英国ロイヤル・バレエのシネマシーズンは、ウィールドン、パイト、そしてシェルカウイの新作によるトリプルビル

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

間も無く英国ロイヤル・バレエの訪日公演が始まるが、シネマシーズン2018-19では、シディ・ラルビ・シェルカウイの世界初演と衣替えしたクリストファー・ウィールドンの作品、今最も注目を集めるカナダの女性振付家、クリスタル・パイト作品の舞台映像が、映画館の大スクリーンで上映される。

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『フライト・パターン』© ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton

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『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』
© ROH, 2019. Photographed by Tristram Kenton.

まず、クリストファー・ウィールドンが2008年のサンフランシスコ・バレエ創立75周年記念公演のために振付けた『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』。今回、英国ロイヤル・バレエで再演するにあたり、英国を代表するデザイナー、ジャスパー・コンランが衣装を新たに作った。コンランの衣装は、全身がシースルーで金色の小さい長方形がちりばめられてあり、ダンサーの動きにつれて照明に輝き、舞台全体に黄金色の光りが煌めいているようにみえる。ウィールドン自身が影響を受けたという19世紀末から20世紀にかけてウィーンで活躍した、グスタフ・クリムトの絵画を彷彿させる。
ダンサーは男女7組のペアが登場し、そのうち3組がメインとなって踊るが、しばしば女性同士、男性同士に別れてグループとなっても踊る。当然だが、ヴァイオリンが輻輳して演奏される音楽の構成と共に振付が創られており、ダンス全体の流れがとてもスムーズに感じられる。イタリア人の作曲家、エツィオ・ボッソとヴィヴァルディの曲がつかわれているのだが、この振付のために作曲されたかのようにも感じられた。ウィールドンらしく音楽性が豊かで、隙のないよく整えられたダンスだった。メインの3組では、ベアトリス・スティクス=ブルネルとワディム・ムンタギロフ、フランチェスカ・ヘイワードとヴァレンティノ・ズゲッテイ、サラ・ラムとアレキサンダー・キャンベルが組んでいた。また、日本人ダンサーの金子芙生、アクリ瑠嘉の姿もあった。

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『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』© ROH, 2019. Photographed by Tristram Kenton.

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『メデューサ』© ROH, 2019. Ph by Tristram Kenton.

次の曲は、シディ・ラルビ・シェルカウイの新作『メデューサ』の世界初演。フラマンとモロッコという二つの異なった文化的背景を持ったシェルカウイが、英国ロイヤル・バレエに初めて振付けた作品である。音楽はヘンリー・パーセルで電子音楽と併用されているが、深い響きの音を使って、ギリシャ神話が示唆する世界を表している。セットも左右に神殿の柱を見せ、大きな長方形をいくつか天から吊るすなど多用して、相似形の効果を生かして、独自の空間を作り出している。メイクもまた大胆にくっきりと作り、顔の真ん中から腹部まで縦に細いラインを付け、そのラインを額だけに止めたりして、登場人物の攻撃的心理を表しているようだった。
アテナ(オリヴィア・カウリー)の美しい巫女であるメデューサ(ナタリア・オシポワ)を、その眼前でポセイドン(平野亮一)が有無を言わせず犯すシーンでは、平野亮一扮するポセイドンとオシポワのメデューサの鮮烈なパ・ド・ドゥが踊られた。平野は脚でオシポワをリフトするという凄いわざを見せた。そしてアテナの怒りをかったメデューサは怪物にされ、髪の毛すべてが毒蛇という姿に変貌。この怪物にされるシーンは象徴的手法により、黄土色の布を使って演出された。
怪物にされるオシポワはポアントを履いて踊ったが、シェルカウイの振付は、かなり速く、大胆に上半身を動かし、極度に捻り曲げるなどして独特の表現を作っていた。しかし、オシポワは緩みなく見事に踊りきった。怪物となったメデューサの衣装の、黒から赤へのグラデーションを染めた大きなスカートも、この激しい描写には効果的だった。
ペルセウスに扮したのはマシュー・ボール。ペルセウスが怪物となったメデューサの毒蛇の髪を剥ぎ取って解放する。(ギリシャ神話ではペルセウスが首を切り落とし怪物を退治するのだが、シェルカウイは独自の解釈で描いている)ここでは、オシポワとマシュー・ボールの複雑なパ・ド・ドゥが踊られ、二人は結ばれる。かなり濃密なメデューサへの想いを込めたペルセウスの迫力あるパ・ド・ドゥだった。神話のドラマを独特の空間に展開し、オリジナリティのある物語バレエだった。

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『メデューサ』© ROH, 2019. Ph by Tristram Kenton.

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『メデューサ』© ROH, 2019. Ph by Tristram Kenton.

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『フライト・パターン』
© ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton

3曲目はクリスタル・パイトの『フライト・パターン』。音楽は現代音楽家、ヘンリク・グレッキの『悲歌のシンフォニー』。この曲は全体が3楽章からなり、中世ポーランドの伝承音楽とナチスの収容所の壁に刻まれた少女の言葉などにインスピレーションを得て作曲されている。『フライト・パターン』で、パイトは最も規模の大きい第一楽章を使用している。
パイトは暴力的な戦闘に追われて彷徨う難民問題を主題として、「何も言わずにはいられない、という想いからこの作品を創った」とインタビューで語っている。そして36名のダンサーたちによる群舞の大きなアンサンブルを主体として、鮮烈な表現を創った。とりわけカノンを群舞の動きによって表したところは、印象深く、傍観している人たちの心にも深く染み入ってくる。
「フライト・パターン」とは、あり得ない状況からの飛翔、あるいは、希望へのフライト、といった意味が込められているそうだ。群舞のなかに、赤ん坊(既に死んでいるのだろうか?)を抱いた一人の母と難民たちの苦悶を描くシーンは、生存の危機がなぜ生まれるのか、観客にも厳しく問いかけてくる。
3作品とも創造的意欲の高い、見ごたえ充分のバレエであった。2019年5月16日にコヴェント・ガーデンで収録された。

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Flight Pattern. Artists of The Royal Ballet. ©ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton. (4).jpeg

『フライト・パターン』© ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton

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『フライト・パターン』© ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton

6月28日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか、全国公開!!
公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/
■配給:東宝東和

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