一周忌を前に......薄井憲二バレエ・コレクション特別展によせて

ワールドレポート/東京

関 典子(薄井憲二バレエ・コレクション・キュレーター/ダンサー/神戸大学准教授)Text by Noriko Seki

――「あなたはダンサーでもあるのね? 僕もそう。現場の人間。踊る者だから、わかることがある。」

これは、2014年の夏、新キュレーターの候補者として、初めて薄井憲二先生にお会いした時に、掛けていただいた言葉です。私は現在、コンテンポラリー・ダンスを専門に、研究・表現活動を行っています。バレエ史の専門ではない私に、キュレーターが務まるのだろうか......と悩んでいた私に、薄井先生は、そう話してくださったのです。以来この言葉は、私がキュレーターを務める上での支えになっています。最初の大仕事、カタログ第4巻の編纂の際には、事細かに教えてくださいました。それこそ、「不勉強ね!」なんてことは一言もおっしゃらず、とても楽しそうに、分かりやすく、惜しみなく、いろいろなお話をしてくださいました。

......冒頭から個人的なことを書いてしまいましたが、そして、おこがましいかもしれませんが、「踊る者同士」であれたことが、薄井先生と私の絆でした。
そんな薄井先生との思い出を、個人的なことに留めるのではなく、監修者として展示で、また、12月16日(日)開催の実演付きトーク「『瀕死の白鳥』の魅力」では、ダンサーとしてパフォーマンスで、皆様にお届けしたい!というのが、開幕を目前に控えた今の私の所感です。(神戸では開会イベントとして、1月5日(土)貞松・浜田バレエ団『瀕死の白鳥』『パ・ド・カトル』と共に上演)

本展では、熊川哲也氏からの特別メッセージ「我が友」も、当コレクション所蔵のロイヤル・バレエ学校時代の写真と共に展示いたします。ダンサー同士、コレクター同士のお二人の想い出を語られた素敵なエピソードには胸が熱くなりました。「踊る者同士」の絆を、ここでも感じたのでした。

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薄井憲二『ドン・キホーテ』1950年代

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熊川哲也ロイヤル・バレエ学校時代『四季』1988

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関典子『瀕死の白鳥』撮影:山下一夫

―― バレエを「知る」「観る」「踊る」

バレエを「知る」「観る」「踊る」は、本展のコンセプトでもあります。
「第1章 バレエを知る」では、歴史(宮廷バレエ、ロマンティックバレエ、バレエ・リュス)、美術(ドガ、コクトー、ピカソ、ローランサン、シャガール、ダリ、藤田嗣治による『白鳥の湖』舞台美術資料)、日本とバレエ(鎌倉市所蔵エリアナ・パヴロバの遺品、アンナ・パヴロワ来日公演パンフレットなど)を辿ります。

「第2章 バレエを観る」では、クラシック・バレエの代表作、バレエと言えば誰もが想起する、チャイコフスキーの三大バレエ『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』を取り上げます。歴史的な資料と現代の牧阿佐美バレヱ団衣装約30点が立体的に構成される、圧巻の展示空間です。

そして「第3章 バレエを踊る」では、トゥシューズの秘密、舞台の秘密として、実際に体験していただくコーナーを設けております。そごう美術館学芸員:二宮一恵さんも、「今回のバレエ展をきっかけとして、実際の生の舞台を観に行こう!バレエを踊ってみたい!と、思っていただけたら......」とおっしゃっています。

薄井先生も2016年の兵庫県立芸術文化センターでの企画展「薄井憲二ベスト・セレクション」のリーフレットの中で、こうおっしゃっていました。「バレエは歴史を知らなければ上手にはなれません。どういう歴史があって、今の表現に至ったのか。ダンサーとして研究者として、バレエの魅力と本質を探り広めるために、これからもコレクションを豊かにする努力を怠らないように心がけていきます」。

「バレエを知る」「観る」「踊る」。本展をきっかけとして、その連関が、花開くことを願っております。

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アンナ・パヴロワ『瀕死の白鳥』署名入り写真1905

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ファニー・エルスラー『画家の譫妄』1843頃

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ジョルジュ・バルビエ『ペトルーシュカ』1913

―― 薄井憲二、バレエとの出会いと生涯

薄井先生とバレエの出会いは中学生の頃。レコード店で偶然、ストラヴィンスキー作曲『火の鳥』を耳にされたことをきっかけに、バレエへの扉が開かれました。「実際に踊らないと理解できない」と、バレエダンサーを目指され、戦争・シベリア抑留中も、その火が消えることはありませんでした。

