<白井晃さん・首藤康之さんの開幕直前対談> サルトルの『出口なし』、白井晃演出、首藤康之、中村恩恵、秋山菜津子の出演により間も無く開幕

ワールドレポート/東京

----『出口なし』初日は1月25日ですが、稽古はいかがですか。

白井 12月に集中的に稽古して、年末年始、ちょっとインターバルがあったんですが、また昨日から再開して、もう一気呵成に。

首藤 昨日からでしたね、じゃあ意外と進みましたね。

----白井さんはダンサーの方とのお仕事も多いですね。

syuto_shirai.jpg

白井 そうですね。80年代くらいから日本のコンテンポラリー・ダンスや海外から招聘されたダンス作品を観たり、海外に観に行ったりもしてきました。演劇にも身体性を取り入れた作品をやっていきたいと思っていて、このKAAT 神奈川芸術劇場に関わるようになって、一番初めに手掛けたのも首藤さんが中心となっていたKAATの「DEDICATED」というシリーズでした。

----『出口なし』を今回のような形で演出しようと思われたのは。

白井 元々、『出口なし』をやりませんかと提案いただいたのは首藤さんからです。サルトルは以前から好きで読んでいましたが、『出口なし』は理屈の応酬で非常にややこしい、堂々巡りの要素がある作品です。それを身体性、ダンスの要素を取り入れてやってみたいと話を聞いたとき、少し驚いたのですが、それと同時に、違う視点からこの『出口なし』を見られるんじゃないかなと言う可能性を感じて、このチャンスは逃してはいけないと思いました。

----首藤さんは以前から、『出口なし』に興味を持たれていたのですか。

首藤 かなり昔になりますが、20代の時に『出口なし』をベースにしたベジャールさんの『3人のソナタ』という美しい作品を最初に観て、印象に残っていました。最初に観たときは全然繋がっていなくて、その後ベジャールさんに教えていただき、初めて戯曲の『出口なし』を読みました。サルトルの言葉ってすごく強烈でインパクトがあるので、どうせやるなら言葉を使って表現してみたいなと思っていました。その後、俳優として白井さんが悪魔役を演じられていたストラヴィンスキーの『兵士の物語』(串田和美演出)で、共演しました。当時お話しする機会をたくさんいただいて、ダンスのことに本当にお詳しくて。その前から演出される舞台を見ていて、とても身体性に特化した演出家の方だなと思っていたのですが、白井さん自身も本当に身体性が優れています。

白井 いやとんでもない。

首藤 いつか一緒にお仕事させていただきたいなあと思っていたら、ちょうどKAATのアーティスティック・スーパーバイザーになられて。僕は「DEDICATED」というシリーズをやらせていただいていたので、これはもう『出口なし』をやるなら絶対白井さんにお願いしようと。サルトルを本当に良くご存知でしたので、すごいタイミングと巡り合わせと言う感じがしました。

白井 物語としては、どことも知れぬ部屋に閉じ込められた全く関係のない3人が、お互いの素性を明かしていくうちに、本当はこういう人間だと互いに罵り合い、最終的には私たちは離れられない関係になっていると気づき地獄を味わう。展開としてはシンプルなお話です。この作品のテーマを理屈だけで分かろうとしても、若干退屈になる可能性があると思うのですけれど、そこに描かれる関係性って言うものを3人の演じ手の皆さんがフィジカルに表現することによって、この世界観がより印象的に強調されて伝わっていくんじゃないかと言う気がしています。
ダンスとも、演劇とも言い切れない、独特の舞台表現になると思います。

_D3_1788.jpg

「DEDICATED2012」シリーズより 撮影:大河内 禎

_D3_2157.jpg

「DEDICATED2012」シリーズより 撮影:大河内 禎

----最近はサルトルもあんまり聞かなくなりましたね。

白井 哲学そのものはあまり語られなくなったかもしれませんが、個人に対する他者の批評や勝手な目線というものは急激に増えている時代だと思います。自分自身がこうだと思っている自分というものはどこにもなくて、他者から見られた自分しか存在していない恐怖ってありますよね。自分の知らないところで自分の虚像が作られていることだって有り得てしまう。このサルトルの『出口なし』に描かれた実存主義の考え方というのはとても今の時代に符合した、現代に適した視点ではないかと感じています。

----今回の上演台本はダンスのシーンとセリフのシーンがはっきり分かれています。

白井 前回「DEDICATED」シリーズで一緒に創作したときは、演劇とダンスの融合と言うことを目標にして作り始めて、いろいろと試しながらやっていました。首藤さんは多数演劇作品にも出演されていますが、中村さんは舞台でセリフを言うのは初めてということで、まずは僕が構成台本を作って首藤さんや中村さんに読んでいただきました。その後、セリフをしゃべりながら動いてみるとか、このセリフだったらどう身体は動くんだろうとか、と言うところから始まり、さてこれをダンス化する、身体化するにはどうしていったらいいだろう、という流れでした。  
今回は、前回の経験を踏まえて、演劇的な要素とダンス的な要素が均等に存在することを目指しています。お互いの持っている力と言うものを相殺してしまったら残念な結果になってしまうので、むしろどちらも影響し合って、表現の強度が増す方向で、ダンスと演劇が共存した舞台芸術を目指したいと思っています。

