「世界の<今>を照らす灯台のようなカンパニーでありたい」 NDT ポール・ライトフット&刈谷円香インタビュー

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

世界からトップレベルのダンサーが集結し、先鋭的な新作を発表し続けるコンテンポラリー・バレエのカンパニー、NDT(NEDERLANDS DANS THEATER)が、13年ぶりに来日。総勢約50人による引っ越し公演が愛知・神奈川でまもなく開幕する。
6月11日、芸術監督のポール・ライトフットとダンサーの刈谷円香、NDT出身の中村恩恵、小尻健太を迎えてオランダ大使館で行われた記者会見と、その後の合同インタビューの模様をレポートした。

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1959年に結成され、今年創立60周年を迎えるNDTは、1978年より芸術監督を務めたイリ・キリアンのもとで世界屈指のカンパニーへと成長した。それゆえ、日本では「NDTといえばキリアン」のイメージが強いが、マッツ・エック、ウィリアム・フォーサイス、オハッド・ナハリンなど先鋭的な振付家と共同制作を行い、新作を世に問い続けてきたカンパニーとして、キリアン退任以降も高く評価されてきた。2011年より芸術監督を務めているポール・ライトフットは、つねづね「世界で何が起こっているかを知るためにNDTをみる、そんなカンパニーでありたい」と語っている。愛知県芸術劇場は5年ほど前から日本公演実現への模索を始め、NDTの海外ツアーに何度も足を運び、ライトフットとも議論を重ね、3年半という時間をかけて上演作品を決定した。

会見では、まず、今回日本で上演する4作品についてライトフットが簡単に紹介した。
『Shoot the Moon』(レオン・ソル、ポール・ライトフット振付)「演劇とダンスの両面をもつ。回転する3つの部屋で、3組のカップルがそれぞれのシチュエーションを表現します。隠しカメラが客席から見えない部屋も映し出し、観客の内面に訴えかけるような作品になっています」。
刈谷円香は、「ポスターにもなっている、黒いドレスの女性役を踊ります。黒いドレスとピンクのドレスの女性が登場するのですが、2人は同じ人物にも見え、お互いが相手を照らしあう存在にも見えます。5人のダンサーの感情や関係性が強く出ていて、観るのも大好きな作品。それを日本で踊ることができて、本当に嬉しいです」。

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「SHOOT THE MOON」 © Rahi Rezvani

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ソル・レオン© Rahi Rezvani

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ポール・ライトフット© Rahi Rezvan

『Woke up Blind』(マルコ・ゲッケ振付)「ゲッケは2013年からNDTのアソシエイト・コレオグラファーを務めていますが、ダックスフントを連れて真っ黒いコートに真っ黒なサングラスというスタイルでやってきて、真っ暗な中でリハーサルをするという、非常にエキセントリック、かつ温かみのある人。作品づくりの過程を大切にしており、ダンサーから大きな感情を引き出すことができる振付家です。抽象的な作品ですが、高度なテクニックとスピードを感じさせます」

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「WOKE UP BLIND」 © Rahi Rezvani

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マルコ・ゴッケ© Regina Brocke

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クリスタル・パイト© Michael Slobodian

『The Statement』(クリスタル・パイト振付)「やはりアソシエイト・コレオグラファーであるパイトは、メッセージ性が高い作品をつくるとてもイノベティブ(革新的)な女性です。この作品はジョナサン・ヤングのテキストを使い、4人のダンサーが言葉に操られるように踊ります。パイトは非常に集中力をもって作品をつくる人で、この作品はわずか9日間でつくられました」

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「THE STATEMENT」 © Rahi Rezvani

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「SINGULIÈRE ODYSSÉE」 ©Rahi Rezvani

『Singuliere Odyssee(シンギュリア・オデッセイ)』(レオン、ライトフット振付)「スイスの国境に近いバーゼル駅の待合室が作品のヒント。ヨーロッパにいるとつねに意識せざるをえない『移動』がテーマです。実はこの作品の制作中に、NDT創立当初からのメンバーのダンサーが亡くなりました。タイトルがフランス語なのは彼へのオマージュでもあります。過去と現在の昇華、人が流れては消えていく...そんな様子を表現したかった」

