伊藤範子の演出・振付に確かな手応えを感じさせた、谷桃子バレエ団「創作バレエ・15」のダブルビル

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

谷桃子バレエ団「創作バレエ・15」

『HOKUSAI』『道化師〜パリアッチ〜』伊藤範子:演出・振付

谷桃子バレエ団の「創作バレエ・15」は、文化庁の海外特別研修員として、2016年11月からイタリアのミラノ・スカラ座バレエ団で演出・振付・教授法を学んできた伊藤範子の新旧2作品によるダブルビル。ミラノで研修中に見た「HOKUSAI展」からインスピレーションを得て創作した『HOKUSAI』の初演と、伊藤の代表作といえる『道化師〜パリアッチ〜』(2013年)の再演だった。

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撮影:本橋亜弓(すべて)

『HOKUSAI』は、画業に励む若き日の葛飾北斎と花魁との叶わぬ恋を、当時の江戸の人々の風俗を織り交ぜて生き生きと描写した45分ほどの作品。
回り舞台を用いたのが効果的で、幕開きは神社の隣の北斎の家の場面、次ぎは人々で賑わう江戸市中に変わり、さらに紅殻格子が特徴の遊郭へと移る。速やかな場面転換により、物語のテンポもスピードアップしたようだ。舞台美術を担当したのは鈴木俊朗と佐藤みどりで、江戸の情緒や北斎の絵をしのばせる工夫も生きていた。衣裳デザインはイタリアのサンティ・リンチャーリで、北斎の作務衣風の衣裳をはじめ男性たちの衣裳は良かったが、遊女や町人たちの衣裳には中国の宮廷女官を思わせるようなものもあり、やや違和感を覚えた。ハンガリーのゾルタン・コダーイの音楽はこの作品にマッチしていたようだ。
絵筆を手にスケッチに余念のない北斎は画題を求めて町中へ向かい、遊郭に行き、花魁に一目惚れする。花魁も北斎に心惹かれるが、番頭に促されて遊郭に戻る。失意の北斎だが、絵を買ってくれた商人に連れられて遊郭に戻り、花魁と再会し、ドサクサに紛れて一緒に逃げたものの番頭に捕まってしまう。自分のために遊郭に戻った花魁を偲びつつ、北斎は絵に没頭。その芸術の開花を示すように、最後に名画「神奈川沖浪裏」を思わせるバックを際立たせて幕を閉じた。

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永橋あゆみ

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檜山和久

檜山和久は若くて情熱に溢れる北斎を好演。冒頭シーンをはじめ随所で画業への強い思いを伸びやかなジャンプで表わしていた。花魁への恋心や、遊郭番頭や彼の絵を買う商人への感情など、その場その場での北斎の心の内も伝えていたが、すべてを超越する浮世絵に対する業のようなものを、檜山は一貫して表わしていた。花魁役の佐藤麻利香は、北斎とのデュエットではたおやかに舞い、また、花魁としての哀しみを凜とした振る舞いの中にたたえていた。舞台を引き締めた遊郭番頭の齊藤拓や、遊郭に上がり込む僧侶の赤城圭ら、脇役陣もこなれていた。町人たちの活気にみちたアンサンブルと遊女たちのあでやかな群舞の対比も生き、江戸市中で行き交う物売りや侍、釣り糸を垂れる人たちや遊ぶ子どもたちをなどの様子も手際よく描写していた。このような江戸風俗のきめ細かい描写は、回り舞台の起用と合わせ、イタリアでの上演を考慮した演出なのだろう。確かに、期待通りの反響を呼びそうな舞台に仕上がっている。ただ、ひとりの人間としての北斎への切り込みは必ずしも十分ではなく、さらっとした素描のように思えた。

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(中央)赤城圭

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佐藤麻利香

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『道化師〜パリアッチ〜』は、イタリアのルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲のヴェリズモ・オペラの傑作をバレエ化したもので、5年振りの再演。カニオが座長を務めるコメディア・デラルテの旅芸人たちの物語で、後に妻とする孤児ネッダを迎え入れるエピソードも織り込んでいる。
妻に異常な嫉妬心を抱くカニオと、村の青年シルヴィオと駆け落ちしようとするネッダ、一途な青年シルヴィオ、その場の欲情で行動する一座のトニオを軸にドラマは展開し、コメディの上演中に悲劇的結末を迎える。ネッダ役で客演した酒井はなが素晴らしかった。華やぎのあるダンサーで、言い寄るトニオへの憎悪、シルヴィオへの熱い想い、責めるカニオへの嫌悪など、全身で豊かに感情を表現した。特にシルヴィオとの密会を前にしたワクワク感溢れるソロと、彼との嬉しさ一杯のデュエットは印象的。カニオは初演時と同じ三木雄馬で、クライマックッスの劇中劇で、芝居と現実の区別がつかない錯乱状態に陥っていく様を迫真の演技で伝えた。このシーンで、ワゴン車をバックに芝居していたのが途中でワゴン車の向きを変え、車の左側では芝居が続き、右側ではカニオが次第に混乱していく様を見せるという演出は見事だった。
三木からは、直情的なあまり感情をコントロールできない辛さのようなものも感じ取れた。くせのあるトニオ役は客演の藤野暢央で、歪んだ心と歪んだ体を巧みに表出してドラマを深めた。シルヴィオの安村圭太はいかにも純粋な青年。愛くるしくペッペ役を演じた牧村直紀もいた。コメディア・デラルテのスタイルによる一座の芝居や、村人たちの長閑なアンサンブルも楽しめた。カニオやネッダらの人物像は掘り下げられ、その心理も濃密に描き込まれている。様々な点で、伊藤の確かな手腕が感じられる完成度の高い作品だった。
(2018年11月3日ソワレ 新国立劇場・中劇場)

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三木雄馬

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酒井はな、藤野暢央

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酒井はな、安村圭太

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撮影:本橋亜弓(すべて)

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