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『ラ・バヤデール』を新たに改訂し活き活きとしたヴァージョンとして上演、谷桃子バレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

谷桃子バレエ団

『ラ・バヤデール』高部尚子:演出・改訂振付、マリウス・プティパ:原振付

谷桃子バレエ団の新春公演2019『ラ・バヤデール』原振付、マリウス・プティパ、演出・改訂振付、高部尚子を観た。それは谷桃子バレエ団の伝統となっている、スラミフィ・メッセレルがボリショイ・バレエ版を持ち込み、谷桃子、望月則彦が改訂を加えたヴァージョンを継承し発展を試みている。しかし、大きくストーリーラインを変更したり、奇抜な演出を行なったりはせず、良く練られ完成度を持つ舞台に作り上げられている。

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永橋あゆみ、檜山和久 撮影/スタッフ・テス株式会社 谷岡秀昌 根本浩太郎(すべて)

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永橋あゆみ、檜山和久

高部尚子は谷桃子バレエ団のプリマ時代にはニキヤは踊った経験がないとのことだが、それだけより綿密にストーリーを咀嚼し、様々な工夫を凝らしていて、そのほとんどが効果をあげている。
まず、冒頭は、ニキヤが天空を見て竪琴を奏でている。それを見るマクダヴェアのヴァリエーション。高部は改訂にあたって、『ラ・バヤデール』を見ると「どうしてもマクダヴェアに目がいく」と言って、この人物の存在に着目している。そして厳しい身分制度の最下層の苦行僧として登場するマクダヴェアの、ニキヤへの秘めた愛の苦悩を描く。すると従来版では弱かった身分制度全体がはっきりと観客に感じられる。マクダヴェアのニキヤへの密やかな恋は、現世では報われるはずがない、と言うことは彼はもちろんだが、観客も容易に理解できる。従来版でも身分制度は描かれているが、それは騎士、踊り子に対して、大僧正や王が絶対的な力をもっていることを表しており、苦行僧の存在はドラマの背景に押しやられている。
大僧正のバラモンもまたニキヤに恋い焦がれており、マクダヴェアの秘められた思慕に気付く。ここはニキヤが身につけていた薄絹のスカーフの変転で、巧みに表されている。しかし、バラモンは自らの立場も忘れ、隙を見てニキヤをかき口説く。
ニキヤとソロルは相思相愛である。すると、ニキヤを巡って3人の男性の愛と王の娘ガムザッティの嫉妬がドラマを織り成し、いっそうこの物語は深みが増してくる。

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(左から)齋藤拓、佐藤麻利香、安村圭太
(記事当日とは異なった日の公演です)

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安村圭太、今井智也
(記事当日とは異なった日の公演です)

さらにインド舞踊を折々に採り入れるなど、古代インドのイメージを明確化している。これは従来版は、その作られた時代から言ってインドとアフリカが混在してしまうのも無理からぬ点もあるが、その後の改訂版がほとんど放棄していた部分である。さすがに各地域により無数とも言われる民族舞踊があるインドの舞踊の伝統の深部には関わることはできなかったが、貴重なチャレンジと言って良い。
ただしかし、第3幕では、愛するニキヤ殺害に心ならずも加担してしまったソロルの錯乱に乗じて、マグダヴェアはアヘンを吸引させる。ソロルが裏切らなければニキヤは死ななかった、だからソロルを恨んで彼をアヘン地獄に追い込み死なせてしまう。そしてマクダヴェアは苦行僧から僧侶に昇格し、二人を黄泉の国で結ばせる、という展開。だが、それまでにマクダヴェアとソロルの関係があまり明快に描かれていないのと、ここでマクダヴェアが主役となっていることは少し考えさせられた。ソロルがニキヤ殺しに加担したという内面の意識と、ニキヤが王とガムザッテの勢力によって殺された現実とは異なっている。この点をドラマがすべてソロルのみに帰するのは、少々無理はないだろうか。あるいはマクダヴェアにブッダの思想を写したのだろうか。
エピローグは谷桃子バレエ団の伝統とも言える、ニキヤとソロルが天空で結ばれるシーンで、今回のプロローグと照応しており、いっそう美しいエンディングとなった。
セルゲイ・ヴィハレフが復元したマリウス・プティパ振付の『ラ・バヤデール』の原典のアポテオーズは、大寺院の崩壊によって人間の築いた社会が法を失って瓦解する様を表し、そこに「神」の顕現を描いていた。
『ラ・バヤデール』という古典名作全幕バレエのエンディングが、プティパ版と谷桃子バレエ団のヴァージョンと異なるのは、フランス人のプティパと日本人の谷桃子の宗教観の違いが現れたもの、と言えるのかもしれない。

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永橋あゆみ、檜山和久

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永橋あゆみ、檜山和久

ニキヤとソロル、ガムザッティはトリプルキャストだったが、私はニキヤは永橋あゆみ(竹内奈那子、佐藤麻利香)、ソロルは檜山和久(三木雄馬、今井智也)、ガムザッティは馳麻弥(山口緋奈子、加藤未希)で観た。マクダヴェアは3公演とも安村圭太、バラモンは赤城圭(齋藤拓)、ドゥグマンタは内藤博だった。
永橋のニキヤは堂々とこの悲劇を踊りきった。終始悲しみのヴェールを纏った表現で舞台全体に緊張感を漲らせていた。檜山のソロルも落ち着いてきっちりと踊った。第3幕のパ・ド・ドゥは荘厳な雰囲気を醸し、かつ天空の軽やかさをも感じさせる見事なものだった。特に谷桃子バレエ団のヴァージョンの幻想シーンは、従来版のようにヒマラヤの山からではなく、天空から繋がった階段を降りてくるので、ニキヤとソロルが黄泉の国へと至る道筋が美しく見られる。
第2幕のデヴェルティスマンはヴァラエティに富んでいて楽しめた。特に、高部尚子が中学1年生の時に子役デビューで踊ったという「みつばち」が可愛らしかった。
(2019年1月12日夜 東京文化会館)

(以下の写真は全て記事当日とは異なった日の公演です)

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安村圭太

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撮影/スタッフ・テス株式会社 谷岡秀昌 根本浩太郎(すべて)

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