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チャン・イーモウの見事な演出と粒ぞろいのダンサーたちが魅せた『赤いランタン〜紅夢〜』、中国国立バレエ

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

中国国立バレエ団

『赤いランタン〜紅夢〜』張芸謀(チャン・イーモウ):演出・芸術監督、王新鵬(ワン・シンポン)/王媛媛(ワン・エンエン):振付

創立60周年を迎えた中国国立バレエ団が初来日し、古典名作『白鳥の湖』(ナタリア・マカロワ版)と映画界の巨匠、張芸謀(チャン・イーモウ)による屈指の話題作『赤いランタン〜紅夢〜』を上演した。中国国立バレエ団は、1959年にロシア・バレエの名匠ピョートル・グーセフの指導を受けて創設され、北京の天橋劇場を拠点に活動している。レパートリーは、『白鳥の湖』や『ラ・バヤデール』、『ジゼル』などの古典をはじめ、クランコの『オネーギン』やプティの『カルメン』、ノイマイヤーの『人魚姫』といった現代作品から、『赤いランタン〜紅夢〜』や『敦煌』『黄河』などのオリジナル作品まで、多種多彩。所属ダンサーは約80人で、モスクワやヴァルナ、ジャクソンなど権威あるバレエコンクールの受賞者を数多く擁している。ロンドンやパリ、ニューヨークなど、世界40カ国の歌劇場やフェスティバルに出演しているが、これまで来演の機会はなかった。今回ようやく実現したが、公演は東京のみで、各演目一回だけとあっては見逃せない。日本デビューを飾ったのは、看板演目ともいえる『赤いランタン〜紅夢〜』だった。

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提供:中国国立バレエ団 撮影:時任(すべて)

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『赤いランタン〜紅夢〜』は、チャン・イーモウが蘇童(ソ・トン)の小説を下敷きに映画化した『紅夢』(1991年)をさらにバレエ化したもので、2001年の初演以来、海外でも高い評価を受けている。映画監督としてのチャン・イーモウは、デビュー作『紅いコーリャン』(1987年)をはじめ、文化大革命を題材にした『活きる』や娯楽大作『HERO』、高倉健を主演に迎えた『単騎、千里を走る』など、多彩な作品を生み出している。また、フィレンツェ歌劇場によるプッチーニのオペラ『トゥーランドット』の北京の紫禁城での上演は彼が演出を手掛けたことで実現したし、2008年の北京五輪では開会式と閉会式の総合演出を行うなど、様々に逸材ぶりを発揮している。

『赤いランタン〜紅夢〜』は、1920年代の封建制度下の中国を舞台に、ある富豪の目にとまり、第三夫人にさせられた少女が、京劇の小生(若い男性役)を務める昔の恋人と再会して逢瀬を重ねるうち、それを第二夫人から主人に密告され、恋人ともども処刑されるという物語。これに、主人に疎んじられる第二夫人が、禁を犯して勝手に自身の部屋に赤いランタンを灯して処刑される悲劇を絡ませている。赤いランタンは、主人が夜を共に過ごす夫人の部屋に灯されるもので、これがシンボリックに用いられていた。
プロローグで、点灯棒で赤いランタンが灯されるのに続き、ダンサーたちが赤いランタンを掲げて踊るシーンで一気に作品世界に引き込まれた。少女と恋人の淡いデェットの後、少女は無理やり駕籠に乗せられ富豪の第三夫人として迎えられる。婚礼の夜の様子はスクリーンに映されるシルエットで描かれたが、これが衝撃的だった。主人の巨大な影は獲物を飲み込まんとするように見えたし、激しくひるがえる衣装は少女の必死の抵抗を伝えていたし、高く振り上げた少女の足の甲からは悲鳴が聞こえてくるようだった。静けさが戻り、舞台を覆った赤い布の中から頭だけ現わした少女は、傷ついた心と身体をいたわるように赤い布を体に巻き付けたが、その姿はこの上なく痛ましい。哀しみを誘う第1幕の幕切れだった。

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第2幕では、主人が三人の夫人たちを引き連れて京劇を鑑賞し、麻雀に興ずる様が描かれるが、この辺の演出も巧みだった。舞台奥で演じられる京劇と、第三夫人とかつての恋人との再会が同時進行でスリングに描かれ、京劇俳優も招いての麻雀の宴では、主人と夫人たちと京劇俳優が卓を囲みながら、第三夫人と恋人との密かなやりとりを見せるなど、緊張感を紡ぎながら楽しませた。麻雀の動きを採り入れた振りや、算盤の音を響かせるといったアイデアもユニークだ。
第3幕では、主人の愛を取り戻そうと焦る第二夫人が、第三夫人と恋人の逢瀬を密告したことで事態は一変し、悲劇へ突き進む。ここでは第二夫人に焦点が当てられており、力強いジャンプやターンで密告する決意や主人の愛を取り戻せるという高揚感を伝えただけに、主人に虐げられる結果となっての狂おしいソロとの対比が活きた。許可なく自室の赤いランタンを灯した後、次々にランタンを破る姿からは救いようのない絶望感が漂ってきた。エピローグは処刑場のシーンで、第三夫人と恋人は許しを乞う第二夫人を退けたが、諦念の境地に達したのか、恨みを捨てて抱き合い、心に安らぎを得て死を迎える。細かな白い破片が静かに降り注ぐ美しい幕切れだったが、彼らの理不尽な死への疑問を呈しているようにも思えた。

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『赤いランタン〜紅夢〜』は1回の休憩を含め約2時間の作品。無駄のない構成、緻密な展開で見応えがあった。ダンサーの中で強く印象に残ったのは、第三夫人を踊った王啓敏(ワン・チーミン)と第二夫人の魯娜(ルー・ナー)。ワン・チーミンは美しい脚をしなやかに操り、清楚な雰囲気を滲ませた。対照的に、ルー・ナーは、大胆に脚を振り上げて主人に寄り添うなど、振幅の大きな演技で感情を表現した。また、恋人の京劇小生を踊った馬暁東(マー・シアウドン)は滑らかな身のこなしや、安定したサポートを見せた。ダンサーたちは総じてプロポーションが良く、粒ぞろいだったが、とりわけ群舞の女性たちの脚の美しさや、男性陣のシャープで強靭な踊りには驚かされた。物足りなかったのは、主人の人間性の描写が弱かったことぐらいだろうか。
作曲はオリヴィエ・メシアンに師事したという陳其鋼(チェン・チーガン)で、京劇の歌や中国の伝統楽器をドラマの進行に合わせて自然な形で採り入れていた。衣装デザインがジェローム・カプランというのは意外だったが、曾力(ゾン・リー)の舞台設計と色彩的にも調和していた。『赤いランタン〜紅夢〜』は、確かに、中国の伝統芸能と西洋の文化を融合させたバレエの傑作であり、海外で高い評価と人気を誇っているのもうなずける。それが実感できた公演だった。最後になったが、演奏は張藝(チャン・イー)指揮の東京フィルハーモニー交響楽団だった。
(2019年5月10日 東京文化会館)

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提供:中国国立バレエ団 撮影:時任(すべて)

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