選りすぐりのレパートリーを堪能した―マリインスキー・バレエ「マリインスキーのすべて〜スペシャル・ガラ〜」

ワールドレポート/東京

梶 彩子 text by Ayako Kaji

The Mariinsky Gala

マリインスキー・バレエ「マリインスキーのすべて〜スペシャル・ガラ〜」

東京文化会館でマリインスキー・バレエのガラ公演「マリインスキーのすべて〜スペシャル・ガラ〜」を鑑賞した。マリインスキー・バレエのレパートリーの中から、プティパやフォーキン、バランシンらの傑作から、マーネンやゴーティエらのヨーロッパの現代作品、そしてスメカロフというロシアの若手振付家の作品に至るまで、さながらマリインスキー今昔といった趣で、選りすぐりの作品が披露された。

第1部『ショピニアーナ』全1幕(フレデリック・ショパン:音楽、ミハイル・フォーキン:構成・振付、アグリッピナ・ワガノワ:振付改訂)
フォーキンの傑作『ショピニアーナ』は、18世紀ロマンティック・バレエを再現した作品で、シルフィード(空気の精)の軽やかさや儚さが美しい。ロマンティック・バレエ風にやや前傾気味の上半身や、風にそよぐような腕の動き、重力を感じさせない跳躍が生み出す幽玄美の世界を堪能した。特にソリストを務めたエカテリーナ・オスモールキナはしなやかな踊りで抜きんでており、青年役のフィリップ・スチョーピンも抑制のきいた優雅な踊りで好演した。

第2部「マリインスキーの現在」
『眠れる森の美女』よりローズ・アダージオ(ピョートル・チャイコフスキー:音楽、マリウス・プティパ:原振付、コンスタンチン・セルゲーエフ:改訂振付)
今年(2018年)入団のマリア・ホーレワが幸福感に満ち満ちたオーロラ姫を見事に踊った。愛や祝福を一身に受け、輝く将来を約束されたオーロラ姫と、才能に溢れ学生時代から注目を浴び、入団後も次々と大役をこなしてゆくホーレワの笑顔が重なって見えるようだった。ホーレワは線の細い華奢な体でありながら、強い軸を持ち、見事な脚のラインでしなやかに踊る。ローマン・ベリャコフ、コンスタンチン・ズヴェレフ、アレクサンドル・ベルボロドフ、アレクサンドル・ロマンチコフら求婚者役を務めたダンサーも品のある踊りでオーロラ姫をサポートし、華やかなプティパの傑作の名場面を彩った。

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「眠れる森の美女」マリア・ホーレワ 撮影:瀬戸秀美(すべて)

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「眠れる森の美女」マリア・ホーレワ

『ソロ』(ヨハン・セバスチャン・バッハ:音楽、ハンス・ファン・マーネン:振付)
オランダの振付家ハンス・ファン・マーネンの作品を、フィリップ・スチョーピン、ヤロスラフ・バイボルディン、マキシム・ゼニンの3人が踊った。バッハ《ヴァイオリンのためのパルティータ第1番ロ短調》の単旋律を体全体で自由自在に奏でるかのように、足先で音の一つ一つを踏み、メロディーを描くように伸びあがり、プリエをし、回り、跳ぶ。緻密な身体のコントロールによりダンサーの動きは目まぐるしく展開してゆく音楽にぴたりと寄り添い、音楽を具現化していた。あらすじのないアブストラクト・バレエでありながら音楽と戯れるような舞踊が視覚的に面白い作品であった。

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「海賊」永久メイ

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「海賊」永久メイ、キミン・キム

『海賊』第2幕のパ・ド・ドゥ(アドルフ・アダン、リッカルド・ドリゴ:音楽、マリウス・プティパ:原振付)
永久メイとキミン・キムのペアによるパ・ド・ドゥ。アダージオでは、永久は緻密で丁寧な踊りで優雅さを印象付け、キミン・キムは、記者会見でもはじめての凱旋公演を経験する永久を思いやる言葉を述べていた通り、しっかりとパートナーの動きを見ながら安定したサポートを見せた。アリのヴァリエーションでは驚きの声を上がるほどの長い滞空時間の跳躍や、見事な回転を披露した。永久のメドゥーラは優雅で軽やか。折れそうに細い華奢な体でありながら、ブレのない正確なステップで端正に踊る。コーダではキムの長い手足がダイナミックに弧を描き、永久のアントールナン・フェッテで最高潮の盛り上がりを見せた。ロシア・バレエの殿堂であるマリインスキー・バレエで、アジア出身の2人がソリストとして活躍する新時代の到来には感慨深いものがあった。

