歌舞伎や文楽の技法を巧みに採り入れバレエと融合させたベジャールの傑作『ザ・カブキ』、初演の「香り」を大切に上演された

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『ザ・カブキ』モーリス・ベジャール:演出・振付

東京バレエ団がモーリス・ベジャールの『ザ・カブキ』を2年振りに上演した。東京バレエ団から委嘱を受けたベジャールが、「仮名手本忠臣蔵」を基に、作曲家の黛敏郎とコラボしながら、歌舞伎や文楽の技法や所作を巧みに採り入れて創り上げた傑作で、1986年の初演以来、日本の伝統と西洋のバレエを融合させた比類ない傑作として、国内外で高い評価を受けてきた。今回は、来年(2019年)の夏にウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座での上演が予定されていることもあり、海外ツアーに向けての意気込みが感じられる公演だった。主役の由良之助は、初日が経験豊かな柄本弾、2日目は今回が2度目の秋元康臣で、さらに初日は秋元が塩冶判官の役で、2日目は柄本が高師直の役でも出演するという。同じ演目の異なる役を務めることで、それぞれの役を深めることが期待できるからだろう。秋元が由良之助を演じた2日目を観た。

『ザ・カブキ』の幕開きは、たむろする若者たちがロックを踊る現代の渋谷という設定。リーダーの青年が刀を手にした途端に「忠臣蔵」の世界にタイムスリップし、塩冶判官の切腹にいたる経緯を目の当たりにするうち、判官から高師直の仇討ちを託されて家臣の由良之助になり、忠臣たちを率いて仇討ちを遂げた後、彼らと共に切腹して果てるという物語である。これを、幕開きのプロローグ以下、〈兜改め〉〈おかる、勘平〉〈殿中松の間〉〈判官切腹〉〈城明け渡し〉〈山崎街道〉〈一力茶屋〉〈雪の別れ〉〈討ち入り〉の9場を手際よくまとめて、武士道の精神を謳いあげた。
「仮名手本忠臣蔵」を知らないと分かりにくい部分もあるが、ヴィジュアル的に印象的なシーンが次々と現われて惹きつけられる。厳粛な儀式そのものの切腹シーン、忠臣たちがそろって連判状に血判を押すシーン、彼らが赤褌で燦然と現われるシーン、忠臣たちが左右から駆け込んで見事な逆三角形の隊列を形作るシーン、朝日を浴びての切腹シーンなどなど。二人一組の女性たちが優雅に打掛けを操り踊るシーンも独創的だった。歌舞伎の所作を模した仕草やすり足、隈取り、響き渡る柝(き)の合図、また黒子の活用も巧みだった。「いろは」の47文字が書かれた大きな幕を用いたのは、四十七士にちなんでのことだそうで、ここにもベジャールのこだわりが感じられる。『ザ・カブキ』を観るたびに、ベジャールがいかに深く日本の文化に精通していたかが知れ、いつも頭が下がる思いをする。

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© Kiyonori Hasegawa(すべて)

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ダンサーたちはどうだったか。秋元は、若者たちが踊り騒ぐプロローグで、超然と椅子に座り続ける姿でまず印象づけ、しなやかに飛び回って若者たちのリーダーとしての存在感を示した。特にアントルシャでの美しい足さばきや着地が際立った。「忠臣蔵」の世界に迷い込んだ傍観者の若者と由良之助に成り代わった後の演じ分けも明確。仇討ちを誓った家臣たちの前で力強く踊るソロや、暗い舞台を強靱なジャンプで駆け回り続け、己の決意を奮い立たせ、闘志を燃やす精力的なソロは見応えがあった。敵を欺こうと茶屋で遊興にふける演技もなかなか堂に入ったもので、遊女となったおかるや仇討ちを促す顔世御前とのデュオには、相手への思いやりや本心を隠す苦しさが伝わってきた。クライマックスの討ち入りに向けて更に風格を増していった秋元。彼が演じた由良之助は逞しく瑞々しかった。

顔世御前は奈良春夏で、〈兜改め〉ではつきまとう師直を楚々としてかわし、〈雪の別れ〉では純白の総タイツ姿が痛ましく、高く脚を振り上げて由良之助に仇討ちを迫る白塗りの顔には哀しみを滲ませていた。おかるは沖香菜子で、勘平と睦まじくデュエットを踊ったが、遊女になって黒子たちに操られるまま人形のように踊る様は運命に翻弄される姿そのものに映った。師直を演じた柄本は大仰な身振りで憎々しさを表出し、隈取りを施した顔でも表情豊かだった。判官の樋口祐輝や、伴内の井福俊太郎、定九郎の岡崎隼也は、六法のような高く脚を上げた歩き方や腰を落とした姿勢など、それぞれの役の特徴的な振りを誇張するように丁寧にこなしていた。
今回は、初演時の「香り」を求める斎藤友佳理・芸術監督の意向で、由良之助や定九郎を踊った先輩たちの指導を仰いだという。その成果が表れた、充実した舞台になっていた。これなら、夏の海外公演でも高い評価が得られるに違いない。
(2018年12月16日 東京文化会館)

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© Kiyonori Hasegawa(すべて)

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