フェリ&ボッレ 公演直前インタビュー「時間のすべてを、愛するダンスに捧げること。それが、私たちの喜びです」

ワールドレポート/東京

インタビュー:坂口 香野

44歳で惜しまれながら引退、50歳で見事な復活を果たし、歴史に残る女優バレリーナとして、今ますます充実の時を迎えているアレッサンドラ・フェリと、世界中のプリマ・バレリーナから相手役に望まれる美しきダンスール・ノーブル、ロベルト・ボッレ。2人のイタリアン・スターが座長として共演し、M・ゴメスやM・ハミルトン、上野水香、S・アッツォーニ、A・リアブコなどがゲスト参加するガラ公演「フェリ、ボッレ&フレンズ」がまもなく開幕する。
開幕に向け、リハーサルに余念のない2人に、公演の見どころについてうかがった。

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photo Andrej Uspenski

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photo Andrej Uspenski

――Aプログラムでお二人が共演するのは、アシュトン版の『椿姫(マルグリットとアルマン)』ですね。

フェリ ええ。私は2007年の引退の時、ノイマイヤー版の『椿姫』を踊っているのですが、そちらを先に踊ってよかったと思っています。ノイマイヤー版はディテールまで精密に組み上げられた、いわば小説のような作品。それに対して、アシュトン版は30分に凝縮された、美しい詩のような作品なの。ノイマイヤーを通してマルグリットという人物を知り、体の中に彼女のキャラクターがしっかり入った上でアシュトン版と対峙したので、難しさを感じずにすみました。ちょうど小説を読んだ後、同じテーマについて書かれた詩を読むと、より深く理解できるように。

ボッレ ノイマイヤー版も難しいけれど、アシュトン版もチャレンジングですよ。マルグリットとアルマンの2人だけに焦点が合っているので、ほぼパ・ド・ドゥの連続です。だから、着替えも大変(笑)。

フェリ そう、30秒で着替えなきゃならないの(笑)。

ボッレ 物語が流れるように、秒刻みでどんどん進んでいきます。恋に落ち、愛し合い、次のシーンでは裏切りや絶望を感じ......というふうに、感情的にも短時間のうちに変化していく。それだけに、役柄に入り込めれば濃密な物語を表現できますから、すごく素敵なんですが。

――お二人の踊りには、テクニックと演技にまったく切れ目がなく、すべてが繊細に流れるように進んでいくので、いつも感動させられます。

フェリ テクニックと派手な動きをいっしょくたにとらえる人がいますが、テクニックとは感情や内面を表現するための「言葉」です。音楽と一体化した高い表現を目指すためにテクニックを用いる、ということが大事なんだと思います。あたかもキャラクターそのものと一体化するかのように、テクニックを身体にしみこませて使うということですね。

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――お二人は、マルグリットとアルマンというキャラクターをどのようにとらえていらっしゃいますか。

フェリ マルグリットは、大きな魂を持った人。多くの男性に囲まれていながら、孤独の極みにいます。アルマンと出会って初めて愛を知る。アルマンだけが、自分の外見ではなく、内面を見てくれたことに深く心を動かされたんです。彼を愛しているからこそ、自分を犠牲にすることができた――いえ、「犠牲」ではないですね。彼女は死を覚悟しているがゆえに、人間としてより大きな存在となり、自分のエゴをいっさい取り払って、愛する人のために生きることができたのだと思います。
それと、マルグリットやマノンを演じるときに考えなくてはいけないのが「時代」です。彼女らは娼婦として生きざるをえませんでしたが、当時はそれ以外の選択肢がなかったのだということを忘れてはいけません。

ボッレ アルマンはまっすぐで嘘のない、ピュアな若者。マルグリットにひとめで恋をして、心のすべてで彼女を愛する。だから、彼女が心変わりしたと思った瞬間、この世の終わりみたいに絶望して、彼女の顔にお金を投げつけたりとひどいこともします。すべてを捧げていたがゆえに、裏切られたことが許せないんですね。マルグリットは微妙な心の襞がある役だけど、アルマンはまっすぐすぎるくらいまっすぐで、開けっぴろげというか......。

――最近のインタビューで、フェリさんが「19歳で初めてジュリエットを演じたときより、今のほうが、よりジュリエットを理解できる」とおっしゃっていたのが印象に残っているのですが、アルマン役にも同じことがいえるでしょうか。

ボッレ そのとおりですね。お客様に対して説得力を持つためには、その感情を内側から深く理解し、リアルに描き出す必要がある。いろいろな経験を経たからこそ、若いアルマンのまっすぐで真実な思いというものがわかる気がします。

