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武満徹の音楽により自然の営みを身体の動きで繊細に綴った一篇の美しい詩、勅使川原三郎『雲のなごり』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈東京バレエ団×勅使川原三郎〉

『雲のなごり』勅使川原三郎:演出・振付・照明・美術/『セレナーデ』ジョージ・バランシン:振付/『春の祭典』モーリス・ベジャール:振付

東京バレエ団が、創立55周年記念委嘱作品として勅使川原三郎による『雲のなごり』を世界初演した。これまでモーリス・ベジャールやイリ・キリアンら世界的な巨匠に新作を委嘱してきた東京バレエ団だが、日本人振付家に依頼したのは初めて。一方、フランクフルト・バレエ団やパリ・オペラ座バレエ団など世界の名だたるカンパニーに振り付けている勅使川原にとって、日本のバレエ団のために創作するのは1990年のスターダンサーズ・バレエ団の『ママレード』以来、29年振りという。
音楽に徹底的にこだわる勅使川原が、『雲のなごり』に"世界のタケミツ"と称された武満徹の楽曲を選んだことも注目され、東京バレエ団と勅使川原の双方にとって記念碑的な作品になった。
公演ではほかに、ジョージ・バランシンの『セレナーデ』(音楽:チャイコフスキー)とベジャールの『春の祭典』(音楽:ストラヴィンスキー)という、全く性格が異なる20世紀の傑作が上演された。

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© Shoko Matsuhashi

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タイトルの『雲のなごり』は、『新古今和歌集』にある藤原定家の〈夕暮れはいづれの雲のなごりとて はなたちばなに風のふくらむ〉から採ったもの。勅使川原は「雲は風に吹かれてすでにないが、近くには花の香りとしての風があり、それが"雲のなごり"となる。ないことがあるという実感こそ、私の芸術、特にダンスの基」として、作品を通して「ないことは何か」を問い求めたいという。
使用する音楽は、武満の〈地平線のドーリア〉と〈ノスタルジア-アンドレイ・タルコフスキーの追憶に-〉の2曲。前者は前衛的な色彩が強く、不安感をあおるような音楽で、後者は「全体は、緩やかで哀歌的な気分につつまれている」(武満)そうで、共にフルオーケストラではなく弦楽オーケストラのための作品である。出演したのは、勅使川原が主宰するKARASのダンサーで演出助手も務めた佐東利穂子と、東京バレエ団の沖香菜子、三雲友里加、柄本弾、秋元康臣、池本祥真、岡崎隼也を加えた計7人の小規模な編成。上演時間は約30分だった。

舞台は、グリッサンドの弦の響きが緊張感を紡ぐ中、四角く照明を当てた床の上で佐東と沖がしなやかに腕を操り、上体をくねらすシーンで始まった。やがて左右から他のダンサーたちが加わり、ソロやデュオ、アンサンブルとフォメーションを変えながら、たゆたうように踊り繋いでいった。独奏ヴァイオリンが入る〈ノスタルジア〉になると、身体の振りはより強度に、床の移動もより大きくなっていった。身体を激しく痙攣させるような振りこそなかったが、重心を自在に動かして身体を躍動させ、上体や腕を波打つようにたわめて動かすといった勅使川原ならではの身体表現が際立ち、武満の求心的な音楽に寄り添った密なステージが繰り広げられた。全員が同じ振りで踊るシーンがあったが、腕の角度や身体の曲げ方などに微妙な違いを生んでいたのが興味深かった。異なる楽器が同じ旋律を奏でて協和するように、ダンサーたちはそれぞれの"個"をのぞかせながら協和しているように感じられた。「ないことは何か」という深遠なテーマまでは分らなかったが、風が吹き、雲が流れ、時が移ろうといった自然の営みを、目で見える身体の動きで繊細に綴った一篇の詩として味わい深かった。長年KARASで踊り続け、今回も静謐なソロでオーラを放った佐東の演技は別格として、クラシック・バレエとは全く勝手の違う勅使川原メソッドを、短期間でここまで習得した東京バレエ団のダンサーたちはさすがと感心した。今回の得難い体験が他の作品でどう活かされるのか、見続けたいと思う。

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『雲のなごり』に先立って上演されたのは『セレナーデ』(1935年)。渡米したバランシンが自ら創設したアメリカ初のバレエ学校の生徒ために振付けたというだけに、クラシックの基礎的なステップが中心だが、抒情性豊かに提示され、また生徒が倒れるという稽古場での出来事もそのまま織り込まれている。昨年、バレエ団がレパートリーに加えたばかりだが、楚々とした女性群舞は美しく整い、川島麻実子と秋元康臣のペア、上野水香とブラウリオ・アルバレスのペアも流れるように踊っていた。
最後を締めたのは、ベジャールが鹿の交尾の映像に喚起されて創作したという『春の祭典』(1959年)。前半の男性陣による野性の目覚めを匂わせる荒々しい群舞から、女性群舞で始まる後半で、男女が激しくぶつかり合い、性の交歓へとなだれ込む劇的な展開は迫力満点。初日に生贄役を務めた樋口祐輝と伝田陽美は共に初役だそうだが、的確に演じていた。繰り返し上演してきた作品だが、若いダンサーが増えたせいか、全体に野性味というか獣性が薄まったような印象を受けた。それでも、終盤に向けての音楽と振付のパワーに圧倒されずにはいられなかった。以上の3作品、極めて異なるテクニックや表現スタイルが求められるにもかかわらず、それを一回の公演に収め、鮮やかに踊り分けてみせたバレエ団の力量には改めて感心させられた。
(2019年10月26日 東京文化会館)

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