吉田都らしいバレエ芸術への心のこもった深い愛を感じさせた "Last Dance"
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
「NHK バレエの饗宴」特別企画
吉田都引退公演 "Last Dance" 吉田都 他
©Kiyonori Hasegawa(すべて)
1984年にサドラーズ・ウエルズ・ロイヤル・バレエ団(現英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)に入団、88年にプリンシパルに昇格、1995年には英国ロイヤル・バレエ団に移籍し、英国で22年間にわたりプリンシパルとして活躍。以後、日本に活動の場を移しフリーのバレリーナとして、バレエ界に啓示を与え続けてきた吉田都の引退公演が、「NHKバレエの饗宴」特別企画として開催された。
出演したダンサーは、吉田都が英国ロイヤル・バレエ団にプリンシパルダンサーとして移籍してすぐにパートナーを組んだイレク・ムハメドフ、英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル、フェデリコ・ボネッリ、平野亮一、ヤスミン・ナグディ、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパル、平田桃子、英国ロイヤル・バレエ団ファーストソリスト、ジェームズ・ヘイ、ヴァレンティーノ・ズゲティ、ソリストのミーガン・グレース・ヒンキス、さらには日本の新国立劇場バレエ団をはじめ6つのカンパニーから、有数のダンサーたち。
プログラムは、世界の舞台で長く輝かしいキャリアを重ねてきたバレエ人生で、バレリーナ、吉田都の心の琴線を触れたと思われる演目が中心。だがもちろん、大向こう受けを狙ったような作品は全く見受けられず、吉田都のバレエの心を素直に表したヒューマニティを美しく表す演目で構成されていた。
「シンデレラ」 © Kiyonori Hasegawa (すべて)
まずは、世界中で愛され踊り続けられているアシュトン版『シンデレラ』第3幕の夢から醒めたシンデレラが、貧しい服のよれよれのスカート中から、夢で王子と踊った美しいトゥシューズの片方を見つけるまで。その貧しい服の中で輝くトゥシューズこそ、吉田都というバレリーナが一人英国に渡って、厳しい稽古に励み、心を込めて誠実に尽くして初めて得ることができた宝物だろう。
「シンデレラ」
「Flowers of the Forest」
続いて『Flowers of the Forest』から"Scottish Dance"。デヴィッド・ビントレー振付作品だが、この演目は私たちが吉田都と同時代に生きていなければ、目にすることのできなかった可能性が高い珠玉のバレエだ。全体はマルコム・アーノルドの「Four Scottish Dances」とベンジャミン・ブリテンの「Scottish Ballad」による一幕二場構成。ここではアーノルドの曲に振付けられた「Scottish Dance」が踊られた。スコットランドの民族舞踊に基づき、デュエットやトリオなどで構成し、酔っぱらいの踊りなどのユーモアもまじえて、庶民の生活を彷彿させるダンス。これが後半描かれるスコットランドの戦士たちの悲しみと、深いコントラストを描くことになる。池田武志、渡辺恭子、石川聖人、石山沙央理、塩谷綾菜、高谷遼の、この演目を日本初演したスターダンサーズ・バレエ団のダンサーたちが踊った。
「Flowers of the Forest」
続いて『タランテラ』。ゴットシャルクの曲(ハーシー・ケイ編曲)に、バランシンが振付けた傑作。この演目を見て踊りの道に進むことを決めた人もいるくらい、魅力的なパ・ド・ドゥだ。「毒蜘蛛に噛まれた人が毒を汗で絞り出そうとして踊る」などともいわれる。タンバリンを持って休まず一気に踊りきるダンス。ミーガン・グレース・ヒンキスとヴァレンティーノ・ズケッティの英国ロイヤル・バレエ組の踊りだったが、流れの流麗さを表そうとする様式を尊重していて、激しく弾けるような魅力は少し弱かった。やはり、バランシンの要求するスピーディーな動きは、SAB(スクール・オブ・アメリカンバレエ)時代から訓練を重ねたダンサーによって作られるものなのかもしれない。ただ、バランシン自身はこうしたスタイルは、ロイヤル・ヴァージョンとして認めていたとも言われる。
「タランテラ」
「アナスタシア」
『アナスタシア』はマクミランの3幕構成のバレエ。ロシア皇帝ニコライ2世一家は全員がボルシェヴィキーに処刑されたといわれたが、なかなか遺体が発見されず調査が続けられていた。ある日「私はニコライ二世の娘アナスタシア」と名乗る女性が現れ、係累で複雑に繋がっているヨーロッパ王族をまきこんで大騒ぎとなった。もし、生き残った本人であれば遺産相続など大問題となる。この事件をめぐっては、BBCが綿密に調べたドキュメンタリーを制作したし、イングリッド・バーグマンとユル・ブリンナー主演により『追想』と題されて映画化された。バーグマンはアカデミー女優主演賞を受賞している。
