クリエイティヴなスピリットが脈々と感じられる4作品が上演された、NDT13年ぶりの日本公演

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

NEDERLANDS DANS THEATER(NDT)

"Singuliere Odyssee" 「サンギュリエール・オディセ」ソル・レオン、ポール・ライトフット:振付、"Woke up Blind" マルコ・ゲッケ:振付、"The Statement" クリスタル・バイト:振付、"Shoot the moon" ソル・レオン、ポール・ライトフット:振付

NEDERLANDS DANS THEATER(NDT)が13年ぶりに来日し、4演目を上演した。芸術監督は2011年に就任したポール・ライトフット。

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『サンギュリエール・オディセ』
提供:愛知県芸術劇場 © 羽鳥直志(すべて)

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『サンギュリエール・オディセ』

最初に上演されたのは、NDT芸術監督のポール・ライトフットとアーティスティック・アドバイザーのソル・レオンが振付けた『"Singuliere Odyssee" サンギュリエール・オディセ』だった。
ヨーロッパの国際列車が行き交う国境の駅の待合室。ここにはそれぞれは無関係ながら、似たようた人たちが異なったストーリーを持って、行き交う列車を待っている。ライトフットは、この作品はEUが結成される以前の未だパスポートの提示義務があった頃の、国境に近いスイスのバーゼルの駅でインスピレーションを得たものだという。

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『サンギュリエール・オディセ』

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『サンギュリエール・オディセ』

世界大戦により深く癒しがたい傷を負ったヨーロッパの国々。さらに経済の急激で大規模な変動、絶え間のない国境紛争、そして現代の受難者とも言うべき膨大な難民たち、、、、そうした宿命を負った人々が、それぞれのアイデンティティである文化的背景とストーリーを持って、行き交う国境の駅の待合室。その空間に息づいている、刻々と変化し生まれ変わる人間たちのヴィヴィッドな表情をダンスが描いてく。
音楽はマックス・リヒター、衣装もそれぞれに異なった人たちのアイデンティティを表すものだった。ライトフットが作った動きは、極端に上半身を捻り動かすもの。捻り伸ばし絡めてニューロティックとも言うべき痙攣的な動きが特徴的に現れる。空間の色彩も豊かで、天からあるいは入口から吹き込まれるように、色とりどりの七夕祭りの短冊のような色紙が吹雪となって舞台に、次第にフロアにも積もり、観客には、万国旗の上でダンスが繰り広げられているかのようにも見えた。

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『サンギュリエール・オディセ』

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『サンギュリエール・オディセ』

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『Woke up Blind』

アソシエイト・コレオグラファーのマルコ・ゲッケの『Woke up Blind』は、30歳の若さでミシシッピー川で水死したシンガー・ソングライター、ジェフ・バックリーの愛について歌ったスローな歌「You and I」とギターの伴奏で絞り出すようにアップテンポで歌う「The Way Young Lovers Do」の2曲とともに、2人の女性ダンサーと5人の男性ダンサーが踊るダンス。
背景には大きめのライトを中心に、左右に6個づつの小さなライトが月と周辺の星の如く光っている。肌色のトップを着けた女性ダンサーと上半身裸の男性ダンサーが踊る。男性ダンサー1人だけが黒いパンツで他の6人は真っ赤なパンツ。背景のライトもこの1対6だった。
ゲッケの創る動きもまた特徴的だ。やはり、時折痙攣的な動きをみせるが、ゲッケは手の指先を振って表現する。ヒップホップのように動いたりして、通俗的な雰囲気を巧みに採り入れており、ボーカルとの共振が観客の情感を大いに高揚させる。訴求力のある素敵な音楽とダンスだった。

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『Woke up Blind』

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『Woke up Blind』

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『Woke up Blind』

3曲目は、やはりアソシエイト・コレオグラファーのクリスタル・パイト振付の『The Statement』。
クルト・ヨースの『緑のテーブル』には、人間に対する皮肉とペシミニステックな絶望感があったが、クリスタル・パイト振付『The Statement』には、無感覚なエゴイズムに対する激しい怒りと崩壊感覚が描かれていた。
舞台中央には大きめのテーブルが置かれ、二組の男女のペアが対立している。頭上からは観客と舞台を遮断するような黒い壁が機に応じてゆっくりと上下する。時折、会場を揺るがすような崩壊音が響く。

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『The Statement』

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『The Statement』

投げつけられる短いセリフに応じるダンサーたちには、明快で精確な動き、会話に込められているニュアンスがくっきりと感じられる。総じてネガティブな弁明を繰り広げ、お互いのペアが、さらに一人一人が状況を利用し、有利な立場に立とうと虚しく苦闘している。
ダンサーはテーブルの上に登ったり、下に潜り込んだり、回りを走ったりしながら、スタッカートで力強い動きをみせる。しかし組み合わせが次第に崩れ、セリフへの反応が動きと離れ、切断されたり弱まったりして崩壊音に織り込まれていき、逆に状況は非常に切迫している、と見えた。どこかの国の「忖度」ではないが、社会に対する責任の所在が見えにくくなって、存在そのものが崩壊していくかのような危機意識が感じられるダンスだった。

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『The Statement』

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『The Statement』

ラストはレオン・ソル&ポール・ライトフットの『Shoot the moon』。
舞台空間の仕切り方に特徴があった。舞台中央を軸として、三枚のパネルで空間を区切り、それを回転させると3つの空間ができる。同じ模様の壁紙にして回転させると、同じ部屋の時間の異なったシーンを連続して見せることが可能となる。それぞれの部屋へはドアを通じて出入りできるが、常に開かれているとは限らない。このアイディアを元に、部屋の上に二面のスクリーンを設置して、別の角度から部屋を映して観客に見せる、と言うなかなか凝った空間セッティングだった。

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『Shoot the moon』

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『Shoot the moon』

音楽はフィリップ・グラスの『Movement II』ピアノと 管弦楽のためのチロル協奏曲より。
男女5人の人物が様々に関わりつつ踊る。そこにはどんなドラマが底流していたのか、人物の動きと音楽とが時間を再編しながら次々とシーンを垣間見せ、非常に興味深かった。音楽が素晴らしく、人間の感情の変化を色彩豊かに描き出していた。
NDTの13年ぶりの日本公演は、クリエイティブなスピリットが脈々と感じられ、知的刺激に富んだ4作品だった。ただ会場は少し広すぎて最適とは言えなかったのが、少し残念である。
(2019年7月5日 神奈川県民ホール)

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『Shoot the moon』

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『Shoot the moon』

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『Shoot the moon』

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『Shoot the moon』

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『Shoot the moon』 提供:愛知県芸術劇場 © 羽鳥直志(すべて)

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