個性豊かなダンサーの卓越した演技を堪能した、〈フェリ、ボッレ&フレンズ〉Bプログラム

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

〈フェリ、ボッレ&フレンズ〉〜レジェンドたちの奇跡の夏〜

【Bプログラム】『フラトレス』(『ドゥーゼ』より)ジョン・ノイマイヤー:振付・装置・照明・衣裳、ほか

希代のバレリーナ、アレッサンドラ・フェリとイタリアの国民的スター、ロベルト・ボッレを核に、名だたるダンサーを加えたガラ公演〈フェリ、ボッレ&フレンズ〉。Aプロでは、マーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフのために創作された『マルグリットとアルマン』(フレデリック・アシュトン振付)の全編をフェリとボッレが踊るのをメインに、多彩な現代作品が取り上げられた。Bプロでは、現代最高峰の振付家の一人、ジョン・ノイマイヤーが、フェリを主役に創作した『ドゥーゼ』より『フラトレス』と、ボッレを主役に創作した『オルフェウス』よりのパ・ド・ドゥを含め、7演目中4演目がノイマイヤー作品で占められており、"ノイマイヤー・ガラ"と言って良い内容だった。しかも『フラトレス』上演のために、ノイマイヤーが自ら手勢のハンブルク・バレエ団の男性ダンサーを引き連れて来日し、指導するという力の入れようだった。
"フレンズ"として出演したのは、Aプロにも参加したハンブルク・バレエ団のペア、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコ、アメリカン・バレエ・シアターで活躍したマルセロ・ゴメス、東京バレエ団の上野水香、Bプロだけ参加のハンブルク・バレエ団のカーステン・ユング、アレクサンドル・トルーシュ、カレン・アザチャン、マルク・フベーテという顔触れだった。

第1部の幕開きは『バーンスタイン組曲』。ノイマイヤーがレナード・バーンスタインの音楽に振付けた『バーンスタイン・ダンス』(1998年)の中から4曲選んで組曲として構成したもの。1曲目ではポニーテールに結ったアッツォーニがトルーシュとユングを相手に溌剌と楽しげに踊り、2曲目ではトルーシュが若さの弾けるようなジャズっぽい踊りを見せ、3曲目では、フェリがロングドレスから美しい甲をのぞかせ、フベーテとリアブコにリフトされて滑らかに踊り、4曲目ではリアブコとトルーシュがユニゾンで踊りながらそれぞれの個性を主張していた。
アメリカで生まれ育ち、少年の頃にミュージカル映画に憧れていたというノイマイヤーならではの作品で、フレッシュな印象を受けた。
ピアソラの音楽による『リベルタンゴ』は、高岸直樹が上野のために振付けたデュエット作品。ミニワンピースにハイヒールの上野がゴメスと拮抗するようにタンゴのリズムに即応してステップを踏むなど、躍動感溢れる息の合ったやりとりが展開された。

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© Kiyonori Hasegawa

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『オルフェウス』(2009年)は、ギリシャ神話の吟遊詩人オルフェウスが亡き妻エウリディーチェを連れ戻しに冥界に降りていく物語に基づき、ボッレのためにノイマイヤーが創作した全幕作品で、今回はその中のパ・ド・ドゥにより物語が紡がれた。エウリディーチェ役はアッツォーニ。ノイマイヤーは、オルフェウスをバイオリンを弾くアーティストにし、地上に戻るまで妻を振り返って見ないという冥界の王が課した条件を、オルフェウスがサングラスを掛けることで象徴させた。妻を失った夫の悲しみを伝えるボッレのソロで始まり、冥界との境界の黒い幕が上がると妻のアッツォーニが現れ、離れ離れに踊る。ボッレがサングラスを掛けると、アッツォーニとの愛おしむようなデュエットが始まった。ボッレは優しく接してくるアッツォーニをリフトし、肩に乗せてターンするが、妻を見たい気持ちとそれを抑止する心の葛藤が感じられた。アッツォーニは霊としての雰囲気をまといながら、夫に自分と向き合って欲しいという願望を募らせ、もうすぐ地上という時に夫のボッレに後ろからすがりつく。ボッレはアッツォーニを愛おしむように抱き、キスし、そしてサングラスを外す。永遠の別れを前にした踊りは底知れぬ悲しみを湛えていたが、オルフェウスの悔しさと諦念を際立たせたボッレの姿が忘れ難い幕切れだった。

