ヤスミン・ナグディ =インタビュー「信じてくれる人の元でこそ、より良く力を発揮できます」

ワールドレポート/東京

インタビュー=矢沢ケイト

英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルを務めるヤスミン・ナグディ。6月のバレエ団来日公演、吉田都引退公演、英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン『ロミオとジュリエット』と、今年は舞台や映像でひっきりなしに来日し、日本のバレエファンを楽しませてくれている。
7月末には、彼女自身をロイヤルへ導いたという、故ゲイリーン・ストック元英国ロイヤル・バレエスクール校長を偲んで東京で開催されているワークショップ「ゲイリーン・ストック メモリアル アワードGSMA 2019 サマー インテンシヴ」で、ユースたちの指導にあたった。
ダンサーとして、そして指導者としてのナグディのインタビューを、指導の様子を合わせて紹介したい。

1_DSC00794.jpg

© Dance Cube

見学したのはヴァリエーションクラス。扇子を振りながら、今か今かと待ちきれない様子の受講生たちの課題曲は、『ドン・キホーテ』第3幕のキトリのヴァリエーションだった。
ヤスミン・ナグディがまず初めに取り組んだのは、キトリのキャラクターについての意見交換。受講生たちに挙手させて意見を聴きながら、エネルギッシュで情熱あふれるキトリのキャラクターが、これから習う振付にどう繋がっていくか、と問いかけたことで、受講生たちの顔つきが引き締まり、リハーサルへぐっと引き込まれていった。

----初役に挑戦する際、まず初めに何をしますか。
ナグディ 踊る役が決まったら物語性の強いものか、コンテンポラリーか、振付家は何を表現したいのかなど、まずは作品全体の性質を把握します。そしてその後、少しリサーチをします。ストーリーバレエの場合は、原作の本を読んだり、関連する映画を見て解釈を考えたり、過去の公演のDVDを見たり。それからスタジオに入って、振付を正確に覚えます。視覚的にステップを知っておくことは、とても役立ちます。

----そういったプロセスを、今日の受講生たちにも伝えていたのですね。
ナグディ 考えることは、受講生たちにとっても大切だと思います。白鳥のような動物の役だとしても、彼女は白鳥であると同時にお姫様です。テクニックはもちろん大切ですが、パーソナリティの理解はもっと重要です。観客の目線になってみれば、ただ高度な技術を披露するダンサーよりも、役柄のパーソナリティを伝えられるダンサーにより魅了されると思います。劇場に来る人は感動を求めて普通の生活から抜け出したいと思い、別の世界にワープしたいはずです。だからこそ役柄の表現の大切さを、この年代から理解することは非常に重要です。

----あなた自身はいつ、そのような考えを得ましたか。
ナグディ 大半は作品に出ることで学んだと思います。経験のないうちは安全策をとりたくなるので、親しみのある楽な方向に行きがちですが、年齢を重ねて経験を得ることで、リスクを取るようになりました。学ぶことから、"遊び"ができるようになるのです。
なので私は、生徒たちに自分を信じてリスクをとってほしいと思っています。
これが、私が指導する際、「失敗してもいいのです」と言っていることに繋がっています。
これをやれば間違っていない、ということだけで済ませていると、コンフォートゾーンから抜け出せないからです。リスクを取ることで、より早く学んでほしいのです。

2_DSC00694.jpg

あえて、カルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』を選択したところに、英国ロイヤル・バレエの今を伝えようとするナグディの志が垣間見えた。

----英国ロイヤル・バレエ団でも2018年から『ドン・キホーテ』のヴァージョンが変わり、今日の教材として選んだのも最新のアコスタ版でしたね。
ナグディ そうなんです。英国ロイヤル・バレエ団は、伝統に関して責任がある一方で、21世紀のお客様に対して、最新で時代に沿った作品を上演する必要もあリます。だからこそ、新作やコンテンポラリー作品も上演します。マクミラン作品や『眠れる森の美女』といった英国ロイヤル・バレエにとって象徴的な作品を守ることは、伝統を生き続かせるために必要です。バレエが、"死にゆく芸術" にならないように、常に時代に沿った新しい作品も紹介することが必要です。古典とコンテンポラリーの両方を、バランスを取りながら上演できることがラッキーです。

