開幕直前!Kバレエカンパニー『マダム・バタフライ』リハーサルレポート 儚くも強い「蝶々さん」のはばたき

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

9月27日、Kバレエカンパニーの新作『マダム・バタフライ』がいよいよ開幕する。これに先立ち、9月11日に東京・小石川のスタジオで公開リハーサルが行われた。

まずはバタフライ(矢内千夏)とピンカートン(堀内將平)による「初夜のパ・ド・ドゥ」から。リハーサル開始の前に、熊川哲也芸術監督が自ら、作品の背景や場面について語った。

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舞台は、開国間もない明治の長崎。生家が没落し、遊女見習いとして遊郭に身をおいている15歳の少女バタフライは、アメリカの海軍士官ピンカートンと恋に落ち、彼の家に嫁いでくる。この結婚がつかの間のものとは知らない彼女は、ピンカートンに生涯の愛を誓い、キリスト教に改宗してアメリカ人として生きることを決意する。そこへ、おじで僧侶のボンゾウが現れる。「ボンゾウは、バタフライの結婚と改宗にと怒り狂って、婚礼の宴を見るも無惨に崩壊させてしまう。二人を祝福しに集まった街の人たちや親戚一同はみんないなくなって、杯やとっくり、いろんなものが散らばってる――今からやるのは、そんな中、バタフライとピンカートンが初夜を迎えるシーンです」
臨場感あふれる熊川の解説を引き継ぐように、矢内と堀内がスタンバイする。矢内は床に座り込み、きゃしゃな肩を震わせている。実際に泣いているわけではないのだが、こらえようとすればするほど、全身から悲しみがあふれ出すかのようだ。一方、堀内のピンカートンは、そんな彼女をどう慰めてよいかわからず、困り切った様子。正座したバタフライを持ち上げては、置き直す。バタフライは置かれるがまま、折り目正しく正座の向きを変えるだけ。堀内の動きには「面倒だな」「早く機嫌を直してくれないかな」というような身勝手さもかすかに感じられる。

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やがて、音楽が夢見るようなやさしい旋律に変わり、堀内はそっと腕を差し出して「踊ろう」と誘う。まさに風に乗る蝶のごとく、ゆったりとリフトされる矢内の身のこなしは、しだいに明るくのびやかになってゆく。とはいえ、腕を真上に上げたり、脚を大きく振り上げたりすることはなく、動きはすべて着物が美しくなびくような角度に抑えられている。すべてを「内」に秘める日本的な所作と、開放的なバレエの動きの絶妙なブレンド。それが、武士の家に生まれ育ちながらアメリカ人として生きようとする、バタフライというキャラクターにぴったりと合っている。

尚、熊川は長崎で、バタフライと同じような立場にあった女性たちの写真を見たエピソードについて、こう語っている。「外国人の将校は笑っているけど、彼女たちは笑っていない。ただ凛としている。それを見て、最初何ともいえないさみしさを感じてしまったんだ。でも、この人たちはいたしかたなくその状況にいた気の毒な女性じゃない、ちゃんと信念をもって生き抜いたんだと思い直した。そうしたらその顔が非常に美しく見えてきた」。熊川の思いにダンサーが答えてこの絶妙な表現になったのだと思わせられる。

最後に堀内は矢内の肩を抱き、二人は互いに頭をもたせあう。温かな幸福感にあふれたエンディングだが、この後の悲劇を想像すると切ない。このパ・ド・ドゥについて、矢内は次のように語った。
「おじに縁を切られたのはすごく悲しいし、将来が不安で。心の中にはいろんな感情が渦巻いているんですが、当時の女性たちのように、それをぐっとこらえることで伝えられるものがあるんじゃないかなと。本番でも、その場で生まれる感情を大切に表現していけたらと思います」。

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続いて「花魁(おいらん)道中」。長崎に赴任したばかりのピンカートンが遊郭を訪れ、華やかな花魁(最高位の遊女)の行列に心を奪われるシーンだ。
きらきらとした装飾音符が印象的な美しい音楽とともに、遊女たちがかざす色とりどりの扇子に包まれて、花魁(山田蘭)がゆっくりと近づいてくる。高下駄を履いた花魁独特の足運びだが、山田の足下はもちろんトウシューズだ。脚を内向きに回しては、トウですっと立つ。これを繰り返して進みつつ、ピンカートン(堀内)に妖艶な流し目を送る。堀内は「悩殺された!」というようによろける。遊女たちの扇子は、天女を包む雲のようにも見える。ピンカートンはこの後、桜の枝をかざして無邪気に踊るバタフライと出会い、心惹かれるという流れだ。
「日本人の中に一人だけアメリカ人がいる、というシーンが多いので。立ち方をちょっと偉そうにしたり動作をオーバーにしたりして、動きで『違い』が見えるように気をつけています」と堀内。

尚、この花魁道中の音楽は、熊川が『マダム・バタフライ』のバレエ化を決意するきっかけになった曲だという。「プッチーニの音楽が素晴らしいから、よけいな振りはいらない。それと素晴らしいダンサーたちが創作意欲をかきたててくれた。舞台装置や衣裳も、完成度がすごいよ。本番では、完璧とは何かをお見せしたい」と、熊川は力強く語った。

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神楽坂イベントの模様

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さらに13日には、神楽坂芸者衆をスタジオに招いて唄や三味線、日本舞踊を披露してもらい、バタフライが身をおいた当時の日本文化に触れるという特別イベントが開催された。神楽坂選りすぐりの芸者衆が「佃流し」「さわぎ」「辰巳よいとこ」という3つの日本舞踊を披露。Kバレエカンパニーは『マダム・バタフライ』から2つのシーンを披露した。このイベントにはKバレエカンパニーの全ダンサーが出席し、「一生が修行」だという芸者衆の優雅な舞や立ち居振る舞いを真剣な眼差しで見つめた。日本の美を描くからには本物に触れなければ――そんな心意気を感じさせるイベントである。

日本人である自分たちが、バレエという西洋文化を通して、日本の美をどう描くか。熊川哲也とKバレエカンパニーのダンサーたちが出した答えが、間もなく明らかになる。舞台の隅々まで見どころにあふれ、瞬きを許さない公演となりそうだ。

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神楽坂イベントの模様

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Tetsuya Kumakawa K-BALLET COMPANY Autumn 2019

『マダム・バタフライ』
2019年9月27日(金)〜29日(日)Bunkamuraオーチャードホール
2019年10月10日(木)〜14日(月)東京文化会館
2019年4月6日(土) 一般発売開始
チケットスペースTEL:03-3234-9999
http://www.k-ballet.co.jp/performances/2019madama-butterfly.html

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