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日本とアメリカの文化の中を生きた一人の女性の美しい死を鮮明に描いた、熊川哲也の『マダム・バタフライ』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

K バレエカンパニー

『マダム・バタフライ』熊川哲也:演出・振付・台本

熊川哲也の演出・振付・台本による『マダム・バタフライ』が、K バレエカンパニーの設立20周年記念公演として世界初演された。
熊川版『マダム・バタフライ』は、ジョン・ルーサー・ロングの原作、ジャコモ・プッチーニのオペラに基づき、新たなシーンを加えバレエ舞台としての構成を整えている。音楽はプッチーニに加えてアントニン・ドヴォルザークの曲が使われている。
熊川は、若き日にロンドンに渡り、ロイヤル・バレエ・スクールで教育を受け、バレエダンサーとして英国ロイヤル・バレエで重きをなした。のちに帰国して1999年にK バレエカンパニーを設立し、多くの古典名作の改訂や新作バレエを新たに世に出してきた。『マダム・バタフライ』は、その熊川が初めて取り組んだ日本を題材としたバレエである。そしてそれはカンパニーを設立してからちょうど20年目、という区切りの年となった。その節目が、彼が生まれ現実に生きている日本と、アーティストとして成長した地の西洋との葛藤を改めて凝視し、作品として対象化する機会となったわけである。そして自身が芸術家督を務めるBunkamuraの30周年記念のための新作『カルミナ・ブラーナ』と制作時期が重なり、多忙を極めた同時進行の創作であったが、無事完成し、お披露目となった。

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バタフライ:矢内千夏 © Hidemi Seto

大きな浮世絵の女性が描かれた沙幕。プロローグでは「君が代」のメロディ流れ、切腹の所作に法って堂々と切腹をする武士。それは蝶々夫人(バタフライ)の父であり、その短刀は彼女に形見として残された。
第1幕は「星条旗」のメロディが流れ、艦船で働く海軍士官学校の生徒たちの整然とした合理的な仕事ぶり。教官ピンカート(山本雅也)が登場。彼には恋人ケイト(浅野真由香)がいるのだが、長崎への赴任の命令が下される。
長崎の遊郭のシーンとなり、郭に木刀を持った男ボンゾウ(杉野慧)が忍び込む。郭の朝が開け、アメリカの合理的な仕事ぶりとはあまりにも異なった、郭の細々としてディコラティヴな仕来たりが描かれる。興味津々のアメリカの水兵たちが現れ、花魁の華やかな道中などに驚く。こうした中でピンカートンは健気に振る舞うバタフライ(成田紗弥)を見染める。そして結婚へ。すると忍び込んでいたボンゾウがアメリカの習俗に従うバタフライに怒り、乱入し大混乱となる。しかし、バタフライは隠し持った形見の短刀を自らに向けて、ピンカートンと結ばれる道を守り通す。そして二人の晴れやかなパ・ド・ドゥ。バタフライは薄絹で作った振り袖でしっとりとした雰囲気。振り袖はまるでチュチユのように、素敵な効果を醸し美しかった。
第一幕では、極東の国、日本の文化から生まれた独特の仕来たりとアメリカの西欧文化による習俗を、バレエの中で際立たせ、コミカルな味を加えて描いている。振付家が制作のためにフィールドワークを長崎などで行なったことが良い結果となって現れていると思う。

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『マダム・バタフライ』© Hidemi Seto

第二幕では、一転してシリアスなシーンが展開する。社交ダンスやキリスト教の洗礼などにもバタフライは懸命に馴染み、幸せな暮らしが始まる。しかし、ピンカートンに帰国命令が下り、幼い息子も残して帰国してしまう。取り残されたバタフライに、もうピンカートンは帰国しないだろうから、と別の軍人との結婚を周囲が勧めるがうけつけようとしない。
やがて、「ある晴れた日に」ピンカートンは再び来日した、アメリカ人の妻を伴って。バタフライは子供の幸せを願って、子供をピンカートンの妻に渡す。
そして潔く、亡父の短刀で自らの死を選ぶ――。

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© Hidemi Seto

熊川は『マダム・バタフライ』を振付けるにあたって東洋の『ジゼル』を感じるとこともあった、と語っている。コミカルなタッチを加え<廓文様>が次々と描かれた第一幕と、情感が込められたドラマティックな第二幕とのバランスが良く、コントラストも『ジゼル』のように鮮やかだった。
ピンカートンに扮した山本雅也は、熱し易く偏見のない、だが人の良い人物像を安定感のある踊りと整った表現で描き出した。成田紗弥のマダム・バタフライは、内に秘めた深い愛情を神秘的に表してピンカートンと観客を魅了した。日本人形を思わせる髪型がこのバレエに実に良く似合っていた。二人とも新作の主人公として実力を発揮した素敵な舞台だったと思う。ピンカートンの妻 ケイトを踊った浅野真由香も落ち着いて良く芝居を締めた。そして花魁に扮した中村祥子の豪華絢爛な様子は圧倒的だった。
ラストシーンは成田紗弥のソロがあるのかと期待したが、象徴的な動きで物語を納めた。それがこの物語に似合ったエンディングなのかもしれない。斬新な表現を追究するよりも、歴史的現実への想像を重んじた創作手法が成功の一因だったのではないか、と推察している。
(2019年10月13日 東京文化会館)
※写真は他日公演のものです。

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花魁道中:中村祥子 © Hidemi Seto

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