NDTはこれまで多数の優れた日本人ダンサーが踊っており、現在は刈谷を含め4人の日本人が在籍している。91年から99年までNDTで活躍した中村恩恵は「NDTで学んだことをベースに、自分の踊りを模索してきました。昨年、久々にオランダの本拠地へ行ったら、若い人たちが劇場への行き帰りのバスの中で、その日のパフォーマンスについて熱心に議論をしていました。ああ、私はここの出身なんだ、つねに知的好奇心や感動を与え続けるカンパニーなんだなとあらためて感じました。開幕を楽しみにしています」とメッセージを送った。
また、99年から2010年までNDTで活躍した小尻健太は、今回の日本公演実現に尽力した一人。「僕がいた頃は一度も日本公演がなかったので、自分もやりたかったなというのも正直な気持ちです」。そしてNDTは1と2に分かれ、2は1への入団を希望する若手が所属する。選りすぐりのダンサーたちがしのぎを削るNDT2は公演も多く、競争は過酷だと言う。「円香ちゃんの踊りはNDT2の時から見ているので先輩面していいますが(笑)、NDT2を生き抜いてNDT1に入るのは、すごくタフなこと。いつの時代も、NDTのダンサーたちは輝いていて、"自分を全力で出す"ことをまっとうしています」。

記者会見後、ポール・ライトフット、刈谷円香への合同インタビューが行われた。

――NDTではクラシック・バレエのベースを大事にされているとうかがいました。NDTにおけるクラシックとコンテンポラリーの関係、コンテンポラリーの魅力についてお聞かせください。

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刈谷円香:60年前、オランダ国立バレエ団のダンサーたちが、より革新的な作品を求めて結成したのがNDTの始まりです。だから歴史的に、もともとクラシック・バレエがベースにあって、さらにその先にあるものを目指すスタイルの作品が多いのです。
今起きている社会問題や、今生きている人が共有するテーマを、枠にとらわれないスタイルで表現できることがコンテンポラリーの魅力で......「今」つくられた作品を、「今」生きている人たちと、その場でシェアできるっていうのがすごく「生」というか、本当に新鮮な体験だと思います。

ポール・ライトフット:小説家でも画家でも、既存のテクニックを使わずに良い作品をつくることは難しい。絵筆の使い方を知らなければなりません。クリエイティブな心をもっても技術をうまく使わないと意味がない。NDTのダンサーになるためには、テクニックとクリエイション、純粋なダンスから演劇的なものまで全方向に開かれている必要があります。バレエだけでなくどんな動きにも対応しなければいけない。円香はバレエの訓練がよくできていて、すばらしい動きができるダンサーです。
私自身、英国のロイヤル・バレエスクールで学びましたが、その頃はまるで目隠しをつけられた馬のようにバレエしか知りませんでした。しかし、ロイヤルでは自分が自由になるための道具をもらったと思っています。
今年、パリ・オペラ座に僕らの作品を持って行ったのですが、NDTの作品はバレエの技術が"橋(ブリッジ)"になっているので、彼らには非常に伝わっていきやすかったようです。

――円香さんにお聞きします。NDTとの出会いと、入団のきっかけを教えてください。

円香:ドイツのパルッカ・シューレに留学していたのですが、私の卒業の年、クラスメイトのほぼ全員がNDTにオーディションに行っていました。NDTの名前は留学前から知っていたのですが、作品はよく知りませんでした。パルッカ・シューレはクラシックとコンテンポラリーのクラスが半々という学校です。私は日本ではクラシックの訓練しかしていなかったのですけれど、ドイツでコンテンポラリーのカンパニーを観る機会も踊る機会も増えました。最初は苦手意識がありましたが、卒業までにすごく世界が広がって、コンテを踊って「楽しい!」と感じるようになりました。クラスメイトはみんなNDTに夢中で、まさにドリームカンパニー。私も大好きになりましたが、その頃はまだ受けに行く自信がありませんでした。
卒業後はチューリッヒ・バレエ団のジュニア・カンパニー所属し、そこで『白鳥の湖』など古典を踊る機会もいただきつつ、新作を振付家の方々と一緒につくりあげていく経験をさせていただきました。それが本当に楽しかった。2014年に、チューリッヒの2年間の経験をふまえて、今こそNDTに挑戦したい! と思ったのです。しかも、NDT2のオーディションには年齢制限があって、その年が受けられる最後の年でした。チューリッヒ・バレエの芸術監督クリスティアン・シュプックも「円香はNDTに行けばさらに翼を広げて、成長していけると思うよ」と背中を押してくださって。もう、今しかない! と思いました。
オーディションでオランダの地を踏んだ時には「ここだ!」ってまず感じました。オーディションは朝から夜まであって、最後、ポールとの面接に残れたときは信じられませんでした。学生時代はどんなにNDTに憧れても、まだ"片思い"だったんですね。2年間の仕事の経験とタイミングのすべてが合った。もう夢心地で、泣けるくらいでした。

