もう一度見直したいドラマとしての『ロミオとジュリエット』、英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマ シーズン

ワールドレポート/東京

矢沢ケイト

英国ロイヤル・オペラ・ハウス2018/19 シネマシーズンを締めくくるのは、マクミラン版『ロミオとジュリエット』。シェイクスピア、プロコフィエフ、マクミランという巨匠たちの融合が生み出した名作と言える。バレエファンならばきっと一度は触れたことがあるこのバレエは、クラシック作品だけでもラヴロフスキー、クランコ、ノイマイヤー、ヌレエフ、グリゴローヴィッチほか、コンテンポラリーも合わせば数えきれないほどの振付家を魅了し、数多くの作品が生み出されてきた。その中でも日本で上演される機会の多いマクミラン版が、8月23日より英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマのシリーズとして上映される。カメラワーク、インタビュー、リハーサルの協奏が実現させた独自のアプローチによって、ストーリーテリングバレエの一つの極みとしての『ロミオとジュリエット』の新たな楽しみ方が提供されている。

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© ROH, 2015. Photographed by Alice Pennefather(すべて)

主要キャストは期待の若手ダンサーたち。巧みなテクニックを誇るヤスミン・ナグディ、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』日本公演でも話題を呼んだマシュー・ボールが、それぞれタイトルロールを飾った。マーキュシオには、先日の吉田都引退公演で『タランテラ』を最後までダイナミックに踊り切ったヴァレンティノ・ズケッティ、マンドリン・ダンスでは、過日プリンシパルに昇格を果たしたマルセリーノ・サンペ、ベンヴォーリオには、昨年『ジゼル』アルブレヒト役にも起用されたベンジャミン・エラとなっていて、多くの場面で披露される爽快なテクニックからも目が離せない。まさに、今日の英国ロイヤル・バレエ団を彩る若手の質の高さを示したキャスティングであり、見ごたえ十分である。

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この数年で数々の主要な役を任され、成長を重ねてきたナグディとボールは、4年前にお互い初役として挑んだこのマクミラン版に再挑戦。ナグディは伸びやかな手足を存分に使い切って踊り、余裕さえ感じさせた。かつて振付家ケネス・マクミランは、「テクニックが見えないように踊る」ことを望んだという。普段はテクニックに注目が集まる彼女だが、この作品ではその安定感ゆえに、良い意味でテクニックが際立たなくなり、自然と感情表現に光が当たってとても良かった。彼女が描き出したジュリエットの成長は、彼女自身の成長をも明らかにしているのだった。
対してボールは、音楽が彼の味方について助けているかのように、メロディいっぱいに パ を披露した。まだすべての技術が正確ではないなかでも、守りに入らずに挑んでいく、その思いきりの良さが、彼が描くロミオのキャラクターの一部を創っていたようにも見える。サポートも見事にこなし、2人の間にドラマが生まれる余韻をつくり出していた。
2人の間に、とろけるような恋心に溢れる世界が表現されていたのは、音楽を捉える2人の姿勢が気持ちよく調和していたことが、1つの理由であろう。音楽に合わせて自分を自在に操るナグディと、音楽に身を委ねていくボール。アプローチこそ異なる2人だが、プロコフィエフが奏でる甘くて悲痛な旋律の中に、得も言われぬハーモニーを奏でていた。

この英国ロイヤル・オペラ・シネマ版の映像作品としての魅力は、見事なカット割りと編集にあるだろう。ジュリエットがマンドリンを弾いている時、ロミオのことが気になって演奏に集中できない絶妙な表情。ティボルトがマーキュシオを刺してから一転、逃げるような表情でロミオと剣を交える表情。劇場ではここまでの細部に注目することは、なかなか難しいのではないだろうか。今回の映像は、表情の細部を見事に際立たせたアングルを提供し、この作品のドラマ性に光を当てることで、これほどまでに心を打つ作品だったか、と改めて圧倒させられた。こうして物語に没頭しながら鑑賞していくと、第3幕の墓場のシーンでジュリエットが自分を刺した後に力を振り絞ってロミオに手をのばすその指先は、二人が一緒にいようともがいた、ストーリーの全貌を象徴しているように見えた。

英国ロイヤル・オペラ・シネマシーズンシリーズでお馴染みとなっている、インタビューやリハーサル映像。今回は、こうした挿入素材がとりわけ効果的に構成され、歴代の出演者が目にしてきた創作プロセスを覗き見させてもらった。中でもマクミランを直接知る人たちが明かす、彼の指導に関する思い出話は必見。デボラ・マクミランはもちろんのこと、MCを務めるダーシー・バッセル自身も加わり、ナグディ&ボールの指導にあたるレスリー・コリア、さらには舞台袖にアレッサンドラ・フェリまで招き、それぞれが経た本番やリハーサルの思い出を語っていく。中でも印象的なのは、「醜くなることを恐れるな」というマクミラン自身の言葉。この言葉を胸に鑑賞してみると、この作品に響きわたる嘆き悲しみが、マクミランがバレエにもたらした演劇的な美として見えてくる。バレエという芸術を単なる様式美ではなく、狂気するほどの強い感情の中にある美しさまでを表現する手段としてとらえた、彼の志を象徴しているだろう。この他にもフェンシング指導の解説や、小道具の仕掛けの紹介など、次に見る場面に、新たな視点を加えてくれるインタビューが満載だ。

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舞台作品を映像で鑑賞する際は、ディレクターが選んだ観点に沿って作品と向き合うことになる。それは時に、自分が思うままに目を向ける自由を奪うこともあるが、逆に、新たな着眼点を紹介してくれる機会にもなる。今回の『ロミオとジュリエット』は、まさに、その成功例と言えるだろう。日本の劇場では上演されていない作品を早々に紹介してくれることも、このプロジェクトの長所であるが、この『ロミオとジュリエット』のように英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシリーズだからこそ実現する観点が、よりいっそうの楽しみ方を提供できるような作品が、今後のラインナップとして選ばれていくことを楽しみにしたい。
何度見ても心打たれるこの至極の作品を、この夏は映画館でもう一度見つめなおしてみてほしい。

8月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか、全国で公開
http://tohotowa.co.jp/roh/
配給:東宝東和

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