『バレエ』101(イェンス=ペーター・アーベレ:音楽、エリック・ゴーティエ:振付、レナート・アリスメンディ:振付助手)
シュツットガルト・バレエで活躍した振付家エリック・ゴーティエの実験的な作品を、ザンダー・パリッシュが好演した。ダンサーはレッスン着のような簡素な格好で舞台上に立ち、バレエのポジションをナレーターの音声に合わせて次々と繰り広げる。ポジションは1から100まで番号が振られ、実在する1から6までの番号から先は振付家のいわばオリジナル・ポジションである。最初は順番にポジションが披露され、次にランダムで音声がポジションの連鎖を指示する。音声のテンポはどんどん速度を増してゆき、ダンサーは文字通り声に踊らされるのである。とてもわかりやすく、楽しめる作品だが、バラバラになったダンサーの体を模したマネキンが舞台上に並ぶ不気味なラストは風刺的。パリッシュは音声の指示に耳を傾け、時に声に振り回され困惑し、時に笑みを浮かべながら全力でステップをこなし、見事に踊り切った。

『別れ』(ジョン・パウエル:音楽、ユーリー・スメカロフ:振付)
恋愛の終わりをスタイリッシュに描いた《別れ》で恋人たちの役を踊ったのは、エカテリーナ・イワンニコワとコンスタンチン・ズヴェレフ。新鋭振付家ユーリー・スメカロフの作品で、映画『Mr.&Mrs.スミス』のアサシンズ・タンゴ(音楽:ジョン・パウエル)に合わせて、一組の男女が、最初にそれぞれ恋愛に苦悩するモノローグのようなソロを、そしてタンゴを踊る。緊張感の漂う音楽に乗ったデュエットは次第に暴力的な激しさを伴って盛り上がり、イワンニコワが文字通りズヴェレフを一蹴してふたりの関係も終わりを迎える。イワンニコワのスカートの深いスリットからのぞく美しい脚のラインを最大限に生かした踊りが、ズヴェレフの大人の色気が漂うなめらかな身のこなしと調和し、激しく情熱的な《別れ》の世界に観客を引きずりこんだ。

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(ピョートル・チャイコフスキー:音楽『白鳥の湖』より、ジョージ・バランシン:振付)
古典作品と現代作品が入り混じった第二部を、バランシンの名作が締めくくった。様々な回転、ジャンプが多用され、高度なテクニックが要求される一方、優れた音楽性も必要とされるグラン・パ・ド・ドゥを、ナデージダ・バトーエワとウラジーミル・シクリャローフのペアが踊った。バトーエワは気品溢れる佇まいが美しく、流れるような腕の動きもしなやかで、まるで歌うよう。シクリャローフは本調子ではなかったのか、時折省略していた部分もあったが、総じて華やかであった。

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「パキータ」

第3部 『パキータ』よりグラン・パ(ルートヴィヒ・ミンクス:音楽、マリウス・プティパ:原振付、ユーリー・ブルラーカ:復元振付・演出)
『パキータ』は2017年スメカロフが改訂版を手がけた意欲作で、グラン・パは、プティパ版をユーリー・ブルラーカが復元した古典バレエの傑作である。主役を務めたのはエカテリーナ・コンダウーロワとアンドレイ・エルマコフの長身のペア。コンダウーロワは白い衣装に身を包み、大輪のバラのような華やかさであった。パートナーのエルマコフも優雅で好印象。ソリストもそれぞれの個性に合ったヴァリエーションを披露していたが、特に目を惹いたのはマリア・イリューシキナの優美さで、ヴァリエーションの中で繰り返されるアラベスクのポーズが非常に長く美しかった。壮麗なグラン・パを下支えするコール・ド・バレエも非常にレベルが高く、舞踊的な作品をここまでの完成度で見ることができるのも、ダンサー一人一人にクラシック・バレエの堅固な基礎があってこそ。コール・ドには二度目の来日公演を迎える石井久美子の姿もあり、コーダでは華やかなソロ・パートも見せた。《パキータ》のグラン・パはガラ公演を締めくくるにふさわしいマリインスキー・バレエの十八番であった。
マリインスキー・バレエのレパートリーの幅の広さと、それらを踊りこなすダンサーの層の厚さをひしひしと感じ、また綺羅星のような若手の才能も垣間見ることのできた充実の公演であった。
(2018年12月3日 東京文化会館)

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「パキータ」 撮影:瀬戸秀美(すべて)

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