時代と共に生き、ダンスを創造した藤井公、若松美黄、庄司裕の作品が踊られた、ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2018

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2018

『砂漠のミイラ』藤井公・利子:構成・演出・振付、『獄舎の演芸』若松美黄:構成・振付、『八月の庭』庄司裕:構成・振付

このシリーズの第3回目、ダンス・アーカイブ in JAPAN 2018では、藤井公『砂漠のミイラ』(1993年)、若松美黄『獄舎の演芸』(1977年)、庄司裕『八月の庭』(1994年)の3作品が上演された。冒頭、今回上演される三人の振付家の自作を語る肉声と代表的作品などの映像が、スクリーンに映し出された。

砂漠のミイラNo_0029.jpeg

「砂漠のミイラ」撮影/鹿摩隆司

一曲目は藤井公・利子振付『砂漠のミイラ』である。原案はネオ・ロマンティシズムの詩を提唱し、寺山修司、新川和江などとともに活躍、登山家としてヒマラヤやシルク・ロードなどに行った秋谷豊の詩集『砂漠のミイラ』。音楽は山本直、Jon Hassell、Urban sax、Cinqui so、ツトム・ヤマシタ、Pigbag。

蜃気楼、トルファン、吟遊詩人、流砂、魂の共鳴、飛天、砂漠のミイラとそれぞれのシーン名が記されている。砂漠に2000年眠っていた、男女一組のミイラを見る。砂漠という文明のないむき出しの生と死が現れる地から命の根源を思う。そして命の営みを表す身体のリズムが次々と踊られていく。蜃気楼も流砂も魂も自然が繰り広げるひとつの姿である。動きは音楽と一体化しており、両者の間にほとんど葛藤は感じられない。それがこの作品の特徴であると同時に物足りなさでもあった。

獄舎の演芸No_0573.jpeg

「獄舎の演芸」高比良洋 撮影/鹿摩隆司

二曲目は若松美黄のソロ作品『獄舎の演芸』。音楽はクルト・ワイルの『第2シンフォニー』とJ. ゲイ、J. C. ペープシュの『乞食のオペラ』から。周知のようにクルト・ワイルはベルトルト・ブレヒトと共同で『乞食オペラ』をリメイクし、傑作『三文オペラ』を創っている。
『獄舎の演芸』は高比良洋が踊った。青い上衣と白地に黒い縦縞の長いパンツ。腰に黄色の目立つベルト状の布を巻いている。腰紐を掛けられた囚人を連想させる衣装だ。独特の変則的な特徴のある動きを作って、獄舎という隔離された空間に閉じ込められた人間を表している。通常は劇場で行われる演芸を獄舎という全く異なった世界に移して見せるという、なかなか巧みにブレヒト的異化効果を使った舞踊を試みていた。私は良く知らないのだが、かつての若松の舞台の動きを彷彿させるダンスだったという人もいた。

三曲目は庄司裕の『八月の庭』。音楽は安良岡章夫の『協奏的変容〜ヴァイオリン、チェロとオーケストラのための』。庄司は、原民喜の『夏の花』により『鎮魂歌・夏の花』を振付けている。『八月の庭』も原爆を想わせる衝撃的なエンディングだった。夏の盛りに咲き誇るひまわりの生命力と美しく流麗に展開する女性群舞により、鮮烈なラストシーンが一段と際立つ。モダンダンスによるいくつかの踊りを配置して、全体のフォーメーションをフレームの中に組み立てている。その構成を変化させながら、ひとつの極限へと至るのである。
当然のことだが、3作品ともそれぞれにインスピレーションを受けた文化的・時代的背景があり、興味深かった。そして時代への関わりは、今日のアーティストたちよりも密接で強かったと感じられた。時代とともに生き、そこに自身の魂が発するものを刻印しているのである。
(2018年11月24日 新国立劇場 中劇場)

八月の庭No_0755.jpeg

「八月の庭」撮影/鹿摩隆司

ページの先頭へ戻る