このロシア皇帝の娘アナスタシアを題材とした、マクミラン振付のバレエは全3幕仕立て。ここでは、第2幕のアナスタシアが社交界にデビューした舞踏会のシーンから、ニコライ皇帝の愛人だった帝室マリインスキー劇場のトップバレリーナ、マチルダ・クシェシンスカヤのパ・ド・ドゥが踊られた。初めての舞踏会で社交界にデビューしたアナスターシャが、愛と権力と欲望が渦巻く別世界を垣間見るところだ。平田桃子がジェームズ・ヘイと踊ってクシェシンスカヤに扮し、ロシアの宮廷文化を彩ったプリマ・バレリーナ・アッソルータのテクニックとパーソナリティを感じさせる踊りを披露した。
「誕生日の贈り物」
「誕生日の贈り物」
『誕生日の贈り物』は、サドラーズ・ウエルズ・バレエ(後に英国ロイヤル・バレエとなる)の創立25周年記念公演のために、アシュトンが振付けたセレブレイション・バレエ。音楽はグラズノフの「四季」他を当時カンパニーの音楽監督だったロバート・アーヴィングが編曲している。マリウス・プティパが完成した古典様式へのトリビュートとして、エポールマンなどのアシュトン独特の装飾を施したもので、7人のバレリーナとパートナーが、特徴のあるヴァリエーションを踊る。7組(島添亮子・福岡雄大、米沢唯・井澤駿、渡辺恭子・池田武志、永橋あゆみ・三木雄馬、沖香菜子・秋元康臣、阿部裕恵・水井駿介)が登場。吉田都はフェデリコ・ボネッリとともに、英国を代表するバレリーナだったマーゴ・フォンテーンのために振付けられたパートを初めて踊った。細やかなステップとアシュトンらしさの表れた華やか動きが印象に残った。自らの引退公演に"誕生日の贈り物"の初めてのパートを踊る、ということは、自身を育んでくれた敬愛する英国バレエへのウィットの効いた、感謝の表明あるいは愛の告白とも取れるなかなか洒落たプログラミングである。
「誕生日の贈り物」
休憩の後は、ピーター・ライト版『白鳥の湖』第4幕から。次期新国立劇場バレエ団の芸術監督となる吉田都が、先日、最初の演目として選び、2020年10月に上演されるバレエである。ピーター・ライト作品らしく、オデット(吉田都、ジークフリートはボネッリ)の心がくっきりと浮かび上がる的確な演出が感じられた。
「白鳥の湖」
「ドン・キホーテ」
『ドン・キホーテ』グラン・パ・ド・ドゥは、新国立劇場バレエの米沢唯と東京バレエ団の秋元康臣。落ち着いて躍動感があり客席を圧倒するような力のあるパ・ド・ドゥだった。米沢は吉田都のアドバイスを受けて成長したダンサーの一人、とも聞く。
『リーズの結婚』第2幕から。英国ロイヤル・バレエのミーガン・グレース・ヒンキスとヴァレンティーノ・ズケッティが踊った。第2幕の結婚のパ・ド・ドゥ。英国らしいユーモアをアシュトンのきめこまやかなセンスで味わいを深め、観客が幸せな気持ちに満たされるようなパ・ド・ドゥだった。
「リーズの結婚」
「シルヴィア」
続いてビントレー振付の『シルヴィア』。これは1993年に英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団にビントレーが振付けた時、吉田都とケビン・オヘアが初演を主演したもの。その後2009年に改定され、2012年に新国立劇場バレエ団でも上演された。新国立劇場バレエ団で初演した際のキャスト、小野絢子(シルヴィア)と福岡雄大(アミンタ)が、再会し愛を得たグラン・パ・ド・ドゥを踊った。ローマ神話のキャラクターに託した、人間性の魅力をよく理解し、巧まざるユーモアが込められた振りを現した見事なパ・ド・ドゥだった。
そして『くるみ割り人形』グラン・パ・ド・ドゥは、ピーター・ライトのヴァージョン(レフ・イワノフ版に基づく)。英国ロイヤル・バレエのプリンシパルのヤスミン・ナグディと平野亮一が、堂々と豪華に踊った。ヤスミンの華麗なテクニックが輝くように映えた。
「くるみ割り人形」
「ミラー・ウォーカーズ」
そしていよいよ最後の最後は、ピーター・ライト振付の『ミラー・ウォーカーズ』よりであった。このバレエは1963年、ピーター・ライトがシュツットガルド・バレエに所属していた時に振付けられたものだそうだ。バレエダンサーたちが四六時中向き合っているスタジオの鏡。その鏡の中に永遠に塗り込められたダンサーたちとの触れ合いをモティーフにしている。
吉田都と踊ったのは、イレク・ムハメドフ。彼はボリショイ・バレエのスター・ダンサーとしてグリゴローヴィチの『スパルタクス』や『イワン雷帝』『黄金時代』などに主演していたのだが、1990年突如、英国ロイヤル・バレエに移籍した。ムハメドフは、ここでマクミランと出会って、見事ロイヤル・スタイルのダンサーとして多くの優れた舞台を残した。95年に英国ロイヤル・バレエのプリンシパルとして入団した吉田都が、しばしばパートナーを組んで踊り、深い印象を得たダンサーである。かつてのムハメドフは、エネルギーの湧き上がるような力感のみなぎる踊り手だったのだが、ここでは静かなデュエットを踊った。それはあたかも、吉田都というバレリーナの何もにも代え難い素晴らしい踊りを永遠に鏡の中に封印する、という荘厳な儀式を執り行う神官のようにも見えた。
(2019年8月7日 新国立劇場 オペラパレス)
カーテンコール © Kiyonori Hasegawa(すべて)
「『NHKバレエの饗宴』特別企画 吉田都引退公演 Last Dance」放送予定
BS4K :10月7日(月)午後8時〜、10月14日(月)午前10時〜(再放送)
BSプレミアム:日時未定
※放送日時・内容などに変更が生じる場合があります。
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