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スリリングな亡命ドラマを描き、<黒豹>と言われたヌレエフの踊りの「孤独な魂」に迫った映画『ホワイト・クロウ』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

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20世紀の大スター、ルドルフ・ヌレエフが、1961年旧ソ連からフランスへ亡命したパリの空港での出来事をドラマティックに描いた、映画『ホワイト・クロウ』を観た。昨年10月東京国際映画祭に続いて二回目の鑑賞だが、なかなかおもしろく観ることができた。というのも英国BBC製作のヌレエフ亡命現場の再現ドキュメンタリー"Dance to Freedom"(2015年)と言う番組を、事前に観ていたために、いっそう興味が深まったからだ。この番組は、ヌレエフの伝記(『ルドルフ・ヌレエフ』2007年仏フラマリオン社刊)を書いたフランス人ジャーナリスト、アリアン・ドルフスが協力して、ピエール・ラコットやクララ・サン(終始音声で出演)、クレール・モットー、アラ・オシペンコ、さらには当時のKGBの担当者などの目撃者たちの証言を集めて、とてもリアルに<亡命の現場>を再現している。その再現ドラマのヌレエフ役は、ユーリ・ポーソホフ振付で2018-19年のロシアの舞踊関連のアワードを総なめにした、バレエ『ヌレエフ』でタイトルロールを踊ったボリショイ・バレエのアルテム・オフチャレンコ。そのほかクララ・サン役にはスヴェトラーナ・スミルノーワ、ユーリ・ソロヴィヨフ役にアルチョム・ヤコヴレフ他が出演している。
映画『ホワイト・クロウ』を監督したレイフ・ファインズは、ジュリー・カヴァナの『NUREYEV』に触発されて映画化を思い立ったと語っているが、当然ながら亡命シーンは同じような経過を辿っている。

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とはいえ『ホワイト・クロウ』は、スリリングな亡命のドラマを描きながら、バレエを超越した20世紀の大スター、ルドルフ・ヌレエフの<黒豹>にも例えられた生命力の漲った野性的な踊りの深奥にある「孤独な魂」に深く迫っている。
監督はレイフ・ファインズで、英国王立演劇学校を卒業し、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで活動。『イングリッシュ・ペイシェント』ではアカデミー賞主演男優賞にノミネートされるなど俳優として活躍。監督としてはシェイクスピアの悲劇『コリオレイナス』の現代版『英雄の証明』、ディケンズの愛人を描いた『エレン・ターナン〜ディケンズに愛された女〜』などを手がけ、『ホワイト・クロウ』は3作目だが1作ごとにその声価を高めている。ヌレエフ役は、ウクライナ出身でカザンのタタール国立オペラ劇場バレエ団のオレグ・イヴェンコ。そのほかバレエダンサーとしては、キーロフ・バレエのパリ公演ではホテルでヌレエフと同室だったユーリ・ソロヴィヨフ役に<刺青のダンサー>ことセルゲイ・ポルーニン。劇中でも華麗なジャンプを見せるが、ソロヴィヨフはキーロフ・バレエで活躍するが後年、謎の自殺を遂げたと言われる。(ちなみにソロヴィヨフ夫人はロシアの名ダンサー&教師、振付家だったニコライ・レガートの孫娘タチアナで、英国、アメリカでバレエを教えた。"Dance to Freedom" でもコメント出演している)また、キーロフの名花でコンスタンチン・セルゲイエフ芸術監督(当時)夫人だったナタリア・ドゥジンスカヤ役は、ハンブルク・バレエ団で踊ったアンナ・ポリカルポヴァで、劇中で26歳年下のヌレエフと華麗な踊りを踊るシーンを披露している。
そのほか亡命に重要な役割を果たした美女、クララ・サン役は、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した『アデル、ブルーは熱い色』などのアデル・エグザルホプロス。元オペラ座のエトワールで『パキータ』『ファラオの娘』などの名作の復活振付で知られ、パリ公演中のでヌレエフと交流し、亡命の現場にも居合わせたピエール・ラコット役を、フランスの映画やテレビで活躍するラファエル・ペルソナ。元オペラ座のエトワール、クレール・モットー役をフランスのカリプソ・ヴァロワ。ヌレエフやバリシニコフの教師として知られる名教師アレクサンドル・プーシキンの妻で、生徒のヌレエフと関係を持つクセーニア・プーシキン役を旧ソ連タタール出身のチュルパン・ハマートヴァ、そしてファインズ監督自身がプーシキンを演じ、深い情感を滲ませた演技でこの映画の芸術性を高めている。

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ファインズ監督の演出もまた、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身らしいオーソドックスで堂々たるもの。特に、KGBとフランスの空港警察が激しく対峙するなかで、亡命を決断するまでの運命の瞬間を、初めて母親の下を離れてバレエに打ち込む幼い姿とのカットバックで見せるシーンは秀逸。シベリア鉄道の列車の中で生まれ、貧しい母親の愛情にすがるように生きていた幼い少年が、一人で未知のダンスの世界に自身を駆り立てていこうとする健気な魂と、祖国を捨てて新しい国へと突っ走る若者の心が時空を超えて共鳴して、観客の胸を激しく揺さぶる。また、父親の狩りについていき、置き去りにされたかのようなシーンもあり、父親は少ししか登場しないのだが、じつにヌレエフの心に大きな刻印を記している、とも感じられた。
そしてバレエの師、アレキサンドル・プーシキンとの関係は、なんとももの悲しくやりきれない想いにさせられるが、20世紀を駆け抜けた大スター、ルドルフ・ヌレエフには、これもまた、ひとつの現実として認めなければならないものだったのであろう。
一人の偉大なバレエダンサーが祖国、家族、教師、友人を捨てて、自由に踊ることのできる世界を求めて亡命する決断をなす、その時をクライマックスとして描いた一見に値する見事な映画である。

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映画『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』

©2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

5月10日 TOHOシネマズ シャンテ、シネクイント、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
2018/イギリス=ロシア=フランス/ロシア語・英語・フランス語/127分/ビスタ/カラー・モノクロ/5.1ch 字幕翻訳:佐藤恵子 ≪配給≫ キノフィルムズ

http://white-crow.jp/

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