----バラエティに富んだ作品をこなすことは、バレエ団にどのような影響がありますか。
ナグディ 過去の作品と現代の作品をミックスさせることで、ダンサーも多様化しました。
ロイヤル・バレエスクールを卒業したダンサーもいれば、公演ごとに外部から参加したり、コンクールを経て入団するダンサーもいます。ロンドンは、コスモポリタン都市なので、とてもインターナショナルですし、同様に、バレエ団自体もタイプの異なるダンサーと、異なる作品を持っています。全員が同じロボットみたいだったら、つまらない。違ったパーソナリティ、考え方、エネルギー、これらが混ざり合って生まれる多様性が、バレエ団を興味深くしていると思います。きっと誰か、好きなダンサーが見つかる、そんなバレエ団になっていると思います。また、クラシックとコンテンポラリーの両方をレパートリーに持っていることで、今日はポアント、明日はソックス、など毎日に変化があります。

繰り出されるお手本の数々は、実に見事。楽しそうにこなすナグディは、20人以上の大勢の受講生たちを背中でリードしながら、振り写しをさらりと終わらせた。英語が伝わらない生徒もいたはずなのに、どんな言葉よりも、彼女の動きから多くを学んでいるようだった。

----英国ロイヤル・バレエスクール在学中は、どのようにしてヴァリエーションを習いましたか。
ナグディ 公演やDVDを見ていました。ダンサーは視覚的記憶に優れています。クラスで順番を覚えているのと同じです。視覚的な記憶と音楽が大切です。ロイヤル・バレエスクールでは、ローワースクール時代でもアッパースクール時代でも、バレエ団の公演をみる機会が多くあり、助けになっていたと思います。
また歴史を学んで、とり入れるポイントを学ぶことも大事です。ロイヤル・バレエスクールでは、ダンス・スタディという授業があり、多くの振付家や作品に関して学びました。歴史無くしては現在はないからです。クラシック・バレエのスタイルは、時代とともにとても発展し、テクニックの難易度も、ダンサーの体の条件も、求められるハードルがどんどん高くなっています。そんな中で、私は最近、『火の鳥』(フォーキン振付、火の鳥役2019,6)を踊りました。たくさんジャンプがあって、昔よりも高い期待がありましたが、この作品は演劇性がすべてで、物語を伝える作品です。その点では過去を振り返ることが大事だと考えました。英国ロイヤル・バレエが積み上げてきた遺産から、昔はどうやっていたかを知って、現代の自分のパフォーマンスに役立てることができたのです。

3_DSC00762.jpg

指導中には、日本が大好きだという彼女らしく、ときおり日本語も織り交ぜられ、受講生たちの緊張もほぐれていた。英語のシャワーの中に聞こえる「はい ! 」「すごい ! 」という褒め言葉に、受講生たちの嬉しさがよりいっそう増しているようだった。

----クラスでは、日本語を混ぜていましたね。これは、あなた自身が外国の先生の教えを受けたときにヒントを得たことでしょうか。
ナグディ 数年おきに日本に来るうちに、覚えやすい単語は習得したのだと思います。私が日本語を喋ると、受講生たちは笑ったりリラックスしたりするんです。スタジオをストレスだらけのような環境にはしたくありません。エネルギーに溢れて、ポジティブな姿勢になれる雰囲気を作ることがとても大切だと思います。
知らない先生が来ると、変なことしたら叱られるかな、と、恐怖心が前に出てしまうことが多々ありますが、私は、スタジオこそが失敗をする場所だと考えます。同時に、スタジオは、間違ったところを先生が直してあげる場所です。そうすることで、舞台に立つときまでには、注意点などが身についているはず。私は生徒たちに、そうやって学んでほしいので、エネルギーに満ちたポジティブな環境を作りたいのです。受講生たちはリラックスすると、もっと力を発揮するように思います。

