ルグリとスミルノワが初めて踊った『OCHIBA』ほか、音楽とバレエの濃密な舞台が繰り広げられた

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

Manuel Legris 『Stars in Blue』 Ballet & Music

マニュエル・ルグリ「スターズ・イン・ブルー」バレエ & ミュージック

「Manuel Legris 『Stars in Blue』 Ballet & Music」という長いタイトルの公演が、東京や名古屋など4都市で開催された。コンサートホールというむき出しの舞台で、世界的なダンサーと演奏家が対峙するように同じステージの上で共演し、さらに音楽のみの演奏も交え、バレエと音楽の両方の魅力を堪能してもらおうという企画。出演したダンサーは、全体を総括したウィーン国立バレエ団の芸術監督で、元パリ・オペラ座バレエ団の人気のエトワール、マニュエル・ルグリをはじめ、ボリショイ・バレエのプリンシパル、オルガ・スミルノワとセミョーン・チュージン、そして、ケガのため降板した木本全優に代わって参加したハンブルク・バレエ団のプリンシパル、シルヴィア・アッツォーニの4人。対する演奏家は、世界に羽ばたく日本の若手2人で、2009年に16歳でハノーファー国際コンクールで優勝したヴァイオリンの三浦文彰と、2007年に20歳でロン=ティボー国際コンクールで優勝したピアノの田村響。ほかに、ルグリのソロ作品でピアノを務めたウィーン国立バレエ団専属ピアニストの滝澤志野も加わった。ルグリとスミルノワが初共演すること、それもパトリック・ド・バナが2人のために創作した作品の世界初演で実現することが注目された。なお、ルグリにとっては今年が来演35周年に当たるそうで、2020年にはウィーン国立バレエ団を去ることもあり、関心は高かった。東京での公演初日を観た。

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『ソナタ』シルヴィア・アッツォーニ/セミョーン・チュージン 撮影/瀬戸秀美

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『Moment』マニュエル・ルグリ 撮影/瀬戸秀美

第1部はウヴェ・ショルツ振付の『ソナタ』で始まった。ラフマニノフの「チェロ・ソナタ作品19」にのせて、初顔合わせのアッツォーニとチュージンが淡い感情を豊かに歌いあげて踊った。アッツォーニはたおやかに手脚を操り、チュージンは美しく彼女をリフトし、滑らかなターンも見せた。このチェロ曲を三浦はヴァイオリンで演奏したが、やや違和感が残った。続いて、三浦がパガニーニの「ネル・コル・ピウ変奏曲」を独奏した。超絶技巧が詰め込まれたこの難曲を、三浦はいとも爽快に弾ききった。その鮮やかな指使いと弓さばきには、耳だけでなく目も奪われた。
ルグリのソロ『Moment』は、ナタリア・ホレチナが彼のためにバッハの曲を用いて2017年に振付けたもの。ルグリはバレエのステップを踏み、ポーズを取り、手を叩き、かがみ込むなど、何かの衝動に突き動かされるように踊り続けた。ひたむきなルグリの演技に、彼がこれまで歩んできた人生が投影されているようで胸が詰まった。滝澤のピアノはルグリの心に共振するように寄り添っていた。次は、スミルノワによるフォーキン振付の『瀕死の白鳥』(音楽・サン≡サーンスの「白鳥」)。片腕で顔を隠すようにして正面向きで現れたスミルノワは、心の揺れを伝えるような腕の動きが個性的だったが、何よりもパ・ド・ブーレが美しかった。たゆたうような「白鳥」の旋律をヴィオラで豊かに歌いあげた三浦と、粒だったピアノで柔らかく支えた田村の演奏も聴きごたえがあった。

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『瀕死の白鳥』オルガ・スミルノワ 撮影/瀬戸秀美(すべて)

第2部はローラン・プティがマスネの音楽に振付けた「マ・パヴロワ」より『タイスの瞑想曲』で始まった。踊ったのはスミルノワとチュージンのロシアのペア。スミルノワはプティ独特の細やかな脚さばきを器用にこなして愛らしく舞い、チュージンの優れたパートナーシップと相まって、情緒あふれるデュエットが展開された。主張するような三浦のヴァイオリンも耳に残った。続いて、アッツォーニがジョン・ノイマイヤー振付の「夜の歌」より『ノクターン・ソロ』を踊った。田村が弾くショパンの「ノクターン第21番」にのせて、楽しそうに、弾けたように、おどけたようにと、様々な感情を自在に、エレガントに踊りで見せた。その豊かな表現力に改めて感心した。この後は音楽のみの演奏が続いた。田村はショパンの「ノクターン第20番(遺作)」の抒情的な旋律を思い入れたっぷりに、この上なく切なく奏で、続くショパンの「華麗なる大円舞曲」は思い切りよく、けれど繊細さを湛えながら色彩感豊かに弾いた。三浦と田村が共演したラヴェルの「ツィガーヌ」では、独奏ヴァイオリンの三浦のテクニックが冴えた。

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『タイスの瞑想曲』「マ・パヴロワ」より オルガ・スミルノワ/セミョーン・チュージン

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『ノクターン・ソロ』「夜の歌」より シルヴィア・アッツォーニ

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(写真左より)
三浦文彰、滝澤志野、田村響、マニュエル・ルグリ、オルガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン、シルヴィア・アッツォーニ

最後を飾ったのは、パトリック・ド・バナがルグリとスミルノワのために振付けた『OCHIBA〜When leaves are falling〜』。詩人のアレッサンドロ・バリッコの『絹(シルク)』に着想した作品で、19世紀に、上質な蚕を求めて日本にたどり着いたフランス人が武将の妻に出会い、スピリチュアルな恋をするという物語。音楽はフィリップ・グラスの「メタモルフォーゼⅡ」と「Mishima/クロージング」。田村が無機質で反復の多いこの曲をピアノで弾く中、スミルノワが白い薄手の打ち掛け風の衣を羽織って下手に現れ、静かにポアントで進み、日本風に正座し、横たわるなどしたが、生身の女性というより妖精のよう。大きな旅行カバンが奥に置かれた上手では、ルグリが旅の途中であることを示すように後ろ向きで歩み続けた。ようやく二人は出会い、スミルノワがおずおずとルグリの肩に手を触れると、デュエットが始まった。スミルノワはルグリに支えられて手足を大きく伸ばし、ルグリにリフトされるまま身を任せもしたが、2人の思いは熱く燃え上がることなく、静かで穏やかなまま織り成されていった。横たわり瞑想しているようなスミルノワを残し、ルグリは床に落ちている彼女の衣を見つめて去って行った。10分ほどの小品だったが、ルグリとスミルノワの感性が絶妙に響き合い、振付家が意図した"沈黙の愛"を感じ取れた。

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『OCHIBA〜When leaves are falling〜』マニュエル・ルグリ/オルガ・スミルノワ

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『OCHIBA〜When leaves are falling〜』マニュエル・ルグリ

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『OCHIBA〜When leaves are falling〜』オルガ・スミルノワ

アンコールに三浦と田村が演奏したクライスラーの「美しきロスマリン」にのせて、出演者全員がステージに登場し、ピアノをバックにポーズを取った。総勢わずか7人で、これだけ密度の濃い舞台が繰り広げられたことに驚き、感心もした。ただ、今回の公演、ダンサーにとっては刺激になったと思うが、通常は音楽に集中する演奏家はどう感じたのか、それが気になった。
(2019年3月8日 東京芸術劇場 コンサートホール)

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