吉田都が英国ロイヤル・バレエと日本のダンサーたちを招いて引退公演を開催する

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

吉田都が35年間のバレエダンサー生活に区切りをつけることになった。そして、8月7日と8日に新国立劇場 オペラパレスで引退公演を行うにあたり、記者会見を開いた。この公演は、NHKバレエの饗宴特別企画吉田都引退公演「Last Dance」として、吉田自身がプロデュースする。

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白いすっきりとしたドレスを纏って登場した吉田都は、「現役引退を決意したのは、新国立劇場芸術監督を引き受けたことが大きな要因です。世界的に見て踊りながら芸術監督を務めている人も多いですが、やはり私は、しっかりと任務を果たすために決めました。今回の公演は、お世話になった方々に感謝の気持ちを込めた2日間の舞台ですが、劇場のキャパシティには限りがありますので、テレビ放映により全国の皆様にお届けできることを嬉しく思っております。最後の舞台、ということで淋しい想いもありますが、素敵なダンサーの方々と同じ舞台に立つことができるのは、ダンサー冥利に尽きます。私の35年間踊ってきた舞台の集大成となりますので、どうぞよろしくお願いします。」と現役から身を引くことへの想いを述べた。
この「Last Dance」に出演するダンサーは、ともにロイヤル・オペラ・ハウスの舞台に立った英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、フェデリコ・ボネッリを始め、プリンシパルの平野亮一、高田茜、ヤスミン・ナグディ、ファーストソリストのジェームズ・ヘイ、ヴァレンティーノ・ズゲッティ、ソリストのミーガン・グレース・ヒンギスが参加する。
さらに、ボリショイ・バレエから英国ロイヤル・バレエに転身して、ドラマティック・バレエの名ダンサーとして定評のあったイレク・ムハメドフが参加する。吉田は英国ロイヤル・バレエ入団当初に、ムハメドフとパートナーを組んで踊ったという。演目は未定ながらこのニュースは記者会見の会場で初めて披露された。バレエダンサー、吉田都見納めの舞台で、彼女とムハメドフの踊りが見られることには大いに心を動かされる。ムハメドフは、近年では2009年に日本で踊ったことがあるが、ボリショイ・バレエの『スパルタクス』や英国ロイヤル・バレエの『三人姉妹』(『ウインター・ドリームス』)などの名舞台は、未だに脳裏に焼き付いて離れない。「Last Dance」で、吉田都とムハメドフの舞台を見られるということは、まさに「観客冥利」につきるというものである。
また、カンパニーの垣根を超えて日本人ダンサーたちも出演する。島添亮子(小林紀子バレエ・シアター)、井澤駿、小野絢子、福岡雄大、米沢唯(新国立劇場バレエ団)、池田武志、渡辺恭子、石川聖人、石山沙央理、塩谷綾菜、髙谷遼(スターダンサーズ・バレエ団)、永橋あゆみ、三木雄馬(谷桃子バレエ団)、沖香菜子、秋元康臣(東京バレエ団)、阿部裕恵、水井駿介(牧阿佐美バレヱ団)。舞台の演出は山本康介、井田勝大の指揮により東京フィルハーモニー交響楽団が管弦楽を演奏する。

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上演予定のプログラムは、アシュトン振付の『誕生日の贈り物』。これは1956年に当時のサドラーズウエルズ・バレエ団で創立25周年記念として初演された。音楽はグラズノフで7組のペアが踊るが、吉田はマーゴ・フォンテーンのために振付られたメインパートを、ボネッリと踊る。このパートを踊るのは、今回が初めてだそうだ。引退公演で初役に挑戦するとは、いかにも吉田都らしいバレエ芸術に対する誠実さを感じさせる選択である。この曲のそのほかのパートは、米沢唯&井澤駿、島添亮子&福岡雄大、永橋あゆみ&三木雄馬、阿部裕恵&水井駿介、池田武志&渡辺恭子、沖香菜子&秋元康臣となっている。さらに吉田は、ボネッリとは、ピーター・ライト版『白鳥の湖』第4幕からを踊り、アシュトン振付『シンデレラ』第3幕からヴァリエーションも踊る予定。
フォーサイス振付の『精確さによる目眩くスリル』は、ヤスミン・ナグディ、高田茜、ヴァレンティーノ・ズケッティ、ジェームス・ヘイ、ミーガン・グレース・ヒンギス。ビントレー振付の『Flower of the Forest』から、はスターダンサーズ・バレエ団。やはりビントレー版の『シルヴィア』からパ・ド・ドゥ、これは小野絢子と福岡雄大。マクミラン振付『アナスタシア』からパ・ド・ドゥは、高田とヘイ。『くるみ割り人形』グラン・パ・ド・ドゥはナグディと平野などが予定されている。
吉田都が自身のバレエダンサーとして歩んできた道を振り返る思いで編んだ「Last Dance」のプログラムは、アシュトン、マクミラン、ビントレー、ライトと、英国バレエの精髄を洗練された選択で見せ、21世紀に至るバレエのパースペクティヴをフォーサイスにみる、といったプログラム構成となっている。

KKK_5952.jpeg世界のトップの地位で踊り続けたバレエダンサーにとって、引退公演、ということは、どれほどの重みを持つものなのか。それはおそらく、われわれの想像を超えたものだ。私の経験から一例を挙げると、かつてオペラ座を引退した女性ダンサーにインタビューしていて、2年ほど前にガルニエ宮で行われたの彼女の引退公演について2、3問ごく普通に質問した。すると彼女は思い出が胸に溢れたのか、感極まって泣き出してしまい、しばしインタビューを中断しなければならなかった・・・。
最近、アレッサンドラ・フェリやイザベラ・ゲランなどは、一度、身を引いた後に舞台復帰し、若い才能を遥かに凌駕する素晴らしい演舞を見せている。ただ、彼女たちは国立のオペラハウスの芸術監督という大任を引き受けた訳ではない。つまり、日本のバレエ界は、吉田都が踊る舞台がなくなったとしても、吉田都に指導を仰ぐ必要がある、ということなのであろう。

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