フェリ 19歳や20歳の頃って、若いダンサーとしての魅力はあるけれど、主人公たちが感じた深い苦痛や愛の苦しみを表現するのは難しいですよね。年を重ねてさまざまな実体験をもつことで、初めて演じきれる部分があります。

――フェリさんは50歳で舞台に復帰され、さまざまな作品、役柄にチャレンジされています。踊りに対する向き合い方で、以前と変わったことはありますか。

フェリ 私は年齢を受け入れることができたから、舞台に戻ってくることができました。40歳代半ばくらいから、ダンサーは皆が直面する難しい時期に入ります。体や動きの質が変わって、以前のようには踊れなくなってくる。あえて「若い頃のまま」を目指すべきか、方向性を変えるべきなのか、非常に迷いが出てくる時期なんですね。
私は、「前と同じ」であることをやめて、「今」をそのまま受け入れることにしました。たとえばマルグリットにしても、年は若いけれど、恋の苦しみや生活の苦しみ、病気など、人が一生かけて味わうような様々な経験をたくさんしているんです。今の私だからこそ、マルグリットを表現できるのではと考えました。
人生とは、美しいものです。生きることは、かけがえなく貴重で尊いもの。私は今55歳になりましたが、ありのままでいるべきだと思います。50歳代には50歳代の美しさがあるはず。そして私はダンスを愛しています。この経験を、お客様と、大好きなダンサーたちとシェアしたい。そんな気持ちが高まったからこそ、私は戻ってくることができました。

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――今回、Bプログラムで、フェリさんの舞台復帰にあたってノイマイヤーが振付けた『ドゥーゼ』の第2幕にあたる『フラトレス』を踊られますね。

フェリ 私にとって特別な意味をもつ作品なの。死後の世界を描いた、すばらしく静謐で美しい世界。まるで禅の庭のような。

ボッレ Bプログラムは、80歳を迎えるジョン(ノイマイヤー)に敬意と感謝を捧げるプログラムで、ハンブルク・バレエ団のダンサーたちも参加します。Aプログラムとはまったく違う世界観を表現することになりますから、できれば両方見ていただきたいなあ。

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R.Bolle「Caravaggio」 Photo Laura Ferrari_

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「Jewels」上野水香
photo Kiyonori Hasegawa 提供神奈川県民ホール

――楽しみです。ところでお二人にとって、お互いはどのようなパートナーでしょうか。

フェリ そうね、彼のことは17歳の頃から知っています。その頃は私がダンサーとしてキャリアの頂点にいる頃だったから、表現面では私がちょっと教えてあげてるような感じがあったんだけれど(笑)、今や彼は最高のアーティストに成長して。パートナーとして対等に、素晴らしい関係を築けているわ。

ボッレ いやいや、僕は一生懸命後を追ってるけど、彼女はやはりつねに先を走っているすごい人です。今もリードされているし、たくさんのことを教えてもらっています。ただ、やはり年を経て関係性は変わってきましたね。たとえばワルツのステップを踏むにしても、お互いに会話をかわすように、深い感情や微妙なニュアンスを表現しあえる。だから、リハーサルは本当に充実した時間です。

――素晴らしいパフォーマンスのためには、「休み方」も大切なのではないかと想像します。オフの日は何をなさっていますか。

フェリ 休みの日でも、体のメンテナンスはしなくてはなりません。バレエクラスはもちろん、ピラティスや水泳、ヨガなど、様々なトレーニングやワークを取り入れています。私たちはちょうどレーシングカーみたいなもので、車庫にいるときも調整や整備が必要なんですよ。でも、踊ることが大好きだから、本当に満たされているんです。私の体は、芸術に捧げたギフトみたいなものだから。体をケアすることも、愛してやまないダンスに仕えることであり、喜びです。

ボッレ 僕も同じです。暇な時間というのはほぼなくて、リハーサルしているか、ストレッチやトレーニングをしているか。体が休むべきときに休み、食べるべきものを考えて食べる、という感じ。でも、結局それが楽しいんです。すべての時間をダンスに捧げるのは、やっぱりダンスを愛しているからなんですよ。スタジオにいない時も、踊りがつねに自分の中心にあり、いちばん大切なので、ベストを尽くしたい。

――ありがとうございます。今日はお会いできて光栄でした。舞台を楽しみにしています!!

フェリ、ボッレ&フレンズ

●文京シビックホール 大ホール

◆Aプロ「マルグリットとアルマン」ほか
7月31日(水)19:00
8月1日(木)19:00
8月3日(土)13:00
◆Bプロ 「フラトレス」ほか
8月3日(土)18:00
8月4日(日)15:00
https://www.nbs.or.jp/

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