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© Kiyonori Hasegawa

第2部はボッレによるラッセル・マリファント振付の『TWO』で始まった。照明で区切られた狭い四角い空間で、ダンサーが腕や上半身の限られた動きで勝負するような作品である。ボッレは均整のとれた彫像のような身体を武器に、前方に視線を定め、身体をたわめ、腕を大きく振り回す。その振り回す速度を次第に増していき、見事な光の残像を生み出していった。かつてシルヴィ・ギエムが表出した求心的で鋭利な美に比べると、ボッレの表現はやや穏やかだが、より重厚なスケールを感じさせた。
リカルド・グラツィアーノ振付の『アモローサ』は今年1月に初演されたばかりの作品で、"愛"がテーマのようだ。赤いレオタードのアッツォーニが黒いタイツのゴメスの堅固なサポートに身体を委ね、リフトされてのポーズも瞬時に決め、優しさと生々しさが入り交じったデュエットを展開した。

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© Kiyonori Hasegawa

『作品100〜モーリスのために』は、ノイマイヤーが盟友モーリス・ベジャールへのオマージュとして創作した男性2人のための作品で、1996年12月にベジャールの70歳を祝うガラ公演で初演された。ノイマイヤーの創作の意図は、使用楽曲がサイモン&ガーファンクルの「旧友」と「明日に架ける橋」ということにも見て取れる。踊ったのはボッレとリアブコ。仲良く肩を組み、戯れるようにステップを踏み、楽しげに跳びはね、同じポーズで競い合うなど、明るく爽やかなデュオを繰り広げた。個性豊かな二人だが、ボッレのおおらかな包容力とリアブコの繊細な表現が際立った。それにしても、厚い信頼に基づき、敬いながら互いに触発し合い、バレエという芸術を深め究めてきたベジャールとの強い絆が伝わってきて、胸が熱くなった。

第3部は話題の『ドゥーゼ』より『フラトレス』。『ドゥーゼ』(2015年)は、6年間の引退生活を経て2013年に復帰したフェリのため、ノイマイヤーが往年のイタリアの名女優エレオノーラ・ドゥーゼを題材に創作した全2幕の作品で、『フラトレス』はこの第2幕。女優の実人生に焦点を当てた第1幕に対して、第2幕ではドゥーゼと彼女と関係のあった4人の男たちとの死後の世界を描いているという。なおノイマイヤーは、マリシア・ハイデを主役に、彼女と4人の男性との精神的な関係を描いた小品『フラトレス』(1986年)を創作している。どちらもアルヴォ・ペルトの音楽が使われているが、『ドゥーゼ』よりの『フラトレス』に登場する男性には、3人の恋人たち("女たらし""軍人""メンター")と「観客を代表する男性」と役が記されている。演じたのは、ユング、トルーシュ、アザチャン、フベーテだった。

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© Kiyonori Hasegawa

両脇に白いカーテンが吊されたシンプルな舞台。レオタードのフェリがイスを覆う白い布をゆっくりと引いていく冒頭から、幽玄の世界に引き込まれた。ゆったりと歩を進め、イスに腰掛け、真っ直ぐ腕を伸ばすといった、何気ないフェリの一挙手一投足がこの上なく繊細で儚げに映るから不思議だ。白いパンツ姿の男たちは、一列に並び、互いの背に乗り、重なり合い、フェリを抱きかかえ、絡みもし、皆で彼女を頭上高く掲げもすれば、舞台を駆け巡りもし、脈絡なく踊り繋いでいった。誰がどの役なのかは分らなかったが、みな慈しみをもってフェリに接していた。静謐な時間が流れる中、雪が降りしきるシーンもあった。リフトされてフェリが取るポーズは崇高なまでに美しく、フェリも男たちも触れ合うことで魂を浮遊させ浄化させていくように映った。俗世から離れた透徹した世界が舞台に広がり、静かな感動を呼んだ。それにしても、Bプロで上演されたノイマイヤー作品の個性の豊かさ、洞察力の鋭さ、表現力の確かさに改めて感銘を受けた。

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© Kiyonori Hasegawa

今回の〈フェリ、ボッレ&フレンズ〉だが、ガラ公演にありがちな名作の抜粋や定番の古典のパ・ド・ドゥを並べたプログラムではなく、ダンサーたちが踊りたい作品、彼らの個性が輝く作品を選んで臨んでいる。おかげでダンサーの卓越した演技が堪能できただけでなく、身体の可能性に挑む作品や人間の有り様を探る作品に触れることができ、バレエ芸術の幅広さ、奥深さを改めて実感した次第である。
(2019年8月3日 文京シビックホール)

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