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薄井憲二「踊りの魂」授賞式2016

ダンサー・振付家・教育者・研究者として、日本バレエ界を牽引され続けた薄井先生。2015年当時、「戦争と平和を知るものとして、若い世代に伝えたいことは?」との問いに、こう答えてられています。

「『火の鳥』が原体験となって私の人生が開け、戦時中もその火は消えなかった。バレエからもらう〈宿題〉は90歳になっても終わらない、というのが実感です。命と希望さえあれば、人間には計り知れない可能性が開けている。それを忘れないでほしい」。(毎日新聞/2015年3月23日夕刊)

2017年12月24日、昨年のクリスマス・イヴに旅立たれた薄井憲二先生。その功績とコレクションは、現在も輝きを放ち、未来への指針を与え続けることでしょう。横浜へ、神戸へ、是非、足をお運びください。

展示情報@横浜

【展示】薄井憲二バレエ・コレクション特別展「The Essence of Beauty バレエ〜究極の美を求めて〜」
【会期】2018年11月23日(金・祝)〜12月25日(火)
【会場】そごう美術館(横浜)https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/18/ballet/

<概要>
日本バレエ協会前会長:薄井憲二(1924〜2017)が収集した、世界でも有数の規模を誇るバレエ・コレクションの中から、「バレエ史」「美術」「三大バレエ」をテーマに、ダンサーたちの直筆の手紙や写真、公演プログラム、美術的価値の高いアンティークプリント、ポスター。文献資料など約300点を厳選して公開。併せて、鎌倉市所蔵のエリアナ・パヴロバの遺品、牧阿佐美バレヱ団衣装約30点、東京シティ・バレエ団の復元公演でも注目を集めた藤田嗣治(レオナール・フジタ)の『白鳥の湖』舞台美術資料(草案模写・舞台美術家:堀尾幸男の舞台模型)、アンナ・パヴロワの貴重映像などを展示。
I )バレエを知る(薄井憲二バレエ・コレクション/歴史/美術)
II)バレエを観る(チャイコフスキー三大バレエ『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』)
III)バレエを踊る(トゥシューズの秘密/舞台の秘密)
詳細 https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/others/detail009322.html

<関連イベント>
2018年12月16日(日)14:00〜 実演付きトーク「『瀕死の白鳥』の魅力」(関典子)他、多数開催。

展示情報@神戸

【展示】薄井憲二バレエ・コレクション追悼特別展「バレエ〜永遠の輝き〜」
【会期】2019年1月5日(土)〜1月14日(月・祝)
【会場】兵庫県立美術館王子分館:原田の森ギャラリー(神戸)
http://hyogo-arts.or.jp/harada/

<概要>
昨年12月に93歳で逝去された日本バレエ協会前会長の薄井憲二氏(1924〜2017)。中学生の頃、ストラヴィンスキー作曲『火の鳥』を聴いたことをきっかけに、バレエへの扉が開かれました。「実際に踊らないと理解できない」と、バレエダンサーを目指され、戦争・シベリア抑留中も、その火が消えることはありませんでした。ダンサー・振付家・教育者・研究者として、日本バレエ界を牽引され続けた薄井氏。世界有数規模を誇る「薄井憲二バレエ・コレクション」の中から、薄井氏ゆかりの品々、ダンサーたちの直筆手紙、写真、アンティークプリント、ポスターなど、約200点を展示。当コレクション過去最大級の展示です。

<関連イベント>
2019年1月5日(土)11:30〜「オープニング・パフォーマンス」
貞松・浜田バレエ団『瀕死の白鳥』『パ・ド・カトル』
コンテンポラリー・ダンス版『瀕死の白鳥』関典子(本展監修/神戸大学准教授)、三浦栄里子(ピアノ演奏)
2019年1月12日(土)1:00〜「ミニ・コンサート」出演:兵庫芸術文化センター管弦楽団メンバー

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