----そのようにリラックスして、失敗しながらも学んでいくというスタイルは、ロイヤル・バレエスクールで学んだことでしょうか。
ナグディ リラックスと言っても、スタジオの後ろでくつろいでいるのとは違います。私が生徒だった時は、厳しい先生に教えてもらうことが好きでした。努力を促すことは必要だけれども、怖がらせるのとは違います。自分を追い込むことは良くても、ストレスに潰されてはなりません。このバランスを探すことが必要です。

----厳しい先生に教わるのが好きということでしたが、ゲイリーン・ストック先生はどのような教え方でしたか。
ナグディ ストック先生は私を誰よりも信じてくれた人です。12歳の時に、ロイヤル・バレエスクールのホワイトロッジ(ローワースクール)に招いてくれました。
彼女はいつも励ましてくれたけれども、同時に私に多くの課題を与えました。でも私は、そのおかげで一生懸命努力することができたのです。私を信じてくれる人がいることは、私に自信を与えてくれて、その信頼があるとよりいっそう頑張れました。私は信じてくれる人の元でこそ、より良く力を発揮できるのです。
"彼女が信じてくれているから、がっかりさせちゃいけない。信じ続けてもらえるように頑張らないと" と思っていました。特に心に残っている思い出は、彼女の目です。彼女は、生徒たちが次のレベルに進むまでに何が必要かを、正確に見抜きます。そして優しくて 寛大な女性です。
彼女がいなかったら、私はここまで来られなかったでしょう。16歳と17歳の時、特によく教えてもらいましたが、その頃は、私がカンパニーでやっていけるように準備させてくれました。彼女のことを心から尊敬しているし、彼女の導きに本当に感謝しています。

肩の使い方、5番、グランパディシャの前脚のキックなど、基本的なポイントを一通り教え終わると、もう一度受講生たちと輪になり、意外なことを話し始めた。「ヴァリエーションで大事なことは?」という問いかけに、ナグディが用意した答えは、「呼吸」であった。呼吸を意識してもう一度全体をおさらいした時の受講生たちの踊りには、自然に、緩急や強弱がついていた。テクニシャンな彼女の秘密を1つ教えてもらったような気分だろう。クラスの終わりには、全員をバーにつかせて、ふくらはぎのストレッチ。「たくさんジャンプした後はケアが大切」と、キャリアを積む上でおろそかにできないポイントを、わずか1時間の中に目一杯盛り込んでいた。

----呼吸やストレッチなど、受講生たちにとっては意外だったのではないでしょうか。
ナグディ スマートに働く、ということを大事にしています。多くの場合ダンサーはもっと頑張らないと、と思っていますが、身体的にも精神的にも休息は必要です。
クラスの最後にストレッチするのは、つまらないかもしれません。けれども、クールダウンは大事です。私自身も作品の知的な解釈に、良いコンディションの身体から繰り出すテクニックを加えて、観客の皆さんの記憶に残るパフォーマンスを目指したいと思っています。

クラス後にはサインを求める列が伸びる。やはり皆の憧れのプリンシパルなのだ。憧れのナグディに貰ったヒントとサインを胸に、輝いた表情でスタジオを後にしていた。

----皆さんの憧れの的ですね。あなたご自身が尊敬するダンサーはどなたですか。
ナグディ レズリー・コリアです。長年ロイヤルのプリンシパルを務めた彼女の踊りを見て育ちました。彼女からジュリエットの指導を受けられるなんて!嬉しかったです。 あとはシルヴィ・ギエム 。彼女は身体性、パーソナリティの両面で、バレエの印象を一気に変えました。
同じバレエ団のダンサーたちも尊敬しています。バレエは競争率の高いものだし、常に頂点を目指すけれども、それは自分自身との戦いだけです。他人との戦いではない。今日より明日の自分が良くなって欲しい、そう願って、自分の改善作業に集中することが、成長を助けると若い世代にも伝えたいです。

