『マダム・バタフライ』は実在した? 熊川哲也がバレエで描く日本の美

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

設立20周年を迎えたKバレエカンパニー。20年の集大成として制作された全幕バレエ『マダム・バタフライ』が、9月27日にいよいよ開幕する。
これに先立ち都内ホテルで行われた記者発表では、芸術監督の熊川哲也とプリンパルたちが、この作品にかける思いと見所を語った。

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熊川監督が日本を舞台とした作品を手がけるのは、今回が初めてだ。マダム・バタフライを演じる矢内千夏、成田紗弥、中村祥子の三人は、華やかな和装で登場。熊川が「今回、非常に悩み苦しんだ」と語るのは、体も心も「外へ」と開いてゆくバレエと、「内へ」の方向性をもつ日本の文化をいかに融合させるかだったという。
「バレエの継承者であるわれわれが、日本人として、いかに忠実に<イン(内向き)>のカルチャーと向き合うのか。今日は、バタフライ役のダンサーたちも、すてきなお着物で、脚を内股にして静かにしてますけど、ふだんはドレスで、脚をバッと開いて踊ってますからね。テクニックは純然たるクラシック・バレエだけれど、日本文化をスピリットとして取り入れたい」。
バレエと、人間国宝の能楽師、梅若玄祥を招くなどして研究した「和」の動き。相反する要素を融合させた今回の振付について、熊川は「素敵ですよ」と強い自信をのぞかせる。

さらに見所については「僕はこの物語をノンフィクションだと思っている」と語った。
制作に先立ち、熊川は作品ゆかりの地・長崎を探訪。研究者に話を聞きながら、グラバー邸、出島、外国人墓地などを訪ねるうち、強いインスピレーションを得たという。
「グラバーさんとおつるさんのような、ボーダーを超えた愛もたしかにあった。その一方で、長崎に寄港する欧米の海兵たちと日本女性の関係も事実としてありました。海兵にとってはつかの間のアバンチュールです。フランスの海軍士官で作家のロティは、長崎での体験を元に『お菊さん』という本を書きました。米国人作家のロングは、宣教師の妻として長崎にすんでいた姉から、そのような日本女性たちの話を聞き、『お菊さん』の話を下敷きに、よりロマンティックな愛の物語として『蝶々夫人』を書いたと。それが、今回お会いしたプロフェッサーの意見でした。僕は感動して涙が出かかった。その時代を生きた女性と、一瞬交流ができた気がする」。

実在した日本女性の魂を踊ってほしい、と熱く語る熊川。今回、ファーストキャストを務める矢内千夏は、「日本人だからこそ感じ取れる心情や繊細な動きを、大切に表現していけたら」と語った。熊川は「千夏は、まるでバレエの申し子のように、バレエの世界に入れるダンサー」と手放しの賛辞を惜しまない。
5〜6月の『シンデレラ』で主役デビューを果たしたばかりの成田紗弥は、「国籍や身分の違いを越える愛を、どうステップや音楽に乗せて表現できるかが難しいところだと思います」と語る。

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マダム・バタフライと、遊郭のスターである「花魁(おいらん)」の二役を務める中村祥子は、「蝶々夫人と自分の間に一致する部分がなかなか見つからず、ぎりぎりまで悩むと思います」と本心を明かした。「祥子さんは、心身ともに美しく完成され、今まさに充実の時を迎えています。彼女が踊る蝶々夫人は、たぶん誰も見たことのない新しい形になる」と、海軍将校ピンカートンとして中村の相手役を務める宮尾俊太郎は語る。また、ピンカートン役について、宮尾は「ひどい人物であればあるほど、蝶々夫人の悲劇が引き立つと思いますので、客席からブーイングをもらえるように頑張ります」と語った。

宮尾は今回、振付助手としてもデビューする。熊川とともに舞台装置、衣裳、音楽など制作のすべてに関わり、アイデアを出しているという。「振付はスタジオで生まれ、作品としてできあがっていく。毎日、奇跡の連続を見ているようです。そういった瞬間に関われることが非常に嬉しく、幸せを感じますね」と宮尾。

尚、宮尾は、来年秋に演出デビューをすることが決定している。また、今シーズンが、中村祥子のプリンシパルとしてのラストシーズンになることも、9月初旬に発表された。

ベテランから若手まで、Kバレエの総力を結集して完成されつつある『マダム・バタフライ』。間もなくその全貌が明らかになる。

Tetsuya Kumakawa K-BALLET COMPANY Autumn 2019

『マダム・バタフライ』
2019年9月27日(金)〜29日(日)Bunkamuraオーチャードホール
2019年10月10日(木)〜14日(月)東京文化会館
2019年4月6日(土) 一般発売開始
チケットスペースTEL:03-3234-9999
http://www.k-ballet.co.jp/performances/2019madama-butterfly.html

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