ポール:僕も昔、NDT入団直後に、12歳の頃にテレビで見て魅了された作品の舞台写真が廊下に貼ってあるのを見て「ああ、ここだ!」って鳥肌が立ったのを思い出します。もう35年前の話です。
入ってみてわかったのは、世界から集まったダンサーたちが一緒に作品をつくっていくコミュニティだということです。非常にエモーショナルでユニークなカンパニー。NDTはつねに、「今、ここで何が起きているか」を照らし出す灯台のような存在として見られていると思います。だからこそ、大きな責任も感じますね。

――ポールさんは今シーズン限りで退任されるとのことですが、在任中に変えたことや達成できたことについて教えてください。

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ポール:NDTの性格は「変わり続けること」です。僕はキリアンのもとで振付を学びましたから、彼がやってきたことは遺伝子として僕の中に入っていると思います。個人的にキリアンとも話していますが「境界をもっと広げたい」とよく言っています。意識的に越境することが必要なのです。
NDTの車輪はいつも動いているし、その車輪そのものを新しく作り直す必要はないと思っています。もともとNDTは常時、実務面のディレクターと芸術面のディレクター2名を置く体制でした。そこも変えず、現在、実務面はジャニーン・ダイクマイヤーが、芸術面は私が務めています。NDTは「ダンス」と「シアター(演劇)」の両面を大切にしているので、僕らとのクリエイションの過程でよりダンス的な作品をつくるようになったり、シアター的な面を開花させた振付家もいます。ゲッケ、パイトをはじめ、数多くの振付家と新作をつくりあげましたが、それは「僕の」というより、皆で達成した成果ですね。

――言葉によらない表現方法であるダンスの魅力について教えてください。

円香:ダンスは、言葉で理解するのと違って、全身の感覚を使って感じる芸術です。「こういうものです」とおしつけられる表現方法ではないので、作り手のコンセプトは秘めつつ、そこから「手放す」感じでしょうか。シャワーのように全身に浴びて、受け取り方は自由。そこがダンスの魅力だと思います。

ポール:振付家でも言葉を使う人はいっぱいいます。クリスタル・パイトの作品は演劇のようだけれど、その上に「ボディ・ランゲージ」という層を重ねている。しゃべる態度による伝わり方が違い、そのズレで遊んでいます。
僕も、けんかしている男女のやりとりを使って振付けたことがあります。最終的にはその言葉を取ってしまって音楽を合わせても、けんかの感情が動きに残ります。言葉には意味を制限してしまう危険性はあるけれど、とても興味をもっています。

――ポール&ソル(・レオン)の作品タイトルは必ずSで始まると、金森穣さんのインタビューにありましたが、その理由はどう言うことですか。

ポール:僕とソルは共同で作品をつくっていますが、彼女は当初自分のクレジットはいらないといっていたので、頭文字にソルのSを入れるようにしていたら、何となくそれにはまってしまって。ヒッチコックの映画のどこかに、必ずヒッチコックが登場するように、Sを入れないと気が済まなくなりました。ちょっとしたいたずらですね。子どもの頃からお化け屋敷とか手品とか、そういう仕掛けが大好きだったんです。

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話が尽きないまま時間となってしまったが、刺激的な新作を生み続けるNDTの濃密な空気を感じ取ることができた。13年ぶりの日本公演、開幕は間もなくだ。

愛知公演

2019年6月28日(金)14:00、6月29日(土)14:00
愛知県芸術劇場 大ホール(愛知芸術文化センター 2階)

神奈川公演

2019年7月5日(金)19:00、7月6日(土)14:00 
神奈川県民ホール 大ホール

http://taci.dance/ndt/

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