_D3_1826.jpg

「DEDICATED2012」シリーズより 撮影:大河内 禎

----白井さんとしてもこういう思い切った脚本を書かれたことは今までありましたか。

白井 ここまでのものは初めてです。もちろん身体表現が強い作品は演出したことありますが、ここまで拮抗したものはありません。でも、こういったチャレンジができるのは首藤さんと中村さんに出ていただけるからです。お二人がいらっしゃるということが前提ですので。お二人がいなかったらこんな恐ろしいことできません。
最初にご一緒した『兵士の物語』も身体性の要素がありましたからね。僕も、ちょっとだけ踊れと言われ、そんな踊れませんけどね(笑)。

----『兵士の物語』はほんとに雄弁でした。

白井 いや、とんでもないです。でも、その時に首藤さんは演劇的なことも十分おやりになれるし、実際にやっていらっしゃるところを傍で見させていただいたので。首藤さんならこういう要求をしても引き受けてもらえるのじゃないかなと思ったのは確かです。
いきなり初対面で、新国立劇場のバレエやマシュー・ボーンの『白鳥の湖』を見ただけの関係性では、さすがにお願いできなかったでしょうね。中村さんもはじめは面食らっていらっしゃっていたようです。

首藤 そうですね、彼女自身がストーリーを語るようなバレエをあまり踊ってきてないので。でも今回の作品をすごく楽しんでいるみたいですけど。

-----演劇とダンスの切り替えは難しいですか。

首藤 今回は演劇とダンスを分けてやるというのが白井さんの目標であり僕たちの目標でした。芝居をしている時、つまり言葉を発している時の身体は、そのままだと踊れません。身体は、一本センターに軸が入ってないと、踊れない。そういう切り替えが視覚的にわかると、すごく面白いのかなと思うんですけれど、なかなか難しいですね。
踊ってから芝居に入るのがすごく難しいんです。芝居から踊りに入るのは普段の生活と近いので、入りやすいんですけれど、逆はなかなか踊りの体が抜けないので難しいです。

---踊りながらのもセリフもありますか。

白井 少しはありますが。基本的にはダンス、演劇、ダンス、演劇、ダンスーー......と分かれています。

首藤 だんだんわからなくなってくるんですけど(笑)。

白井 自分が面白がっているからかもしれませんが、僕は今のところ違和感はないですね。演劇もリアルな身体ではあるんですが、舞台芸術はフィクションなので、リアルと言いつつも本当のリアルでは無いですよね。それが身体の要素を強めることでぐっと言葉の強度を増したり、時間を凝縮したり引き伸ばしたりする身体表現にスライドする瞬間、演劇的なフィクションが持ち上がる印象を受けます。
逆の場合もあって、舞踊的な身体が言葉を獲得することによって、身体にいきなり違う要素が入り込んで、却って身体を意識させる効果もありますよね。
ただ、根本的には一人の身体の中でやっているので、演劇とダンスをどんどん切り替えていきつつも、軸自体は同じ身体が語っている。自分でいうのもなんですけど、演劇表現だけのものを見ているよりずっとスリリングで面白いです(笑)。

_DB_0166.jpg

「DEDICATED 2014」より 撮影:大河内 禎

_DB_0213.jpg

「DEDICATED 2014」より 撮影:大河内 禎

----後半がとにかく脚本を読んでも大変ですね。目まぐるしく変わる。感情がいろいろ切り替わったり、テンポも速くなってくるんじゃないですか。

首藤 そうなんです、速くなるのでダンサーの身体のままにならないようにしないと、と思っています。台詞も多いですし。言葉って本当に大きくて偉大なもので、重要なものだと思うので、舞踊と同じくらいの位置にありながら行ったり来たりできればすごくいいと思います。

白井 今日後半部分を稽古していましたが、すごく大変なんですよね。切り替わりが速すぎて。稽古をし始めた時は、首藤さんも思わず「うわーっ」って(笑)。

首藤 どうなるのかな、できるのかなって思いましたね。

白井 夏のプレ稽古のときには、できたらかっこいいですねと言っていたんですけど実際やると大変でしたね。

首藤 そうですね。先が見えなかったですが、慣れもありますし、稽古をやるたびに、この部分は絶対に身体でしか表現できない、言葉では表現しきれないってことに気づいたり、言葉を尊重して打ち出さないとダメだという発見もありました。そのあたりがきちんと出ると本当にかっこいい作品になると思いますけどね。

白井 人間の脳みそってすごいなと思うのですけど、全然違う領域のものを何回も何回もやっているとその切り替えを脳が覚えていく。だんだん3人の俳優の切り替えが、やればやるほどスムーズになっていく。キャストのお三方はそれぞれの分野で極めた方たちですが、秋山さんは演劇の方ですから、彼女の場合は逆に演劇からダンスに入る瞬間が混乱して。面白い現象がおこっちゃう(笑)。反対の方向からノッキングしますよね。

