ヌニェスのキトリとムンタギロフのバジルがリアルに、動く装置と一体化して素晴らしい舞台を展開した

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

英国ロイヤル・バレエ団

『ドン・キホーテ』カルロス・アコスタ:改訂振付(マリウス・プティパの原版に基づく)

主役のキトリとバジルが軽快にステップを踏むと、街の人々が和するように手拍子を取り、掛け声ではやしたてた。舞台上のダンサーたちの一体感が客席にまで広がってきて、見ている側までつり込まれて手を叩きそうになった。3年振りに来日した英国ロイヤル・バレエ団による、カルロス・アコスタ振付『ドン・キホーテ』(2013年)の公演である。
このプロダクションは、ケヴィン・オヘアが2012年に芸術監督に就任して初めて取り組んだ大作で、当時プリンシパルだったアコスタが同団に振付けた最初の全幕作品という記念すべきもの。オヘアはその後もウェイン・マクレガーの『ウルフ・ワークス』(2015年)や、リアム・スカーレットの『フランケンシュタイン』(2016年)や『白鳥の湖』(2018年)など、次々に話題作を手掛けてきた。そんな中にあっても、アコスタ版『ドン・キホーテ』は人気の演目で、繰り返し上演されている。今回の東京での6公演には、ベテランと若手を織り交ぜた5組の主演キャストが組まれていたが、そこにダンサーの層の厚さがうかがえた。ただ、注目されていた高田茜&スティーヴン・マックレーのペアはケガのため降板してしまい、結果、若手の起用が増えた。公演の初日を飾ったのは、ベテランのマリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフで、期待に違わぬ情熱的、かつ格調高い演技で魅了した。今回は『ドン・キホーテ』のほかに、〈ロイヤル・ガラ〉と題した、伝説的なプリマ、マーゴ・フォンテインの生誕100周年を記念する公演も行われた。

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© Kiyonori Hasegawa

さて、アコスタ版の『ドン・キホーテ』。プロローグでは、ドン・キホーテ(クリストファー・サンダース)が書斎で中世の騎士物語の世界に浸り、ドゥルシネア姫や姫に襲いかかる黒い布を被ったトンガリ頭の悪者たちの幻を現実と混同し、部屋に逃げ込んできたサンチョ・パンサ(フィリップ・モズリー)を従者に仕立て、姫を探す旅に出るというエピソードが丁寧に描かれた。
場面は活気に満ちた町の広場に変り、ジプシーの野営地と夢の場へと続き、居酒屋の場を経て賑やかな結婚式へと、テンポ良く展開していった。随所にテクニックを駆使した見応えある踊りを散りばめ、踊りやマイムでドラマを進展させるのは他のヴァージョンと変わりないが、アコスタ版で最も特徴的だったのは、キトリとバジルと二人を取りまく人々とのやりとりを極めて自然に、リアルに提示してみせたことである。冒頭でも触れたが、人々の手拍子や掛け声のほかにも、踊り手をサッとテーブルや荷車に乗せたりしたのは、その場の光景を身近に感じさせ、観客をそこに居合わせたような気持ちにさせる効果があった。ついでだが、バジルはテーブルに乗って芝居気たっぷりに狂言自殺を図ってみせるのである。こうした演出には、舞台美術を担当したティム・ハットリーによる"動く装置"の功績も見逃せない。建物をダイナミックに移動して町の表情を変えたり、正面に移動させた館の中からガマーシュ(トーマス・ホワイトヘッド)を登場させて存在を目立たせたり、建物を左と右に動かして開けた道の奥から車輪付きの痩せ馬に跨がったドン・キホーテを登場させたり、ドン・キホーテが戦う風車も生きているように舞台奥から動き回らせるといった具合。やり過ぎと感じる人もいるかも知れないが私は楽しめた。ほかにアコスタ独自の演出として、ジプシーの野営地で挿入される人形劇を省き、代わりに焚き火のそばでギタリストたちが奏でる音楽に合わせてジプシーたちが踊るシーンを加えていた。また、ドン・キホーテと決闘して負けたガマーシュにパートナーとの出会いを用意してもいた。

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© Kiyonori Hasegawa

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街の人気者、キトリのマリアネラ・ヌニェスとバジルのワディム・ムンタギロフが登場するだけで舞台は華やいだ。第1幕の恋のさや当ては、二人とも濃厚すぎずに爽やかにこなし、ジャンプや回転技の詰まったそれぞれのソロは楽しさが弾けるように踊った。ムンタギロフの確かな片手リフトに支えられ、ヌニェスが美しくポーズを取るなど、見事なまでに息の合った演技だった。夢の場でのヌニェスは模範のような精緻な踊りを見せた。極め付きは結婚式のグラン・パ・ド・ドゥで、ヌニェスは一つ一つのパをエレガントに舞い、綺麗にバランスを保ち、グラン・フェッテでは最初ゆっくり3、4回転した後、ダブルを入れて典雅に回り続けた。長身で見栄えのするムンタギロフは、ジャンプの角度も高さも空中でのポーズも美しく、回転技もパワフルにこなすなど、全てが抜群に恰好良かった。エスパーダの平野亮一もまた抜群に恰好良かった。神経を行き届かせた身のこなしはもちろん、闘牛士らを従えてステージを駆け巡り、力強い回転技や強靱なジャンプを披露して存在感を示した。夢の場でドリアードの女王を務めた金子扶生とアムールのアンナ・ローズ・オサリヴァンは、しなやかなジャンプや端正なステップで印象づけた。なお、このシーンの巨大なガーベラを模した背景には違和感を覚えた。ドン・キホーテは騎士物語に取り憑かれた純朴な田舎貴族そのままで、狂言回し的には扱われておらず、ガマーシュも滑稽だが程よいキザさ加減に収められていたのは、全体を通底する上質の英国式ユーモアのセンスによるのかもしれない。
総じて、楽しさ満載の、活気あふれる『ドン・キホーテ』だった。ところで、世界のバレエ団ではダンサーの国際化が進んでおり、英国ロイヤル・バレエ団でも平野と高田がプリンシパルとして脚光を浴びている。日本出身のダンサーは研修生を含めると10人在籍しているというので、今後の彼らの活躍を期待したいと思う。
(2019年6月21日 東京文化会館)

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