に連れて行ってくれる。現実の世界でも、人は周囲の様々な人に影響を受けながら成長していくと思うんですが、この物語もそれに似ているかもしれません」
マーシャは、2幕で人形たちの踊りをただ見ているのではなく、見ている間も成長しているのだ。
「たとえば今回のアラビアの踊りは、アラビアの女王たちが迷宮に迷い込んだようなイメージだと聞いて。今日は私も彼らと一緒に迷い、また元の世界に戻ってくるような感覚でやってみました」。
たしかに、アラビアの妖艶で神秘的な踊りは、どこか大人の恋の悩みや迷いも連想させる。そういう様々な世界にふれ、夢の中で大人になったマーシャは、物語の最後にはまた7歳の少女に戻る。
「子どもの頃、私はよく将来の自分を想像したんですけれど、そんな気持ちを思い出しながら踊っています」と川島。
また、今回のバージョンでは、王子もマーシャとともに、大人の男性へと成長していくのだという。
「『くるみ割り人形』の王子って、これまではストーリー性を感じるのが難しかったんですが、今回は成長の表現が求められているのでやりがいがあります。川島さんとは初めて組みますが、パートナーリングについてはほとんど心配していません。お互いの内面の表現をどう取り入れていくか、互いに言い合いをしながら、みんなで構築していく時間がすごく好きです」と柄本。パートナーリングについての記者からの質問に対しては「パートナーの命を預かっているくらいの気持ちでやっています。王子として大切な人をサポートするなら、それくらいの気持ちでいきたい」と語った。

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斎藤監督は、振付で悩んだ時、川島と柄本に何度も助けられたと語る。「二人と一緒にリハーサルをすると、答えが見えてくることが何度もありました。今の彼らには、可能性が無限大みたいなところがあるんですね」「今回、演出・振付にはバレエ団をあげて取り組み、ダンサー一人ひとりが様々なアイデアを出してくれました。誰一人欠けても今回の公演は実現しなかった。そのくらい一人ひとりが大切な存在です」
舞台美術、衣裳はすべてロシアで制作。200着に及ぶ衣裳はモスクワとサンクトペテルブルクの計6つの工房で分業したという。ギリギリの調整が続く中、斎藤監督は力強くこう語った。
「美術、衣裳、照明、音楽、すべてが調和しなければ舞台は成功しません。本番直前まで悩み、チェンジを出すと思います。でも、今のみんなにはすぐ対応できるだけの幅ができました。絶対に良い舞台になると信じています」。

東京バレエ団の総力をあげて取り組む『くるみ割り人形』の世界。マーシャを囲むあたたかな空気は、ダンサー、スタッフ全員が助け合い、夢の世界を構築しようとする今のカンパニーの熱気そのものなのかもしれない。開幕が待ち遠しい。

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photo Shoko Matsuhashi(すべて)

東京バレエ団 『くるみ割り人形』全2幕 新制作

●2019年12月13日(金)〜15日(日)
●東京文化会館

NBSチケットセンター TEL:03-3791-8888
Webサイト:https://www.nbs.or.jp/stages/2019/nuts/

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