首藤 (秋山)菜津子さんは芝居の時は本当に自由で、本当に自然に自分の言葉として発しているような感じがしました。僕たちはそこを目指したいし、菜津子さんも僕たちのほうに歩み寄って。お互いの歩み寄りがすごく面白いんです。

_31A1367.jpg

「DEDICATED 2014」より 撮影:大河内 禎

----今回、案内人として白井さんが出演されますね。

白井 僕はですね、首藤さんに絶対出てって言われて(笑)。

首藤 必ず引っ張り出す(笑)。その作品を一番、熟知されている方なので、演出家がその作品に出ると舞台の雰囲気が変わるんです。

白井 ここ(チラシ)には書かないでくれってお願いして。いきなり出てくるから「えっ」て思われちゃうと思うんですけど(笑)。

----ほんと演出家っぽい役というか、この部屋にみんなを閉じ込めたりして。

白井 こんなことやらせたのあいつだみたいな感じで(笑)。

首藤 本当はもっとあのシーンが長いんですよね。すごくいい。

----秋山さんや首藤さん、本当に存在感の強い人たちを締め込んで、やると言うわけですから(笑)。まさに演出家って言う感じがしました。

白井 一人一人が凄く強い表現力をお持ちの方たちだから、この狭い空間の中でぶつかり合うと、圧倒されて見ていてもやっぱり面白いですよね。今回この作品をこの劇場のどこでやるべきか考えていたんですけど、密室の作品だけに、この中スタジオが1番タイトな空間として作れると思ったんです。

----白井さんはダンスはどんなのがお好きだったのですか。

白井 ベジャールさんも拝見していて、ローラン・プティも見てました。その流れの中でピナ・バウシュとかフォーサイスやプレルジョカージュや、マギー・マランとか。ピナもそうですが、マギー・マランってすごく演劇的だったので、演劇をやっている人間としては、こういうダンスがあるのかと強烈な印象があって、触発された部分がありますね。
幸運なことにKAATに関わることによって、首藤さんや中村さんともお会いできたり、いろんな方々に巡り会うチャンスをいただけたのはすごく大きいですね。ここに来るまではこんなことできると思ってなかったですし。自分からこんな企画をやろうと言う気にもならなかったし、第一そんなことは不可能だろうと思っていたんです(笑)。

-----ダンス体験も共通するところがありますね、ベジャールからずっとローラン・プティや、ピナとか。

_DB_0219.jpg

「DEDICATED 2014」より 撮影:大河内 禎

huisclos_image.jpg

首藤 白井さんはダンスのことも本当に大好きなんだなと思いました。僕たち舞踊家からしたら、身体を尊重してくださるので、ありがたいし、僕はすごく楽しいです。

----ダンスの表現をご自分で演劇作品を演出なさるときに、参考にされることってありますか。

白井 そうですね、身体表現によって人間の心情というものがより強度を増すということは随分感じてきました。ダンスを観続けてきて、一番感じたのは、表現者というのは生身の人間ですので、その身体の強度というものは、人間の感情をより強く見せてくれるということです。だから演劇においても、役者の身体も強度を持っていないといけないということは思っています。
今はいろいろな演劇が出てきていて、意図的に抜いた身体の演劇もあるんですけど、でも僕はやっぱり強度が必要だと思っているし、そういうところに戻ってくるのではないかと思っています。僕は映像しかやってない若い役者さんたちとご一緒するときは、初めに身体訓練をやってもらいます。「ちょっとごめんな、君たちの体、ほんとにぬるくて見ていられない。だからちょっと鍛えるわって」(笑)。自分も一緒になって1時間位体操して、それから稽古をして。
だからこの劇場で芸術監督やってる以上、ダンスに力を入れたいなと思っています。毎年のダンスシリーズも演劇性があったり、演劇も身体性を重視したものあったり、そう言う表現が共存できる劇場でありたいですね。

----すばらしいですね。ぜひもっといっぱい作ってください。

首藤 KAATのような劇場には、僕たちは本当にもう救われますね。そしてこういう志のある演出家がいらっしゃると。こうやって挑戦されるから次の結果が生まれるので、ずっと同じことの繰り返しではなく、何か生み出そうというのは、大事なことですね。

-----クリエイティブなそういう力がないとね。

首藤 そうですね。僕たちも誰かに引き出してもらわないと、僕たちだけでは限界があるので、表現者も演出家に出会って、表現力が増えて、いろんな世界を知るのですから。

-----本日は本番直前のお忙しいところ、大変興味深いお話をありがとうございました。公演をとても楽しみにしております。
(進行/関口紘一、坂口香野)

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『出口なし』Huis Clos

2019年1月25日(金)〜2月3日(日)
KAAT神奈川芸術劇場<中スタジオ>

原作:J.P.サルトル
上演台本・演出:白井晃
出演:首藤康之 中村恩恵 秋山菜津子

企画制作:KAAT神奈川芸術劇場 / 株式会社サヤテイ
主催:KAAT神奈川芸術劇場
http://www.kaat.jp/d/huisclos2019

ページの先頭へ戻る