開幕直前!Kバレエ『カルメン』リハーサルレポート「恋に落ちてゆく<魔の瞬間>に立ち会う」

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

2014年に初演された熊川哲也振付『カルメン』が、Kバレエカンパニー設立20周年シリーズの一つとして、3月6日より上演される。矢内千夏×熊川哲也、中村祥子×宮尾俊太郎、荒井祐子×堀内將平、毛利実沙子×杉野慧の4組が主演。初日まで2週間を切った2月22日、東京・小石川のKバレエスタジオで公開リハーサルが行われた。

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まずは、遅沢佑介の指導による、カルメン(毛利実沙子)とドン・ホセ(杉野慧)のパ・ド・ドゥから。ドン・ホセが、自分を誘惑したカルメンの「リリアス・パスティアの酒場で待ってる」という言葉を信じて、彼女を探しにくるシーンだ。音楽は「間奏曲」。ピアノが奏でるやさしい旋律に乗って、杉野が酒場の雑踏の中、カルメンを訪ね歩く。「一瞬で流さないで。(相手の顔を確かめるところを)きちんと見せて」と、遅沢が指示する。間奏曲の牧歌的な響きと、真剣な目で恋しい人を「探す」杉野の動きはよく合い、いちずな思いが溢れ出すようだ。
やがて彼は酒場の片隅で、どことなく人待ち顔だったカルメンを見つける。音楽の高まりとともに、毛利は杉野に向かって軽やかに体を投げ出し、二人は高いリフトを繰り返す。毛利のカルメンは情熱的だけれどどこまでもピュアだ。恋に落ちるときの心地よいスピードを感じさせるような振付だが、それを自然に見せるのは容易ではない。遅沢は二人の微妙な位置関係や体重のかけ方を細かに指導してゆく。
リハーサル後、毛利は「カルメンの性格をしっかり理解し、自分のものにして踊りたいです」と抱負を語った。「ドン・ホセは、もともと責任感の強い、正義感あふれる青年。それが一人の女性によってどんどん堕ちていき、人の道を外れていく。『好き』が『狂気』に変わっていく、その過程をみせたいですね」と杉野。遅沢は「カルメンとドン・ホセのような恋は、ある意味『ありえる』話。その中で、自分の人間性をそのまま出せばいい」とアドバイスしていた。

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続いて、パ・ド・ドゥの直前にあたる、酒場での群舞シーンのリハーサルが始まった。カルメン役は荒井祐子、酔ってカルメンにからむ衛兵隊長スニガ役はスチュアート・キャシディが務める。急速な3拍子の音楽とともに、ジプシーたち、密輸業者や衛兵たちが入り乱れて踊り始める。「入り乱れて」見えるけれど、交錯し、絡まりあうダンサーの動きやタイミングはもちろん正確に決まっていて、すべてが煽情的なリズムにぴたりとはまりつつ進行してゆく。「肩の角度、気をつけて」「回りきってから脚を上げるんじゃなくて、回りながら。スパッと上に突き抜けて」。芸術監督補佐・前田真由子の指示が飛ぶ。荒井を男たちが取り囲み、キャシディはしつこくからみ、女たちはカッコよく腰、肩をひねりつつ、自分の魅力を誇示して踊る。音楽はしだいにアップテンポになり、荒井が男たちにリフトされてフロア中央へ。トウシューズの先で激しく床を踏み鳴らし、スカートをひるがえして踊りる彼女を中心に、ダンサー全員がものすごいエネルギーを発散させる。ちょうどカルメンが台風の目のようだ。最後は、酔いつぶれて倒れたスニガの上に、カルメンがでんと腰をおろしてフィニッシュ!
そうか、このシーンの後に先ほどのロマンチックなパ・ド・ドゥがくるのかと思うと不思議な気持ちになる。さらにパ・ド・ドゥの後は、カルメンが兵舎に帰ろうとするドン・ホセを激しくなじり、密輸業者の仲間に引き入れようとするシーンが来るはずだ。荒井や毛利ら「カルメン」たちは、まったく異なるそれらの表情をどう演じるのだろうか。

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初演時にもカルメンを演じ、高い評価を得た荒井は次のように語った。「カルメンは人間の欲望すべてをもっていて、気持ちがすぐ沸点にきてしまう。心から愛した人でも、嫌いになったらとことん嫌い。私たちがふだん押し殺してしまうような感情のままに生きている正直な女性なので、彼女の人生を経験できるのはすごく楽しいです。音楽を聴くと、自然と顔がカルメンになってしまいます(笑)」。
スニガ役のキャシディは「クラシック・バレエを忘れてナチュラルに演じたい。カルメンに対してダーティにふるまったり、酔っぱらったり。そういう人間らしさを楽しみたい」と語りつつ、バレエの立ち方と「スニガ立ち」を実演してくれた。別人である。第5ポジションでまっすぐ立つだけで「王子」の品格が漂うが、背を丸め、ぐしゃりとバランスを崩せば、とたんに横柄でオヤジ感あふれる「スニガ」が現れる。鍛えぬいたダンサーの「ナチュラル」は、一般人のナチュラルとは次元の違う野性味や色気を醸し出すものだと実感。前田は、「たくさんの登場人物が出てきますが、ステップ一つひとつに、一人ひとりの人生が見える。人間くさいというか――非常にドラマ性の高い作品ですね」と語る。

ダンサー一人ひとりのステップで重層的に構築されるグランド・バレエ『カルメン』。バレエファンはもちろん、オペラファンにもおおいに楽しめる作品となりそうだ。とりわけ、「カルメンは自由に生きて自由に死ぬんだ!」という絶唱で有名なラストシーンを、4組のカルメンとドン・ホセたちがどう踊るのか興味をひかれる。現実にはなかなかそうは叫べないからこそ、舞台上で欲望のままに生きるカルメンに会いたくなるのかもしれない。

熊川哲也 Kバレエカンパニー Spring Tour 2019『カルメン』

●東京公演
2019年3月6日(水)〜3月10日(日)
Bunkamuraオーチャードホール
●宮城公演
3月19日(火)
東京エレクトロンホール宮城
●福島公演
3月21日(木・祝)
けんしん郡山市民文化センター
http://www.k-ballet.co.jp/

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