4_DSC00787.jpg

8月23日から英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズンで、彼女がジュリエットを踊る『ロミオとジュリエット』が日本でも上映される。レッスン後に、この作品について少し話してくれた。

----リハーサルで印象的だったことは何ですか。
ナグディ レズリーがジュリエット役のコーチをしてくれたことです。彼女は何年も前に何度もジュリエットを踊り、マクミラン自身からも習っています。振付家と直接仕事をしたことのある人から習うことは、とても学ぶことが多いです。彼女がマクミランから習ったことを私に伝えてくれている、ということに確証が持てるから。その教えを受け継ぐことに、とても価値を感じます。
彼女はアイデアも与えてくれるけれども、私自身が「こうやったらどうだろう」と思うことを試す自由も与え、「きっと、マクミランも気にいると思う」と言ってくれるのです。マクミランは、『ロミオとジュリエット』のようにドラマ性の強い作品では、ダンサー自身が自分なりの表現を入れる自由を残してくれています。レズリーも、「こうやりなさい」と言う人ではなく、「振付はこう。でも、ストーリーとキャラクターの解釈は、あなた自身がどうやったら最善かと考えること。」と言います。こうして自分で解釈してキャラクターを作り上げることは、アーティストとして光栄なことです。

----マクミラン作品のキャラクターを表現する上で、特徴的なことはなんですか。
ナグディ 彼が作り出すキャラクターは生身の人間です。この世に実在する人は皆、人に見せてもいい面と、醜くて隠しておきたい面の両方を持ちます。辛くて泣きたいことを、美しくやっても意味が違う。彼自身が「醜くなることを恐れるな」と言ったように、本当の状況に忠実にやるべきです。愛情、憎しみ、怒り、死、そのすべてがリアルでないといけません。哲学的な考え方ですが、美しさと醜さは、互いに引き離すことができないと、思うようになりました。自分自身を信じて初めて、嬉しさ・幸せ・嘆き・悲しみ という自分の感情を、舞台上に持って行くことができるのです。振付の中でそういった感情を引き出すことが、マクミランの得意としていたことだと思います。

----『ロミオとジュリエット』を何度も踊っていくことで、変わったことはありますか。
ナグディ 人生経験を役柄に投影できることが、ダンサーという職の美しいところだと思います。実在の人間が、実際のお話を駆け抜ける、ジュリエット、マノン、マイヤリングのような役では特に、キャラクターを異なるライフステージに沿って解釈していくのです。例えば、シェイクスピアのお話には、自身の様々な人生経験を持ちこむことができます。ジュリエットの始まりは少女。となると、ダンサー自身がその年代だった頃のことを思い出さないといけません。ナイーブさ、フレッシュさ、怖いもの知らず。そういったジュリエット像を作る要素を、離さずに持っておくことが大切です。年を重ねるごとに違った経験を重ねることで、私が演じるジュリエットも毎年変わって行くはず。お客様も変化を見たいはず、と思っています。
今回もパートナーを務めたマシュー・ボールとの関係性も、毎回変わっていると思います。ホワイトロッジ時代から一緒だったので、お互いのパーソナリティは、よくよく知っています。この5年くらいで、多くの作品で組むようになり、舞台上でのお互いのこともよく理解しています。さらに、お互いが別のダンサーと組むことで得た経験も持ち寄ることで、これからも、さらなる成長を積み重ねていけると思います。

気づけば、数少ない存在となっている生粋のロイヤル・バレエスクール育ちのプリンシパル。指導者の立場に立った彼女の考えに触れたことで、卓越しているのはテクニックだけではなく、英国ロイヤル・バレエ団の特質を冷静に分析している、彼女の知性にも、また一つ驚かされた。

Gailene Stock Memorial Award
https://gsma.jp

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る