『Memory of Zero メモリー・オブ・ゼロ』開幕直前!小池ミモザ×遠藤康行 対談

ワールドレポート/東京

進行/坂口香野

「ダンスとは何か」「ダンスはどこへ向かうのか」――作曲家の一柳慧、演出家の白井晃がタッグを組み、振付に遠藤康行、ダンスにモナコ公国モンテカルロ・バレエ団プリンシパルの小池ミモザらを迎えた舞台『Memory of Zero』が間もなく開幕する。客席は神奈川県民ホールの舞台上にしつらえられ、劇場全体が「滅亡の街」と化すという。
開幕直前の稽古場にお邪魔し、小池ミモザ・遠藤康行両氏に、刺激的なコラボレーションの現場と作品にかける思いについて語っていただいた。

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――ミモザさんは、モナコで遠藤さんと稽古を進められ、4日前にモンテカルロ・バレエ団公演先のドミニカ共和国から、こちらの稽古場に直行したとうかがいましたが、他のメンバーと踊ってみていかがですか?

小池ミモザ:台本と動画を送ってもらっていたので、毎日繰り返し見ては「この中に入るぞ」って思っていました。そのせいか、すんなり入れましたね。動ける子ばかりで、ものすごく感じがいいチームだよって聞いてたんですが、そのとおりで。

遠藤康行:本当に、すんなり入ったね(笑)。

――今回は、神奈川芸術文化財団の芸術総監督の一柳慧さんと、KAAT(神奈川芸術劇場)芸術監督の白井晃さんがコラボレートする「芸術監督プロジェクト」の第3弾ですが、クリエイションの経緯について教えてください。

遠藤:白井さんがダンス作家を探しているということで、声をかけていただいて。実際にお会いしてみたら、好きなダンス作品や創作に対する考え方など、すごく話が合って意気投合したのが始まりですね。白井さんは僕が芸術監督をしている横浜バレエフェスティバルや、新国立劇場での『Summer/Night/Dream』など、ミモザさんとの作品も見てくださっていて、「彼女に出てほしい」という考えがもともとあり、一気に話が動き出したという感じです。

――出演者決定にあたって、昨年11月に大規模なオーディションを行い、約140名もの応募があったとうかがいました。少し稽古を拝見しましたが、ものすごい身体能力の方々が集まっていますね。

小池:みんな、とんでもないですよ(笑)。

遠藤:今回の作品には、いろんなキャラクターがいたほうがいいなと思ってオーディションをしました。だから、ヒップホップ系の人も、バレエの人も、新体操やチアリーディングの経験者もいる。何が来ても踊れる基本的なダンス能力がありつつ、個性もしっかり強い人を選びました。

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――今回の公演では、第一部が『身体の記憶』。第二部が、ポール・オースターの小説『最後の物たちの国で』を基にした作品ですね。

遠藤:まず、『最後の物たちの国で』をもとに白井さんが台本を書くということで、第二部が先に固まりました。原作を読んだときは「うわ、難しい! こんなの踊りにできるの?」と思ったんですが、台本はすごくわかりやすく、ストーリーが伝わりやすくなっていました。主人公のアンナの心象風景が、クリアに書いてあるんです。それを体に入れて、ダンスという形で表現していくのが面白い。その作業を一生懸命やっているところです。
第一部は、一柳先生の音楽がまずあって、そこから受けるインスピレーションや、「ダンスはどこに向かうんだろう」「そもそもダンスってなんだろう」という根本的なテーマからふくらませて動きをつくっています。いろいろなジャンルのすごいダンサーが集まっているので、単純に踊りだけを見ていても楽しめるんじゃないかな。

小池:一部と二部はリンクしていないようでいて、「メモリー」というテーマでつながっていますよね。記憶だったり、時間の経過だったり、それが巻き戻っていったり。

遠藤:そうですね。そういうリンクはあちこちにちりばめたいなと思っています。

――ミモザさんは、『最後の物たちの国で』のアンナ役をというお話を受けてどうお感じになりましたか。

小池:嬉しかったですね。何かを演じることが大好きなので。台本をいただく前は原作を読んだのですが、一人だけでイメージを膨らますのはちょっとセーブしておいて、遠藤さんがモナコにいらした時に、話し合いながら一気にこのキャラクターを作っていきました。アンナはこのシーンでどう感じているのかなとか、探っていくのが楽しくて。

――『最後の物たちの国で』の舞台は、何もかも破滅に向かい、物がなくなっていく世界。その世界へ、アンナはたった一人で行方不明の兄を探しにやってきて、飢えや略奪など、悲惨な出来事に次々と巻き込まれていきます。ゴミをあさり、物を拾わないと生きていけない。街には自殺したい人がたくさんいて、飛び降りが勇気ある行動としてたたえられていたり、死ぬまで全力で走り続ける宗教団体「走者団」がいたり......。

遠藤:そう、死ぬためにわざわざ体を鍛えてるんです。その中にアンナとイザベル役の鳥居(かほり)さんが入り込んでしまう。死ぬためにひたすら走っているので、周りはまったく見えていない。

