オペラとダンスをほどよくブレンドし、日本語で歌われた井上道義、森山開次による『ドン・ジョヴァンニ』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京芸術劇場シアターオペラVol.12

モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』井上道義:総監督・指揮、森山開次:演出・振付

東京芸術劇場シアターオペラVol.12として上演されたモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』。今回は、総監督である指揮者の井上道義が、ダンサーで振付家の森山開次を演出・振付に起用したのが注目された。このシアターオペラ・シリーズでは、近年、モーツァルトの『フィガロの結婚』に演劇界の野田秀樹を、プッチーニの『トスカ』に映画監督の河瀬直美を演出に迎えたのが話題になった。今回は、初めてダンス界からの起用ということで、"オペラ×ダンスの邂逅"と銘打っていた。さらに今回は、井上の強い意向により、日本語による英語字幕付き上演に挑むというのも注目された。しかも、タイトルロールにロシア人のヴィタリ・ユシュマノフを抜擢したのだから。なお、この公演は、全国の劇場や音楽団体がオペラを新演出で共同制作する「全国共同制作プロジェクト」として行われたもので、ほかに富山市のオーバード・ホールと熊本県立劇場でも上演された。

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マゼット:近藤圭、ツェルリーナ:小林沙羅
Photo: Hikaru.☆(すべて)

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ドン・ジョヴァンニ:ヴィタリ・ユシュマノフ、レポレッロ:三戸大久

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ドン・ジョヴァンニ:ヴィタリ・ユシュマノフ

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ツェルリーナ:小林沙羅、マゼット:近藤圭

さて、『ドン・ジョヴァンニ』の舞台。東京芸術劇場コンサートホールのステージ中央に浅くオーケストラ・ピットをしつらえ、その前方と後方の空間に加えて、ステージ奥に左右の階段を設置して上方にも演じる場を設けるなど、オペラ劇場ではない同ホールの空間をフルに活用していた。森山は、ドン・ジョヴァンニについて「女性の胎内で暴れ回っているような存在」をイメージしたそうだが、それを暗示するような舞台設計だった。骨盤を模したような白いイスも用いられていた。オーディションで選ばれた10人の女性ダンサーは、音楽が描くものを視覚で増幅するように、タイツ姿でシャープに動き踊った。
〈シャンパンの歌〉ではダンサーたちが男女のペアになって賑やかに踊り、下の舞台でドンナ・アンナとドンナ・エルヴィーラ、ドン・オッターヴィオがドン・ジョヴァンニへの復讐を誓う場面では、当のドン・ジョヴァンニが上方の舞台でダンサーたちにもてなされる様を見せもした。オッターヴィオがアンナへの思いを歌い上げるシーンでは、一人のダンサーが彼の心を静かな振りで伝えた。
クライマックスの〈地獄落ち〉では、ダンサーたちが赤いベルトでドン・ジョヴァンニを絡め取って劫火の地獄へ連れ去るという具合。幕切れでアンナら女3人とオッターヴィオら男3人が「これこそが悪人の末路」と歌うシーンの最後に、「しょせん男は女に囚われている存在」という森山のコンセプトが示唆されていたように思う。森山にとっては初のオペラ演出で、会場がコンサートホールという制約もあり、斬新さという点では物足りなさを覚えた。だが、過剰にダンスを挿入したり、変に奇をてらうようなこともせず、オペラとダンスを程よくブレンドしていたのには好感が持てた。

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ドンナ・アンナ:髙橋絵理

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ドンナ・エルヴィーラ:鷲尾麻衣

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騎士長:デニス・ビシュニャ

オペラでは「日本語字幕付き原語上演」が当たり前になった今日、敢えて日本語上演を選択した成果はどうだったか。日本語の歌詞は、井上が手を入れたというだけあって、音楽に合うように組み立てられていて聞きやすかった。字幕の英語に比べると、日本語では言葉数が少なくなってしまうのが難点だが、これは日本語の持つ特性のためで仕方ないことだろう。あとは歌手たちの歌唱力が問われることになる。今回、外国人を2人も起用したのには驚かされた。最初と最後にだけ登場する騎士長にウクライナ出身のデニス・ビシュニャを配したのはともかく、ドン・ジョヴァンニは、サンクトペテルブルク生まれで、ドイツで学び、2015年から日本を拠点としているヴィタリ・ユシュマノフである。確かに日本語は達者で、〈シャンパンの歌〉など早口で難なく歌いこなしたが、〈窓辺においで〉などでは歌唱が不安定になったりもした。スリムな体つきでも構わないのだが、ドン・ジョヴァンニらしい豪快さやデモーニッシュな魔力が備わればと思う。彼を取り巻く3人の女性のうち、ドンナ・アンナの髙橋絵理とドンナ・エルヴィーラの鷲尾麻衣はドラマティックな歌唱を響かせはしたが、日本語がよく聴き取れなかったのが惜しまれる。日本語が明確だったのはツェルリーナの小林沙羅とマゼットの近藤圭。小林は、アリアの後で2、3回ターンして高まる感情を表わすなど、身体性を活かした演技に自信があるようだ。ドン・オッターヴィオの金山京介は伸びやかで陰影のある歌唱を聴かせた。レポレッロの三戸大久はメリハリのある演技で健闘していたが、日本語での歌唱には苦戦したようだ。井上指揮の読売日本交響楽団は、モーツァルトの音楽を軽快に、流麗に、劇的にと、微細に描き分け、物語を牽引していた。
今回の『ドン・ジョヴァンニ』、オペラにダンスを掛け合わせるのには成功していたが、今の歌手たちは「原語上演」で育ってきているだけに、日本語上演には課題を残したといえる。
(2019年1月26日 東京芸術劇場)

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ドン・ジョヴァンニ:ヴィタリ・ユシュマノフ Photo: Hikaru.☆(すべて)

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