小池:ものすごいシーン(笑)。

遠藤:危ないしね(笑)。見ごたえのあるシーンに仕上がっていると思いますよ。みんな動けるダンサーだし、いろんなアイデアを出してくれる。

小池:日に日に動きが増えていっていますよね。今日のリハーサルで白井さんに言われたのは、「アンナは最初、この街のことを何も知らない」ということ。何が起こるのか、何が怖いかをまったく知らない。みんなにとっては普通のことが、私にとっては普通じゃない。街の現実を知っていくことで、感情がエスカレートしていかなきゃいけないんだなと思いました。

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――物語の最初だけを読むと、この絶望的な世界でアンナはどうやって希望を見出すんだろう? と感じてしまいます。

小池:私が考えさせられたのが、「記憶」というものの使い方です。過去の記憶に縛られていると、前に進んでいけない。でも、記憶を踏み台に、希望を見出して、前に進んでいくことができる。何もかもなくなって、この先、何が起こるかもわからない。そんな時、希望がないと生きていけないから。

遠藤:「記憶」が物語のキーになっています。たとえば、すべての物がなくなってしまう前に、記憶を書き記す。書いて書いて書いて、記憶を昇華させるみたいな。

――作品自体が、アンナが書き記した「手紙」という形になっていますね。「立ち続けていること」「一歩一歩、歩き続けること」が大事だという表現も印象的です。

遠藤:書くこと、動くこと、踊ること。記憶をアクションにつなげる。最終的には、動かないとだめなんだ。

小池:動かないと死んでいってしまう。

遠藤:そうだよね。何もかも死滅してゆく世界でも、今、何かしなくては。悲しいテーマなんですが、動くことで、絶望の中から何かを見つける作業をしていると思うんですよね。描かれているのはデストピア的な世界だけれど、現実の世界にも、こういう絶望的な状況はたくさんあると思います。

小池:最後に、「いまこの時点で私が望むのは、とにかくもう一日生き延びるチャンス、それだけです」というセリフがあって。そういうふうに考えると、その一日を満喫しよう、一生懸命生きようと思えてきます。記憶があるからこそ、前にも進めるし、外の世界に出ていく希望も見いだせる。前に進むために「記憶」をどう使うか、たくさん考えさせられます。

遠藤:テキストの底にいろんな深いものが凝縮されていて、それを一つひとつ見つけていくのが楽しいですね。たぶん、人によって響くところは違う。だから、白井さんはテキストから具体的な説明をとっぱらって、よりシンプルなものにしようとしています。僕もそれがいちばんだと思う。

小池:見る人それぞれのイマジネーションをかきたてられたらいいですよね。

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――今回、遠藤さんと白井さんは、どのようにコラボレーションされているのでしょうか。

遠藤:白井さんは振付についても思ったことを言うし、僕も演出に関して意見を言います。「もうちょっとダンス的な表現がいい」と白井さんが言うこともあれば、ダンサーがやったことのない演劇的な表現が意外に新鮮だったりして。

小池:白井さんの頭の中はどうなってるんだろうと思うこともありますね。心がものすごく広いかたで。たとえば、ドミニカ共和国でちょっとした事件があって、目の前でピストルを出した人がいたんですよ。結局誰も撃たれることはなかったんですけど、ああ、人間ってこういう時、全然動けないんだなって感じたんです。白井さんにその話をしたら、暴力に遭うシーンに、その感覚をすぐ取り入れてくださって。

遠藤:いいなと思った材料はすぐ取り入れる。僕もそうです。

小池:ダンサーにとって、「この言葉だったらどんな動きになるだろう」って考えることはすごく大事だと思うんです。ただ「動き」だけを求められるのではなく、一人のアーティストでいたい。

――それができるメンバーがそろっているんですね。

遠藤:そうですね。ダンサーも、スタッフも、全員がコミュニケーションをとりながら一つの作品をつくっていけている。異分野どうしのコラボが楽しい現場なので。

小池:ふだん見られないような舞台になると(笑)。

遠藤:なるね(笑)。

小池:バレエとかダンスとか演劇とか、ジャンルの壁をどんどん壊し、広げる作品になっていると思います。観客席が舞台上にあるので、ダンサーの汗が飛んでくるんじゃないかというくらいの距離で、その世界に入り込めるような演出になっている。お客様には、その場のエネルギーを一緒に感じていただきたいですね。

遠藤:客席と舞台、音楽とダンスが溶け合って、県民ホール全体が一体化する。最終的には、そんなふうになれたらいいなと思っています。

――開幕が楽しみです。本番直前のお忙しい中、ありがとうございました。

一柳 慧×白井 晃 神奈川芸術文化財団芸術監督プロジェクト
Memory of Zero メモリー・オブ・ゼロ

2019年3月9日(土) 18:00開演
2019年3月10日(日) 15:00開演
※両日ともアフタートークあり

神奈川県民ホール 大ホール

ピアノ/一柳 慧
構成・演出/白井 晃
振付/遠藤康行
指揮/板倉康明
演奏/東京シンフォニエッタ
ダンス/小池ミモザ 鳥居かほり 高岸直樹 引間文佳 遠藤康行 他
https://www.kanagawa-kenminhall.com/moz/

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